第3話

 4月上旬。今年の星花女子学園には、クイズ姫の多賀島たがしま紗幸さゆきの他にも、動画配信で有名な少女たちが、入学してきた。

 今日の放課後は、そんな生徒たちを集め、学園側から、注意点やガイドラインを説明する予定。

 会議室に集められたのは3人。紗幸と、あと2人。


「げ。ピンク髪も星花なのかよ」


「うんっ。よろしくねー」


 紗幸が勝手にライバル視している、「ピンク髪」。

 ゲーム実況に「歌ってみた」で、同世代でも頭一つ抜けた人気を誇る、津辺つべ侑卯菜ゆうな、高等部の新1年生だ。

 ピンクに染めた髪を抜きにしても、朗らかな印象で、とにかく目立つ美少女。


 そして、もう一人、


「あの、津辺さんは高1、先輩ですよ。多賀島さんも、もうちょっと、こう、敬語を使うべきでは……」


 弱々しく紗幸に指摘する、黒髪ショートの小さな女の子。

 長泉夜来よる。双子の妹とのユニット「夜来香」で、歌の配信をしている。


 けれど紗幸、13歳の生意気盛り。


「ふぇはは。わたし様ってば、天才だからな。歌だの実況だのしか能の無いお前らに、敬語など使わんのだ」


 紗幸の発言に夜来よるがハラハラするけれど、侑卯菜ゆうなは笑って、


「お、言うねー。けど、ゲームの実況だって、ちゃんと用語の知識とか要るんだよ?」


 で。クイズ姫、紗幸に、出題してみたかったらしい。


「ね、ね。そんなに言うなら、ゲームのクイズとか、答えられるよね?」


「ふぇひっ、当然。かかって来いっての」


 そんなわけで、津辺侑卯菜プレゼンツ、ゲーム用語クイズ。

・以下のゲーム用語が、何の略かを答えよ。

 ①TPS

 ②PZG

 ③TAS

【正解は後書きで!】


「おおー、全問正解。生『クイズ姫のお部屋』だ。ウチも、毎回観てるよ」


「え、そ、そう? 照れるじゃんか。わたしも……実は『ゆうちゃんねる』登録してるぞ」


 もう打ち解けてる。


「ピンク髪さ、『フェイタルソード』の実況、あれ、すごく面白かったんだけど。再走しないの?」


「んー、ウチ、RTA走者じゃないし。1回クリアしたゲームのとか、ウケるかなぁ?」


 キャッキャしてる紗幸と侑卯菜ゆうなを見ながら、夜来よるは置き去りぎみ。


「コミュ力、高いな、この人たち。ぼくとは違う生き物みたいだぁ……」


 3人の中では最年少だけど、芸能事務所から放出されたり、苦労している夜来よる。紗幸と侑卯菜ゆうなの明るい様子が、ちょっと羨ましい。


 と、会議室のドアが開かれる。入ってきたのは、


「お待たせ―。じゃあ、新入生の皆さんに、星花うちの動画配信のガイドライン、案内しますね」


「あ、めぐみん先生じゃん」


 この人、歴史の教師じゃなかったっけ。

 首を傾げる紗幸に、めぐみ先生にこにこしながら、


「そうなんだけど、年配の先生は動画とか詳しくないし。貴女がやりなさいって。えへへ、先生ってば若いからー♪」

 

 椅子に座って、めぐみ先生、たまにはお仕事モード。

 3人にプリントを配る。


「去年の第65回星花祭……学園祭ね。あの動画のおかげか、今年は、配信とかしたいって子が、多いのよね」


「ふふっ、ウチも見た。あの伝説のやつ!」


 侑卯菜と夜来が、顔を見合わせて、くすっと微笑む。

 昨年度の学園祭では、高等部の生徒であるアイドル、美滝百合葉と、卒業生のスクールアイドル「クリスタル*リーフ」の合同ライブを動画配信して、伝説となったのだ。……一番の伝説は、ライブ後のあるハプニングだけど。


