フィギュアスケートに憧れたアフリカの少年の話

青樹加奈

第1話 赤茶けたサバンナ、白い山

 彼方に山がある。

 赤茶けたサバンナの向う、遠い遠い所に山がある。

 山のてっぺんはいつも白い。

 おじいに山のてっぺんを指さして「あの白い物は何?」と聞いたら、あれは氷だと教えてくれた。


「じゃあ、あの山の上はすっごく寒いの?」

「ああ、そうさ。もの凄く寒いぞ」

「ふーん、ボク、行ってみたい。氷にさわってみたいな」

「馬鹿をいうな、おまえも氷になってしまうぞ」


 おじいは笑ってボクの頭を軽くこづいた。

 おじいとボクは林へ蜂蜜や木の実を取りに行くんだ。おじいはどこに蜂蜜があるか、よく知ってる。いつどこに行けば食べごろの木の実があるのかも、ライオンや象がサバンナのどこにいるのかもよく知っている。そして、あぶない獣達をどうやったら避けたりやり過ごせるのかも、本当によく知っているんだ。若い時は、ライオンと戦って倒したんだといつも自慢していた。

 おじいはボクのお爺さんで、義理の父さんなんだ。ボクの父さんが死んで、母さんはおじいの八番目の奥さんになった。おじいは牛をたくさんもっていて、村一番の金持ちだ。村の長をしている。父さんが死んで母さんを養える男はおじいしかいなかったんだ。それで、おじいがボクの義父さんになった。本当は義父さんと呼ばなければならないのだけれど、昔からおじいと呼んでいたから、そのまま、おじいと呼んでいる。

 そのおじいが死んだ。ころんで石で頭を打ったのだ。いつものように林の中で木の実を取っている時だった。ボクはおじいが投げて落としてくる木の実を拾ってた。おじいが木から飛び降りる気配がして、ガッていう音がして、振り向いたらおじいが倒れてた。「おじい!」って叫んで駆け寄ったら、おじいは目をかっと見開いて死んでた。

 不思議だ。

 さっきまであんなに元気だったのに。

 石で頭を打って死ぬなんて。

 ライオンと戦って勇ましく死ぬんだって思ってた。


 おじいが死んで、おじいの一番上の子供、ヤンカおじさんが帰ってきた。村を捨てて出て行った人だ。ヤンカおじさんは、村のみんなを説得して、おじいの跡を継いだ。お金で村の長の役目を買ったんだって、お母さんがひそひそと隣のおばさんと話していた。実際、ヤンカおじさんはとても金持ちだった。そして、ボクのお母さんは今度はおじさんの三番目の奥さんになった。

 おじさんが村に引っ越してきてから村は変わった。

 おじさんは村をキンダイカすると言って、ソーラーパネルをたてた。

 電気だ。電気が村にやって来たんだ。すごい、凄い!

 おじさんは更に荷を解いた。箱の中からテレビとビデオが出て来た。 

 テレビだ。町に連れて行って貰った時、何度か見たことがあったけど、ついにうちの村にもテレビがきたんだ。しかもビデオもついてきた。

 おじさんは集会所にテレビとビデオを置いた。


「みんな見てくれ」


 おじさんは村の人全員を集めた。そして、おもむろにスイッチを入れた。

 おおっとどよめきが起る。

 最初に映ったのは国民テレビの料理番組だった。あからさまに落胆の声が上がる。おじさんがチャンネルを切り替えてニュースを映した。みんなテレビに見入った。


「みんな、好きな時に見てくれ。これは村への進物だ」


 おじさんが村の長になったのが気に入らないって思ってた人も、テレビを見てあからさまに態度を変えた。

 それからしばらくして、ボクはおじさんに呼ばれた。


「カンパラ」


 それがボクの名前だ。


「なに? ヤンカおじさん」


 ボクは、しまったって思った瞬間、殴られていた。


「義父さんと呼べと言ったろうが!」

「はい、と、義父さん」

「よし、明日から英語と算数の勉強をしろ」

「どうして?」


 また、ビンタがとんできた。


「口答えするな。いいから勉強するんだ。朝、家畜の世話をしたら、二時間勉強しろ!」

「あの、ボク、おじいみたいになりたい」


 ボクはおじいの跡をつぎたくてそう言った。林に行って蜂蜜や木の実を取って来る仕事だ。


「おじい? ああ、親父か、そうだな。武器の使い方は知っていた方がいい。スーダラに習え」


 おじさんは何か勘違いしたみたいだった。スーダラさんは村で一番の狩りの名人なんだけど、ボクが狩人になりたいと思ったらしい。ボクは間違いを訂正しなかった。もう、殴られるのはごめんだった。


「あの、あの、勉強ってどこでするの?」


 ここはサバンナの真ん中で、学校なんてない。学校のある町は車で一時間かかるのに。

 おじさんが、ビデオを指差した。


「教育用のビデオがある。それを見て勉強するんだ。これが教科書だ! ちゃんと勉強するんだぞ。俺が毎日テストしてやる」


 ボクは必死になって勉強した。テストの成績が悪い時は殴られた。大抵、どこか覚えられなかったので、毎日殴られた。



 或る日、「客が来る」とヤンカ義父さんが言った。


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