第6話

 食堂にて、華やかなる芸能人たちの集いが開かれている中。

 アイドルオタクの愛瀬まなせめぐみ先生は、トイレにこもっているのでした。

 スマホ画面でアイドルたちの笑顔を見ながら、よだれ垂らしそうな勢いでニマニマする、ちょっと危ない美人教師。


「うぅ、見たいぃ。食堂に行けば、ゆりりんたちがイチャイチャしてる尊い光景が、生で……! でもダメなの、私は空気。空気でいたい。けど現場に行ったら、自分で自分を抑えきれない……!」


「なにしてんの、先生。ネクラか!」


「ほぇあ!?」


 気付けば個室の上から、紗幸が覗いてきてる。身軽にも登ったらしい。

 慌てて個室を出る、めぐみん先生。


「お、乙女の秘密空間を、覗いちゃだめぇ!」


「なんだよー、せっかくわたしが、呼びに来てあげたのに」


 アイドル大好きなんでしょ?と尋ねる紗幸へ、


「うぅ、そうなんだけど、そうなんだけどぉ。分かって、このファン心理! 推しは幸せそうに笑ってくれてれば、それでいいの。見守るだけよ。所詮私は路傍の石。推しの人生において、モブでさえある必要ないの。ミジンコ以下でいい!」


「めんどくさっ。逆にめんどくさいな、このファン」


 紗幸は呆れる。先生、恥ずかしそうに、


「それにぃ……特に、ひさかべちゃんは、ちょっと気まずいのよね。私、椚坂くぬぎざかの追っかけしててね。CD買って108人全員と握手してるし、ひさかべちゃんの出てる番組は全部録画して、雑誌も漏れなく揃えて。なのに、星花に通ってるの、気付かなかったなんて」


「ゆりりんは? 先生、ゆりりんのクラスの担任でしょ」


「そう! そうなのよ! 自分で自分に解釈違いだわ!」


 なぜかキレだす。


「去年、『先生、面白いね』ってニコってされた時でさえ、嬉し過ぎて窓から飛び出して骨折したっていうのに! 担任の教師なんて特別な関係……! 私を尊死にさせる、何者かの恐るべき遠大な陰謀ですっ!」


「え、飛び降りたとか、バカなの?」


 紗幸はドン引きしてるけど、めぐみん先生、照れながら語る。


「でもでも、先生、がんばってるのよ。この前の、始業式の日のホームルームだって、鼻血噴いて倒れるだけで済んだし。今じゃ、なんと、1分も! 理性を保ったままお話しできるんだからッ!!!」


「1分だけかい!!」


 これは、ゆりりんや、ひさかべちゃんだけでなく、星花芸能人組が集結した食堂に連れて行くなんて、無理そう。比喩でなく、溶けちゃうんじゃないか。


 ところで紗幸には、ひとつ面白くない点が。


「こうしてお話してるけどさ。わたしだって、芸能人なんだけど? それも宇宙一可愛いってちまたで噂の、天才博識美少女、クイズ姫。ほらぁ、わたし様の可愛らしさに、感涙してひざまずいて、犬になるって言っても許してあげるぞう?」


 美滝百合葉や姫咲部律歌とは、まともに話すのも難しそうな、めぐみん先生。自分とは普通に接してるのが、アイドルじゃないし、って言われてるみたいで、ちょっと悔しい紗幸。

 なのだけど。


「……だって、紗幸ちゃんは」


 もっと特別だから、とか。

 運命感のあるコト言うのかと思いきや。


「私好みの幼女だから! そのイメージの方が強いの!!」


「思ったよりやべー回答来た。近寄らないでくれる?」


 そして、その夜。同棲してる、先生の部屋で。

 紗幸は、そんなやべー女と、一緒にお風呂に入るのでした。


「大丈夫よ。触らない。触らないから!」


 めぐみん先生、口ではどう言っても、アイドル大集結の場に行きたかった。

 そんな風に、紗幸には見えたので。

 今までは身の危険を感じて、お風呂別々にしてたのだけど。

 今日は特別に、許してあげたのです。


「触っても、いいよ?」


「さ、紗幸ちゃん!? だ、だめよそんな、まだ早いわ♪」


 たぶんエッチなコト考えためぐみん先生へ、紗幸は裸の胸を隠しながら赤面。


「髪。髪、洗ってよ。この、わたし様が、一緒にお風呂入ってあげるんだから。それぐらい、奉仕するのが当然でしょ」


「……ふふっ。はいはい、お姫様?」


 二人、一糸纏わぬ姿で、仲睦まじく。

 泡立つシャンプーの、花の薫りと、しずくの音。

 ゲームならイベントスチルが入って、甘いBGMが流れるところである。


「……んっ、ふぁぁ、っ。くすぐったい、てばぁ。もっと、優しく、してぇっ」


「ふぅん? 紗幸ちゃんはぁ、ここが、気持ちいいんだ? ほら、もっと、身体の力を抜いて? 全部、お姉さんに委ねて……?」


 ※頭を洗ってるだけです


「(むぅー、わたしばっか恥ずかしい思いして、悔しい)ふぇひひ、じゃあぁ、今度は、先生の身体、隅々まで洗ったげる。このお胸、触ってみたかったんだー♡」


「あ、んく、ぅっ! 強く、しないでぇっ」


「ちょ、本気でえっちな声出すの、禁止だからー!?」


 ぬるぬる。ぺとぺと。

 変な意味でなく、たっぷり汗をかいて。

 変な意味でなく、火照ったカラダを預け合って。

 湯船で2人、荒い息をついていると。


「ふふっ」


 唐突に、めぐみん先生が噴き出す。


「私ね、弟と妹いるんだけど。歳も離れてるし、私は中学からずっと星花だから。夏休みとお正月ぐらいしか会わないから、たまに、寂しいなって。今日は、あの子たちをお風呂に入れたの思い出して、楽しかったわ」


「ふぃひひ。わたしと先生じゃ、姉妹ってより、ギリギリ親娘まで有るんじゃない?」


「そ、そんなことないもん!? 私、ギリギリ20代だし! 童顔だって言われるし!?」


 からかわれて、赤くなる先生を見ながら。

 ああ、可愛い女性ひとだなって、紗幸は思った。

 紗幸が会ってきた芸能人、星花にもいるアイドルや女優にも、負けないくらい。

 なので、聞いてみた。


「先生はさ。アイドル好きなのに、自分でアイドルになろうって、思わなかったの?」


「どうしたの、急に?」


 首を傾げる先生だけど。紗幸の真剣な瞳に、困ったように頬を掻く。


「……あー。それは、えっとぉ」


 言いにくそうにしてる先生へ、紗幸は切り出した。


「明日の、わたしのお誕生日配信。助手で、出演してよ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先生。恋のQuizが解けません! 百合宮 伯爵 @yuri-yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