「美滝さんで大成功したし、芸能活動とか動画配信とか、学園として、もっと後押ししていこうって。これ、理事長の方針ね」


 まずは、すでに人気の配信者である3人に、学園の方針を伝える。これが、今日の目的。


「って言っても、基本は自由よ。星花うちは、自主性重視だから。それでもね、守ってもらわないと困ることは有って……」


 プリントを見せながら、立ち入り禁止の場所などを解説する、めぐみ先生。


「それと、学園内で動画を撮るとき、注意してほしいのが、同意無しに他の生徒を映さないように。通りすがりに映っちゃうとかは仕方ないけど……」


 星花女子学園は、お嬢様校でもある。

 セキュリティには、色々気を遣っているのだ。


「この学園、お嬢様すごく多いのよ。五行財閥に三瓶グループに、国会議員とか市長とか、別の学園の理事長の娘さんとか。この辺の大地主の、雪川さんとか誾林ぎんばやしさんに、芸能関係だと、プロ野球のスターだった下村さんの家も、お金持ちよね」


 良家の子女たちが多数在籍する分、防犯に関わるような部分が映るのを、学園としては、心配しているわけで。


「後は、アイドルの美滝さんもね。スポンサーとか色々有るから、注意して。学園のPRにもなるし、本人の同意があれば、OKってことにはなってるわ。それと、テレビにはあまり出ないけど、高2の泉見さん姉妹も有名人よ」


 長泉夜来が、一瞬、身体を震わせる。


 ともあれ、この星花女子学園、芸能人にお嬢様と多士済々。

 友達感覚で、気軽に動画に出演とはいかないようで。


「はーい、先生。もし、勝手に動画録ったりしたら、どうなるの?」


 紗幸が手を挙げると、めぐみ先生は真顔になって、


「消されます」


「……動画が?」


「いいえ。貴女たちの存在が」


 ごくりと息を飲む、動画配信3人娘……と、


「そんなこと、しませんからぁぁぁー!?」


 勢いよく会議室にエントリーした生徒の姿に、めぐみん先生、華麗なる土下座だ!


「ひぃぃぃっ!? 私、何も喋ってません! 五行家に逆らっちゃダメとか、話してませんから! 消さないでぇぇぇぇ!?」


 靴を舐めんばかりの勢いの、めぐみん先生。

 その浅ましき姿に、盛大にため息つくのは、高等部2年3組、五行椿姫つばき


「だから、消したりしませんってば。五行財閥うちを何だと思ってるのか」


 動画3人娘へ、にこっと微笑む椿姫。

 人懐っこい笑顔ながら、動作の一つ一つに、隠しきれない高貴さが滲み出る……学園のプリンセス。


「ごめんなさいね。先生がこんなだから、在校生側からも、代表者を出した方が良いって、生徒会長に頼まれたの」


「そんな!? 私、処される!? 処されるの!?」


 やめて許してください何でもしますから!と土下座したままの、めぐみん先生。

 椿姫、頭を抱える。


「あのですね、新入生が誤解するでしょう……。私に、そんな権力有りませんから」


 星花でも一番のお嬢様であり、天才揃いの高等部2年で、学年首席の座を護る椿姫。生徒会にこそ所属してないが、生徒の誰もが知っている……彼女こそ、学園の影の支配者であると。


「……って噂が広まって、困ってるんですよね。今年は副会長の氷舞理ひまりちゃんに、ミカミカさんとも同じクラスだからか、『星花の三皇』とか呼ばれちゃうし」


「あ、それ呼び始めたの、私。強そうでしょ、『星花の三皇』」


 のんきに語る、めぐみん先生のにへらっとした笑顔に。

 椿姫のこめかみが、ぴくぴく。

 天使の笑顔は維持したままで、目だけは笑わずに。


「……ほんとに消しますよ?」


 めぐみん先生、汗だらだら流しながら、お口チャックのジェスチャー。

 以降黙り込む。

 後の、動画配信ガイドラインの説明は、椿姫が完璧にこなした。


「こんな感じで、どうですか、愛瀬まなせ先生?」


「……うん。だいたい、そんな感じ!」


 ペロッと舌を出してウインク、親指突き出すめぐみん先生だ。


(この先生、ダメだ……)


