童貞、吠える。
夜橋拳
第1話
1
好きな漫画の最新刊が発売したので、某アニメ専門店に電車で向かう途中のことだった。
何せ田舎だ。漫画を満足に買うことが出来る店なんて電車で駅をいくつか跨がないとたどり着かない。
面倒だなと思いながらも、僕は買って読むまでの待ち時間が嫌いではなかった。期待に胸を躍らせるあの感覚が好きである。
さっさと買って家で読みたいというタイプでは無く、買い物も移動も楽しむタイプなのだ、僕は。
移動の途中、一回乗り換えをする。僕の感覚では、この駅はすでに田舎ではなくちょっとした都会だと思っている。この駅でも漫画は買えるが、やはり僕は買い物を楽しみたいタイプなのでわざわざアニメショップまで足を運ぶ。
乗り換えようとすると、視界の端に何やら泣いている女性の顔が見えた。
無視しようと思った――寧ろした方が良かったし、なぜしなかったかがわからない――しようと思った。ということは無視できなかったということだった。
なぜなら泣いている彼女は僕の所属している剣道部の先輩だったからだ。
「どうしたんですか」
最悪なことに、彼女――
しかも中学からの中で、剣道を始めた理由もこの人に誘われたから、続けた理由は先輩が教えてくれたからである。
つまり、恩がある。恩があるから無下には扱えない。無下には扱えないから泣いていたら放って置けない。
「……あ、こーへー」
先輩は顔を上げる。化粧をしていたらしく涙で化粧が落ちていた。
「これ」
僕はハンカチを差し出した。先輩は無言で受け取り顔を拭いた。
「……優しいんだね、……あいつとは大違い」
そういってまた泣き出した。
ああ、面倒だ。恩って面倒だ。
「先輩泣き止んでくださいよ」
これだと僕が泣かしたみたいじゃないか。
「泣き止んでほしい?」
泣きながら聞いてきた。
「はい」
先輩が泣いているところはあんまり見たくない。見慣れてないから。
それに先輩は美人だ。
小柄で童顔、中学生って言ってもばれないと思う。でも美人。本当に美人。
美人だから泣いている姿は心に来る。
「私さ、彼氏と別れちゃったの。だから寂しさを埋めたくてしょうがない。あんたでもいい。付き合って」
あんたでもいいってのがちょっと鼻についたが、まあそれで泣き止むならいいか。別に漫画は帰りに買えばいいし。
一日限定の恋人ごっこが始まった。
2
僕は先輩の部屋に連れてこられた。甘い匂いがした。
「先輩?」
なんで家なんだろうと思った。普通遊びに行くって言ったら喫茶店とかじゃないのか? 知らんけど、童貞だから。
「ねえ――」
僕の話は聞かず、先輩が話し始めた。
その内容は愚痴だった。前の彼氏の。
どうやら先輩は初めてできた彼氏に捨てられてしまったらしい。
悲しさを思い出したのか、また泣いた。面倒臭い。だから僕は童貞だっつーの。
「え?」
童貞はこういう時、どうしたらいいのかわからない。女を知らない。着てきた服をほめるべきなのか、否なのか、うなずくべきか否なのか。
わからなかったので、昔から先輩が俺にしてくれたことをしただけだ。
頭を、撫でた。
勘違いしないでほしい、別に僕はイケメンではないし、普通にモテない。よく人に拒絶される。
だから頭を撫でて「キモイ触るな」と感情を悲しさから怒りに変換させて泣き止ませようとした。それでいい。
それでいいはずなのに、なんで先輩は頬を赤らめている?
グスン、と鼻の音が聞こえた。
次の瞬間、僕は押し倒された。
剣道をやっているだけあって先輩は力があった。――いや、相手は女なのだ。僕の方が力はあった。なのになぜ振り払わなかった?
「ちょっ! 先輩!?」
僕は吠えた。吠えただけで何もしなかった。
先輩は服を脱ぎ始めた。まな板だと思っていた部分に膨らみがあった。そういえば聞いたことがある。男と同じように女にも膨らむ箇所があると。
僕も下半身を脱がされた。反り立っていた。
先輩の体を直視できなくて目を背ける。
そのまま、俺は童貞ではなくなった。
*
「ごめんね」
と全部やり終わった後に言われた。そしてキスされた。舌は入っていなかった。
感想としては、一人でした方が気持ちよかった。お互い下手くそだったのだ。
でも満足感はこっちの方があった。
ベットから天井を見る。空まで見えそうな気がした。むしろ空にいるかのような気分であった。
表現はどうでもいい、とにかく僕は満ち足りていた。
少し眠っていたので時間が進んでいたのでもう五時になっていた。
晩御飯は先輩が作ってくれた。その日は好きな漫画の話とかして帰った。
帰り道、先輩が送ってくれた。手は握っていなかった。
3
次の日曜日。
結局先週漫画を買えなかったので今週買うことになってしまった。駅に行き、改札を通る。
すると先輩がかっこいい男の人と手をつないで歩いているところを見つけた。
*
単純な話だ。
先輩は僕を弄んだのだ。
別に僕は先輩を恨んではいなかった。僕だって従順な異性の後輩が居たら、弄ぶだろうと思ったからだ。
別に僕は優しくない。哀れでもない。
だけどその日、家で風呂に入っている時、僕は泣いた。泣きまくった。泣き明かした。
唯一良かったと思えることは、家族にばれなかったことだけである。
童貞、吠える。 夜橋拳 @yoruhasikobusi0824
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます