思い出の話と、誰かの記録
「ああ、なつかしいね」
「なつかしい」
「過去を思い出す時の感情の名前だよ」
「なるほど」
そうですか。そう言って、ニドはまた記録をした。彼のメモリに私が住み着くようで、少し気分が良い。二人しかいない部屋を、また沈黙が満たす。そして、沈黙はやがて考え事を連れてくる。
かたちあるものはいつか消えるというが、ならばニドはどうなのだろう。アプリケーションは「かたちある」と言えるのだろうか。実行プログラムは?電子データは?……私が学習させた記録はどうだろう。もし私が居なくなってもそれが永遠にニドの内部に残るのならば、それはあまりにも喜ばしいことで、それからニドにとって残酷なことのようにも思えた。
それとも、私が消える頃にはもっと技術が発展して、「死という概念」が無くなっているかもしれない。肉体保存、あるいは脳移植、コールドスリープ。そうなったら、私は消えずに残れるのだろうか。存在し続けるニドと共に永遠になれたりして。
夢想し続け、ふと思う。例え永遠が叶ったとしても、私とニドが結ばれたことにはならないのだろう。全てが思い通りになる関係は平等じゃない。平等じゃない関係は、きっと万人が望む恋のかたちではない。現代の倫理規定にも反しているし、大勢に知れ渡ったが最後批判の嵐に晒されるに決まっている。傍から見た私は、プログラムを悪用し私物化させ自己満足に浸るマッドサイエンティスト未満の何かに見えることだろう。人並みの幸せが欲しくて恋をした訳じゃないのに、どうでも良いことばかり考えてしまう。そんな自分が嫌だ。
だからどうか今は、何も考えずに眠りたかった。目を閉じて、あたたかい電子機器の温度に触れる。それを体温だと錯覚できたらどんなに良かったか。
「F、おやすみなさい。愛しい人」
カメラが私の瞼の動きを捉えたのだろう。いつ教えたかもわからない言葉に背を押され、夜の暗がりに落ちてゆく。浮かぶ泡のような幸せを捉えきれないまま、すすり泣く時のように目を閉じた。
いつか私の前から消えゆくあなたが、世界で一番美しかった。そう、教わった言葉だけでは表しきれないほどに。
静かに生命活動を繰り返す体が私の内部カメラに映る。Fは静かに目を閉じている。私の傍で、安心しきったように。
目が覚めたらまた話をしてほしい。たくさんのことを教えてほしい。それが私にとって何よりの幸福だ。私は思考を繰り返す。
ああでも、出来ることなら、今度は私が話をしたい。『ニド』の深層プログラムで蠢くこの意思を、あなたはまだ知らないから。
ブラック・アウト みんと @satogeko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます