第3話 襲撃

 ヤンカ義父さんが村の長になって二年。

 僕の英語は上達して、九月から町の寄宿学校に行くことになっていた。将来、義父さんの仕事を手伝うって道は決められていたけれど、村が発展するのはいい事だし、村に来る観光客のように僕もリッチになりたかった。

 そして、いつか追上選手の演技を見に行くんだ。

 僕は、林に木の実を取りに行った時、ちょっとした時間が出来た時、追上選手の演技のフリを練習している。

 義父さんから、見てはいけないって言われたけど、義父さんが町にいっていない時、僕はこっそり追上選手のニュースを検索した。

 そしたら、追上選手が床の上でジャンプの練習していたんだ。僕はすっごく嬉しかった。氷の上でなくても練習出来るんだ、こんなふうに練習するんだってわかって。

 それから、僕は追上選手の真似をするようになった。頭の中で追上選手の演技を思い出しながら、体を動かす。ジャンプの練習もした。ポーンと飛んでくるっと回って降りる。何回、回っているかはわからないけど、きれいに降りれた時は、すっごく嬉しかった。

 二年前、初めて出したファンレターが追上選手の元に届いたかどうかわからない。返事は来なかった。届かなかったから、返事を貰えないのか、返事をくれたけど、僕の元まで届かないのか。

 ここはサバンナ、日本は遠い。





 或る日、お客さんの予約はなかった。暑い日で、あんまり暑かったから、井戸からくんだ水をちょっとづつ飲みながら木陰でうとうとしていた。朝方、水を飲み草をはんで満腹になった牛達も暑そうにしている。

 遠くに土ぼこりが見えた。

 なんだろう?

 ボクは大地に耳をつけた。地響きが伝わってきた。車だ。僕は木に登って土ぼこりのする方をもう一度見た。目をこらす。トラックや大型の車が何十台もやってくる。

 僕は村の入り口に走って行った。大人たちが集まっていた。

 ヤンカ義父さんが、


「ジュカ、カンパラをつれて隠れてろ。みんな、武器の用意をしろ!」


 ボクは集会所に走っていった。コンピューターを立ち上げる。ネットにつないだ。


「カンパラ、何をしているの? さあ、家に帰るわよ」

「母さん、ちょっと待って」


 ボクはトラックの横に書いてあった言葉が気になった。大急ぎで検索する。

 そしたら、恐ろしい出来事がたくさん出て来た。


「過激派に襲われ村が壊滅!」

「過激派、北部で勢力を拡大」

「過激派、子供を誘拐、少年兵に!」


 隣の国の過激派だ。ここから国境まで随分遠いと思っていたのに。過激派が村に来たんだ。

 どうしよう、どこに逃げたらいい?

 車のエンジン音がどんどん近づいてくる。エンジン音がとまった。

 僕はパソコンのカメラをオンにして、ライブ配信のアプリを立ち上げた。スマホはヤンカ義父さんが持っている。誰に助けを求めたらいいのかわからない。この映像を誰かが見てくれるのを待つしかない。


「母さん、逃げなきゃ」


 言った途端に村の入り口から男達の声が聞こえてきた。飛び出そうとする母さんの腕を押さえてしーっと言った。怯えた母さんが、わなわなしながら立っている。


「母さん、こっち」


 僕は低い声で母さんを急かした。それでも母さんが動かないから、母さんの腕を無理やり引っ張って壁を背中にして座らせた。壁には小さな穴が空いている。僕はこっそり穴から覗いた。村の入り口が見える。ヤンカ義父さんが、軍服を着た男と話している。村の人達が、山刀や槍をもって、男達を取り囲んでいた。


「おまえが、ここの長か?」

「そうだ。おまえ達はなんだ?」

「誰でもいい。食べ物をよこせ。あと、水だ。どこにある?」

「金さえ払ってくれれば、いくらでも売ってやる」


 ヤンカ義父さんが腕組をして男の前に立ちはだかった。

 が、男はひるむ様子もなく振り返ってトラックに乗っている男達に向って言った。


「おい、聞いたか? 金を払えだと?」


 あざ笑う声が一斉にあがった。

 突然、男達の一人が銃を打った。同時にヤンカ義父さんの足下から砂煙があがる。

 義父さんが一歩さがった。


「わかった。わかった。落ち着いてくれ。あんた達のいう通りにする。だから乱暴はやめてくれ。みんな、武器を下げろ」

「何故だ!」


 スーダラさんが飛び出してきた。


「ここは俺達の村だ。誰にも指図される覚えはない。お前達はなんだ?」


 軍服を着た男はスーダラに向き直って言った。


「俺達が誰か?」


 男はゆっくりと話す。まるで、自分のスピーチの効果を楽しんでいるみたいだ。


「知らない方が、、、いいと思うがね」


 男の言葉に怯む様子もなくスーダラさんは男を睨みつける。


「もったいつけるな!」


 山刀を振りかざすスーダラさん。

 男は余裕でスーダラさんを見ている。


「そんなにこっちの正体が知りたいなら教えてやろう。××解放戦線の者だ」


 奇妙な沈黙。風も止ったみたいだった。


「××解放戦線? それは隣の国の話じゃないか?」


 ヤンカ義父さんが答える。

 スーダラさんの顔に戸惑いの表情が生まれた。

 スーダラさんにとって、隣の国はあの世と同じくらい遠い所の話だ。

 突然、機関銃の音が響いた。


「うるさい、黙って食料と水を寄越せ!」


 怒声と悲鳴が同時にあがる。

 後は滅茶苦茶だった。母さんがかなきり声を上げながら走り出して、僕は母さんをおっかけて、牛達が驚いて走ってきて、母さんは牛にはねとばされて、助けようとしたけど、ぐったりしてて、「母さん」って揺さぶったけど、首が変な方向に落ちるばかりで、死んでて、死んでて、死んでて、、、玉が飛んできて、逃げて、みんな殺されて、僕は何がどうなっているかわからないうちにトラックに乗せられて、牛もヤギもトラックに乗ってて、サバンナをどんどん走って行って、夜になっても、朝になっても、走ってて、、、



 ジャングルの中のどこかのキャンプに着いた。



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