 動画配信3人娘は、星花には、けして逆らってはならない存在がいるのと、もう一つ。めぐみん先生は頼りにならないと、学んだのだった。


 そして。椿姫が立ち去った後で。


「ところでぇ……先生、3人には、ぜひお願いしたいことが、有るのよねぇ」


 頬を赤らめ、身体をくねくねさせる先生。


「先生ね、女の子のアイドル、大好きなの。で、アイドル研究会の顧問もやってるんだけど」


 瞳をキラキラさせて、勢いよく詰め寄る。


「スクールアイドル!! 興味無い!? ほら、津辺ちゃん歌唱力もプロ並みだし! 絶対、アイドル向いてると思うの!!」


 最初に聞かれた津辺侑卯菜、


「んー。でも、アイドルだと好きな歌を自由に歌うとか、出来なくありません? ウチ、ゲームも歌も、縛られたくないんですよね。視聴者の皆も、ウチの自然なリアクションが良いって、言ってくれてるし。だから、ごめんなさい」


「そ、そう……」


 がっくりする、めぐみん先生の隣で、紗幸が感心する。


「おー、ピンク髪ってば、意外と真面目に考えてるんじゃん」


「あははー、姫ちゃん? 微妙に褒めてないぞ?」


 両の拳で、紗幸のこめかみ、軽くグリグリ。


「やーめーれー」


 と、次に先生から、視線を向けられたのは、長泉夜来よる


「本音を言えば……興味は、有ります」


 その言葉に、先生がぱぁっと笑顔を咲かせるけれど。


「で、でも! ごめんなさい、今は、だめ。ぼくたち、歌は好きだけど……誰かと比べたり、競ったりとかは、もう。津辺先輩ほど上手くないし、第一……この学園には、本職プロだっているじゃないですか」


 それを言われると、めぐみも無理強いは出来ないのだ。

 星花女子学園アイドル研究会は、数年前に人気スクールアイドル「クリスタル*リーフ」を輩出して以来、どんどんメンバーを増やしていたけれど。

 去年になって、人数が激減。プロのアイドルで、迫力ある歌声で知られる美滝百合葉が入学したためだ。「本職の歌手と競い合うのはちょっと……」と、アイ研を去ったのは、一人や二人ではない。


(ゆりりんが星花に入って、私、浮かれてたけど。ここだけは、喜ぶわけにも、いかないのよね……)


 肩を落として、めぐみ先生、


「ええ……分かったわ」


「ふぇひひ。めぐみん先生ってば、誰か、忘れてるぞ?」


 そこに救世主! そう、多賀島たがしま紗幸だ!


「ふぇはははは! わたし様、専門はクイズだけど! この美貌だし。アイドルとして愚民どもにチヤホヤされるのも、まあ、宿命って言うか?」


「おぉ!? 紗幸ちゃん、やってくれるの!? スクールアイドル!」


 狂喜乱舞なめぐみん先生へ、「アイドル路線も良いかなーって、思ってたんだよね」と自信満々な紗幸。

 さっそく、先生たちに、自慢の美声を披露する……が。


 めぐみん先生、哀しみを宿した瞳で。


「……ごめんね、先生が間違ってた。可愛いだけで、アイドルは出来ないわよね」


 侑卯菜と夜来の沈痛な表情からも、紗幸の歌唱力はお察し。


「なぜだー!?」


※ ※ ※


【後書き1】クイズ回答

 ①TPS=サード・パーソン・シューティングゲーム

  ゲームのジャンルの一つ。撃ち合いなどを行うゲームで、視点が第3者視点のものを指す。「スプラ〇ゥーン」など。

 ②PZG=パズルゲーム

  その名の通り、パズル系のゲームのジャンル名。「ぷよ〇よ」「テト〇ス」など。

 ③TAS・ツール・アシステッド・スピードラン

  動画で時たま見られる、ゲームのプレイ方法。ツール(エミュレーター)による操作で、ゲームの最速クリアを目指すもの。理論上は人間にも可能だが、現実にはまず無理な操作を、ツールに代行させるもので、魅せプレイに使われることが多い。


【後書き2】星花女子辞典

津辺つべ侑卯菜ゆうな(人名)

 第1話辞典の「ピンク髪」と同一人物。星花女子学園、高等部1年4組。

 チャンネル登録者数、数万人を誇る人気動画「ゆうちゃんねる」で、ゲーム実況や歌の動画を配信している。紗幸たちの世代でも、その人気はトップ。

 ピンクの髪は大変目立つが、今年の風紀委員長が、銀髪のクォーターかつ、「えっちなコトには大変厳しいが他はガバガバ」な人物なので、注意されてないらしい。

(原案・早見春流様 初出・M・A・J・O様作「こじらせ☆しすたーこんぷれっくす!」(カクヨム))


長泉ながいずみ夜来よる(人名)

 中等部1年2組所属の、ぼくっ娘。双子の妹、コウと、ユニット「夜来香」として、歌の動画を投稿している。

 小学生の時から芸能事務所に所属していたが、同世代の歌手や、同じ双子の天才子役と比較され、放出の憂き目に遭う。

(原案・黒鹿月木綿稀様)


・フェイタルソード(作品名)

 今どき珍しい、「笑えるクソゲー」として話題になった、ARPG。

 略称は「フェイソ」。このゲームを楽しめる者は特別な素質「フェイタルセンス」を有すると言われる。侑卯菜以外の主な実況者は、ふかガーイなど。


・五行椿姫つばき(人名)

 高等部2年3組所属。財閥を率いる五行家の次女で、現在の星花生徒でも、一番のお嬢様。気さくな性格ながら、成績は学年首位。同学年に、NASAにスカウトされた天才やら、中学の時に、高校の全国共通模試一位を取った少女やらがいる中で、それでも首席を取る、スーパー努力少女だ。

 姉の姫奏ひめかは半ば伝説化した、カリスマ生徒会長(10期の年では大学生)。椿姫自身は生徒会には所属していないが、実質学園を支配していると、もっぱらの噂。

(原案・五月雨葉月様 初出・同作者様「好きになるってどういうこと?」(小説家になろうにて連載中))


・星花の三皇(グループ名)

 高等部2年3組に集まった、3人の生徒の呼名。

 学園のプリンセス、五行椿姫と、生徒会副会長、日塔にっとう氷舞理ひまり、学級委員長で、名門男子校「御神本みかもと学園」の理事長の娘である御神本美香の3人。2年生ながら、学園を支配してそうな3人が同クラスに揃ったことから、こう呼ばれるようになった。


・「クリスタル*リーフ」(グループ名)

 星花の卒業生、水上晶奈と花園彩葉が組んでいたユニット。在学中は、アイドル研究会のスクールアイドルとして活躍。

 外部にも広くその名を知られ、彼女たちの活躍が、後の美滝百合葉入学など、学園が芸能活動を後押しするきっかけになったとか。

(原案・楠富つかさ様 初出・同作者様「あの星をもう一度」(アルファポリスにて完結))


・第65回星花祭(事件)

 去年の学園祭。「十の伝説」に彩られ、後々まで語り継がれている。

 アイドル、美滝百合葉と「クリスタル*リーフ」の合同ライブを、学園の母体、天寿のバックアップで全世界に配信したのも有名。

 

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