第17話 美少女王子の異母妹3

「やあ、セシル」

「こんな夜にどうか致しましたか? フレデリックお兄様」


 ある日、フレデリックお兄様が夜遅くにやってまいりました。


「念の為に伝えておこうと思ってね。クロードが君のことを気にしているようだよ」

「……え?」

「婚約者候補のことさ。クロードも急いで検討しているところだからね、君ももしクロードに何か言いたいことがあるなら、ヨアンみたいに直接出向いてクロードと話をすると良いよ」


 フレデリックお兄様はそれだけ言うと帰って行かれました。


 私はどうしたいのでしょう。

 ドキドキしてよく眠れませんでした。

 翌朝、ふわふわした気持ちのまま、朝食を食べてすぐに出掛けました。

 家まで行くのは初めてです。

 けれど、躊躇など全くしませんでした。行くのが当たり前のように思えたのです。


 流石にアルノー家の応接間まで来るとドキドキと緊張しました。

 何を話せば良いのでしょう。

 クロード様は何と思っているのでしょう。


「お待たせして申し訳ありませんでした、セシル殿下」

「クロード様! 急に押しかけてこちらこそ申し訳ありません。お会い出来て嬉しいですっ」

「いえいえ、セシル殿下にお越し頂けるなど光栄でございます」


 クロード様とミュリエルは大きくなるにつれ、人目があるところでは特に砕けた口調で話すことはなくなっておりました。

 それが少し寂しいけれど、2人と友人関係で居られる為に必要な措置であることも理解しています。


 でも、こうして改めて見ると、小さい頃とは体つきも大分変わっており、男性であることを意識させられました。


「本日は何の御用でいらっしゃったのですか?」


 どうしましょう。

 何も考えていませんでした。

 ただ行かないとと思ってしまったのです。


「その……ミュ、ミュリエルとヨアンが、婚約したと聞きました」

「……まあ、そうですね……」


 不満な様子を見せたのは、妹への親愛でしょう。

 分かっているのに、親友であるはずのミュリエルが酷く羨ましいと思ってしまいました。


「く、クロード様も婚約者をお選びになっているところなのですよね? その、フレデリックお兄様から伺っております。時間がないから急いでいると」

「ええ、まあ……そうですね。フレデリック殿下の立太子が発表されたら、ステファニー姉様が次期王妃ですからね。次期王妃の実家となるアルノー伯爵家次期当主の私に婚約者がいないのは要らぬ騒動が起きる可能性もありますから、どうしてもフレデリック殿下の立太子発表までには婚約を成立させる必要があるのです」

「え、ええ……そう伺っております」

「ヨアン殿下とミュリエルが婚約するのも、ミュリエルが余計な騒動に巻き込まれないようにする為だと考えれば理解は出来ます。我が家の姉妹が2人共王族と婚約させて頂けるのはええ、とても光栄だと思っておりますよ。ですが、ヨアン殿下だって次期国王の弟です。選り取り見取りなのにうちのミュリエルとわざわざ婚約して下さる必要は果たして本当にあるのでしょうか。フレデリック殿下ももう少し政治的に物事を考えて下さる方かと思っておりましたが、私は少々フレデリック殿下を誤解していたようです。私としてはミュリエルに――」


 他に言える人が居ないからか、一度話し始めたら止まらなくなったのか、クロード様は流暢に、けれど王族に対して致命的な不敬を申さない程度に愚痴を言い始めました。

 クロード様もヨアンの恋心を分かっていながらも成立するはずがないと知らない振りをしていた一人です。

 だから、少しはヨアンを祝福する気持ちはあるのでしょう。

 ただ、それ以上にミュリエルへの親愛が勝っているのだと推測します。

 その気持ちは私も分かるのです。


 でも、そんなに卑下しないで欲しいです。

 アルノー伯爵家は確かに王族と比べると爵位は低いです。王族と婚姻を結ぶにも最低限の爵位と言えるくらいに低いです。

 ですが、だからと言って人として劣っているわけではありません。

 クロード様は幼い頃の過激な教育のせいで、どうしてもその辺りの自己批判が過ぎるのです。

 理由は分かっていますが、その言い様はクロード様と私の婚姻は絶対に有り得ないと言われているかのような気がしてきました。


「……クロード様は、王族との婚姻は不幸の元だと思われているのでしょうか」


 お話を遮るのはマナー違反だと思いましたが、気付けば口からその疑問が出てしまっていました。


「え……?」

「例え愛があっても、ステファニーお義姉様は、ミュリエルは王族と婚姻を結ぶと不幸になってしまうのでしょうか」


 そういうことを言っているのではないことは分かっています。

 クロード様が愚痴を言うことが出来る相手として選んでいただけたのですから、ここは黙って同意を示すところです。

 だけれど、止まりませんでした。


「もしそうなら、私は誰と婚姻を結んでも、幸せになれないのでしょうか」


 クロード様の傍に居ると、いつも幸せでした。

 その笑顔を見るとホッとしました。

 ここなら大丈夫だとそう思えました。

 ずっとずっとそれは変わらないと思っていたのです。


 でも、クロード様から否定されたら、私はこれからどうしていけばいいのでしょう。

 もう二度と幸せな気持ちになれないのではないでしょうか。

 私はやはりクロード様達とは違う人間なのではないでしょうか。

 あの天国のような空間に、私の居場所はないのではないでしょうか。


「あー…………」


 困ったように考え込むクロード様に、絶望が押し寄せてきました。


「……無自覚かよ。あの美少女王子たぬきめ」


 ぼそりとよく分からないことを呟いたクロード様が顔を上げたかと思うとにっこりと微笑んで下さいました。


「では、私と確かめてみますか?」

「はい?」

「お話は私の方からフレデリック殿下に通しておきます。後日、私が王宮に出向きますので、お時間を頂けますでしょうか」

「?? 分かりました」


 何故だか良く分からないけれど、クロード様は悩みが晴れたかのようなスッキリした顔をしていましたので、言葉を挟むのは失礼に思えて止めておきました。

 また会えるのならばその時に聞けば良いと思ったのです。

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