星の見える丘で

人間の醜い欲望が溢れたこの世界で、もはや私がやるべきことなど見つかるはずもない。希望も持てず、光さえ失った私の眼には毎日が同じ色にしか見えなくなっていた。それでもまだこの世界に居続けているのは、私の持つ無駄に高いプライドのせいだった。こんなはずではなかったのに、私の計画は完璧なはずだったのに。己が持つプライドに縛られ自分の無力さを顧みず、世界が醜くなったのはすべて人間のせいだと思い込むようになった。結果、私の絶望は人間への憎しみへと形を変え、私の役目は人間を滅ぼすことしかないとそう考えるようになった。


 現在私は、とある独立国家の集落に拠点を置いている。この世界の住民のほとんどは、各地の領主と呼ばれる権力者によって作られた国で暮らしている。各国にはそれぞれの領主が決めた法律が存在し、表向きは国の治安を守るためのものだと公表されているが、本命は領主自身を大きく見せるための単なる土台の役割でしかなかった。もちろんその土台を支えているのは国民たちだ。領主に従う国民の中には、領主の考え方に気付いている人は少なくはないのだが、力を持たぬ者が無理のない安全な一生を送るためにはやむを得ず従うしかなかった。しかし、そんな中でも領主に逆らい、自由を求めようとする人間がいることも事実。そんな人間たちが集まり、打倒領主という目標を掲げ結成されたのが独立国家である。


 とはいっても、私はこの独立国家で人間たちとともに国を落とすつもりは毛頭ない。私にとってこの独立国家は人間に向けた最後の希望だった。独立国家に交じって彼らの動向を観察し、結果次第でこの世界の存続か滅亡かを決めることにした。もちろん領主と同じように最終的に武力によって解決しようとするものならばいろんな意味でこの世界に未来などないつもりだ。


 だがその決断を下すのはまだ相当先になりそうだ。独立国家が結成されてもうすぐ3年になるが、毎日のように開かれる領主打倒の作戦会議はずっと平行線のままだ。武力を用いては領主とやっていることは変わらない。かといって領主との話し合いを試みても、そもそも領主が国とは呼べぬ組織との話し合いに応じるとも思えない。作戦以前に達成するための目的すら決まってないのだから、話し合いが進まないのは当然だ。というかむしろ、入り口にすら立てていない。それももちろん問題なのだが、一番の問題はそのことに気付いている人間は誰一人いないということだ。


 人間とはこれほど無力な存在だったのか。領主にしても独立国家にしても、上に立つものが人間である以上、この世界の成長を良い方向に変えてくれることなどできはしない。そう悟った私は、ならばもうこの世界とともに終わりを告げようと考えるようになった。今日も平行線を描いたまま終わりを迎えた領主打倒の作戦会議を後にした私は、集落外れにある星が見える丘に一人佇んでいた。 


 「アネモイさん、また星を見ているんですか?」


 一人の少女が笑顔で私のほうへとやってきた。彼女は私が起き上がるのを見ると、私の横に笑顔のまま座った。彼女はセレナ、18歳。独立国家に属している、とある家族の一人娘だ。彼女は独立国家内でも人気のアイドル的存在で、大人たちのギスギスした雰囲気を和ましてくれている。責任感が強く、幼いころに亡くした母の代わりに家事をすべてこなしたり、集落内にいる幼い子供たちの面倒を見ることができるしっかり者だ。ただ、一つ問題を挙げるとすれば・・・。


 「アネモイさんって、いつも何考えているかわからない変わった人ですよね」


 この自分のやったことや疑問に思ったことを、何も考えずにそのまま相手にぶつけるところだ。その上、厄介なことに勘が鋭いのかこの子の言っていることは結構的を射抜いている。だから、何も言い返せないことが多い。


 「なぜそう思った?」

 「だって、今日の会議の時もそうだったんですけど、アネモイさんって皆が話しているときも上の空っていうか、皆とは違う他の何かを見ているような気がして」


  こういう風に正確にど真ん中を射抜いてくる。悪気がないのは分かってはいるが、人の内情に土足で踏み込んでくる彼女の話し方にやや苦手意識を持っていた。まだ私が神だということは気づかれてはいないようだが、彼女のペースに巻き込まれてしまってはいつ感づかれてもおかしくない。セレナから離れるために腰を上げようとしたその時だった。


 「大丈夫?何か思い悩んでいるなら話してよ。大した力にはなれないかもだけど、同じ釜の飯を食う仲間なんだからさ」


 セレナの一言に私は動きを止めた。私の目的を人間であるセレナに相談したところで意味がないことなど分かっている。では私はなぜ彼女のなんてことない一言に引き留められたのだ。なぜかは分からない。だが、今ここを離れるとそれは逃げることを意味しているのではないかと思わずにはいられなかった。この自分の気持ちにどうしても抗うことができず、私は再びセレナの隣に腰を下ろした。だがもうすべてが終わった世界なんだ。神である私はもう必要とされていない世界。ならばすべてをここで吐き出して、潔く最期を迎えるのも悪くない。私はセレナにすべてをぶつけることにした。


 「セレナ、信じてもらえないかもしれないが、私はこの世界を創った創造神だ。世界とともに生まれ、世界の成長する姿をこの目でずっと見てきた」

 「え?」


 私の思いがけない話に、セレナは当然だが目を丸くしていた。突然神だと言われても信じてくれないことは分かっている。彼女が今どのような気持ちなのかはわからないが、それでもお構いなしに私は話を続けた。世界の早期発展のために人間に魔法を与えたこと。その魔法によって世界はとてつもないスピードで成長を遂げたこと。その中で人間が魔法を支配の道具として利用し始めたこと。結果権力を持った人間によって国が出来上がり、権力者のみが世界を動かすことができない状況に陥っているということ。私が世界の成長の中で見てきたすべてを語った。なんだか今まで溜まっていたものをすべて吐き出せた感じがして、すっきりした気分だった。一方のセレナはというと・・・。


 「凄い、凄い。アネモイ・・・じゃなかった、アネモイ様って神様だったんだ。道理で他の人とは違うんだと思っていたんだよね」


 まさかすべて信じてくれるとは思わなかった。というかセレナは人を疑うということを知らないのかもしれない。その誰でも信用する性格と持ち前の明るさが彼女に光を与えている。私は彼女の光に惹かれて、彼女にすべてをぶつける気になったのだろうか。


 「それで、アネモイ様はどうしてこの独立国家に来たんですか?もしかして、私たちと一緒に領主打倒をしてくれるんですか?」

 「いや、この世界の主役は君たち人間だ。私は神として、この世界の成長のためにやるべきことはすべてやった。神である私がその世界にこれ以上手を出すことはない。今はただ見守る立場としてここにいるだけだ」

 「へー、そうだったんだ」


 神様を目の前にしてもいつもと変わらぬ態度のまま、どんどんと土足で踏み込んでくる彼女の態度に驚いていた。これが心の強さなのか単なるバカの表れなのか分からなかったが、段々と彼女を他の人間と同じに見れなくなってきた。一方のセレナは、珍しく何かを考えている様子で暫く黙り込んでいた。そしてようやく顔を上げたセレナは私に思いもよらなかった疑問をぶつけた。


 「アネモイ様って、今のこの世界に満足しているんですか?」


 何を言っているんだ、そんなことあるはずがない。この世界はもうすでに人間によってマイナス方面に成長を続けている。こんなの、私が理想とした世界であるはずもない。彼女はなぜそんな当たり前のことを聞くんだ。


 「じゃあ、どうしてアネモイ様は今なにもしていないんですか?」


 この時、私は彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。私はこの世界で自分がやるべきことはすべてやったつもりだったからだ。だが、セレナのこの一言がやがて私の考えを大きく変えるきっかけになろうとしていた。

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