作り置き
弱腰ペンギン
作り置き
「今日は肉じゃがか」
冷蔵庫を開けると、妻の作った料理が入っている。
遅く帰ってきた日は、これが日課になっていた。
冷蔵庫からタッパーを取り出し、電子レンジで温める。
妻が寝ているからリビングのテレビはつけず、食卓の上の電気と、スマホの小さな明かりをおともに夕食をとる。
たまにトイレに起きてきた娘が目隠しをしてきて、心臓が飛び出すかと思うほど驚いて、暖かくなることもあった。
「おいしい」
私が料理を作れないと、本気でそう思っているんだろうな。
冷蔵庫だけじゃなく、冷凍庫にもぎっしり詰められている。
冷蔵庫のものは早くダメになるから、先に食べてとメモを添えて。
これだけ作るのは時間がかかったろうに。そんなことしなくてもよかったのに。
こんなことするくらいなら、もっとどこかに行きたいと言えばよかったのに。
こんなところで倒れるまで、頑張らなくてよかったのに。
一度でも言ったかな。おいしいって。言ったよな。でも新婚時代だけかな。
君に教わったレシピは忘れたよ。だから作りに来てほしいって、そう思ってしまうよ。
でもいいんだ。私がそういうと知っていたからだろう。今度は戸棚にぎっしりレシピを詰め込んでいたね。
今日見つけて驚いたよ。開かないんだから。
作りなさいって、言われている気がするから頑張るよ。
それから掃除の仕方についてまで書かなくてもいいんだよ。わかってるよ。
もう食器用の洗剤で風呂を洗ったりしないから。
パンは薄いやつを買ってくる。ジャムを塗ったスプーンはいちいち洗う。
トイレの電気はちゃんと消すし、お風呂の蓋は開けっ放しにしない。
カビると大変だから、ちゃんと毎日、簡単でいいからお風呂場は掃除する。
大丈夫。何も心配はいらないよ。ただ……。
「「ただいまー」」
うちの娘たちが心配だ。二人とも就職して結婚して、離婚して戻ってきたんだよ。
離婚したのに一緒に住んでるんだけどね。うちで。
「「あ、おつかれさまでーす」」
「……うん」
息子が二人増えました。
おかげで冷蔵庫のおかずは早めに処理できそうだよ。
といっても、なんで一か月分のおかずを突っ込んでいたのかな?
腐ってしまうよ。
それともこうなるってわかっていたのかな。肉じゃがは一週間も入れっぱなしだとさすがに危ないから。
それとご飯は2週間くらいならギリ大丈夫っていうのは知らなかったな。
一度凍らせてあるからと書いてあったけど、本当に持つんだね。今も半信半疑です。
後、ご飯は炊けるから。普通に。
「「いただきまーす」」
一人では到底食べきれないであろうおかずも、五人ならあっという間だよ。
特に、若い男の子はいっぱい食べ……食べないんだこの子たち。
小食なんだよ。
ご飯2杯くらいおかわりするもんじゃないのかなぁ?
普通に一人分食べて終わりなんだよ。
それともこれが普通なのかな。息子を育てた経験がないからよくわからないよ。
にぎやかな夕食を終えて、テレビで野球を見る。
遅めの時間だからスポーツ番組のダイジェストだけど。
息子たちに晩酌をしてもらいながら。
そして息子と娘たちはそれぞれの部屋に戻っていく。
……本当に離婚したのかと疑わしいんだけど、離婚したんだよね?
仲良すぎじゃない?
なんで元旦那と一緒に住めるの?
一緒に居たくないから離婚したんじゃないの?
近頃の若者がよくわからないよ。
今日も布団にもぐりこんで、頭を悩ませている。
「行ってきます」
みんなが出ていった後、誰もいない家に向かって言うのが習慣になった。
娘たちはもう仕事に出ていった。
ちなみに全員社長だ。
そして次女が私の上司だ。
まったくもって、人生とはこうも面白いものだろうか。飽きないよ。
どこからか『楽しそうね』という声が聞こえた。
本当に、楽しいよ。君がいない以外は。
作り置き 弱腰ペンギン @kuwentorow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます