☆22 魔法陣はシャレにならない
私がその事件を味わったのは、梅雨がそろそろ明けようとしている6月の末のことであった。見上げれば曇り空と湿気た空気に、天候が悪化していくことを予感させるような朝。
昨日は雨が降らなかったので、水気がなく、ぱりっとした傘を片手に、校門をくぐって首を傾げた。
正門から一直線。並木道の向こうの十字路で、やけに大勢の生徒が集まっていたのだ。はて、今日は、何かイベントでもあったろうか? と訝しく思いながらも近づいていくと、その人ごみの中に見慣れた人物がいることに気が付いた。
白波さんと、戸羽君が生徒たちの外れで暗い顔をして立ち尽くしていた。私は、どうやらこの騒動の原因を知っている様子の2人に近づき、声を掛けた。
「おはよう、白波さん。これって何の騒ぎが起きてるの?」
私の挨拶に、白波さんは驚いたようにこちらを見た。そして、ふにゃあ、と悲壮感たっぷりの表情で私に抱き付いてきた。
「月之宮さん、ま、……ままま、まっ!」
よっぽど動揺してるのか、盛大に噛み噛みになりながらも、彼女は叫んだ。
「ま、魔方陣が、ペンキで描かれてるのっ」
……はい?
私の困惑をよそに、白波さんは続けて言った。
「あそこに、すっごい大きな魔方陣が、登校したらできてたの!」
「……それは、数字を入れてくやつじゃなくって?」
パズル的な方かと私が念のために訊ねると、
「そっちじゃないよ!あれは、ぜったい魔法を使った跡だよ」
パニック状態の白波さんは、ギュウギュウ抱きしめてくる。
彼女の抱き枕になりながらも、視線を移すと、戸羽君が頭を抱えていた。
「月之宮も見てみろ……、迷惑極まりない代物が一夜でできてるから」
彼に呻くような声で言われ、白波さんを引きはがして私は人ごみをかき分ける。ちょっと失礼しながら、輪の真ん中に出てみると、なるほど。とんでもないモノがアスファルトの上にでかでかと人目も法律も気にせず描かれていた。
主な画材として使用されたのは、赤いペンキのスプレー缶だろう。適当に落書きしたにしては、やけに半径が均一な美しい円陣だった。
二重円の隙間には、【DONOTYOUSEEME】と黒いマジックで描きこまれている。
内円には、私には馴染み深い五芒星が堂々配置され、ミミズがのたくったような不気味な紋様がその中央にペイントされていた。五芒星の下、内円の縁には碇いかりのようなマークが塗りつぶされている。
その付近には、洗濯がはかどりそうな大きなタライがででん、と隣に据えてあり。並々と澄んだお水が入れられていた。
極め付きは、陣の真ん前にちょこんと置かれた、骨付き肉だ。元は鮮度のよかったであろう生肉が、ひっくり返されたタッパーの上に乗っかり哀愁を漂わせていた。
「…………、」
この奇妙奇天烈な光景に絶句していると、周囲の人々がこちらに気づき、注目していることに気が付いた。痛いほどの視線に顔を逸らす。
途方に暮れて、野次馬から離れて2人の下へ戻ると、戸羽君が死んだ目で言った。
「……夕霧のやつ、遂に一線越えやがった」
白波さんが、魂が抜けそうな声を出した。
「せめて……っチョークでやってよお……」
2人の心境は痛いほどよく分かる。なんてことをしてくれたんだ。あの本気で満ち溢れた筆致、どう考えても夕霧昴魔王陛下が一番怪しい。
胃にダメージがかかりそうになりながら、人ごみを眺めると。私は目を見開く。
戸惑い騒ぐ群衆の中で、1名。愉快そうに口端を釣り上げている男子生徒が混ざっていた。
横顔しか見えなかったが、フワフワくせっ毛の白っぽい茶髪で、やや背の低い童顔の男子。彼の姿に既知感を覚え、少し思考していると。
すっと振り返った彼と、私は視線がかち合った。こちらに気が付いたのか少年はニヤリと嗤って、その場を立ち去った。
「どーしたの?みんな、ここに集まって」
たった今登校してきた希未が、この騒動に不思議そうな顔になっていた。
「どうしたも、こうしたもねえ。下手すりゃ、魔王のせいで俺たち問答無用で警察の世話になるぜ、シャレになるレベルじゃねえよ」
常識のあるアヤカシ、戸羽杉也が吐き捨てる。彼をここまで追い詰める夕霧君の方が余程魔物らしい……。でも、あんた、普通に刑務所から強行突破できるんじゃないの。
「相談してくれれば、絶対止めたのに……」
ストレスに弱い白波さんは虚ろに呟く。
「は? 夕霧がなにやったってゆーのよ」
事情の分かってない希未が、白波さんに促されて輪の中に入って。
それからしばらくして「あんのバカ――っ!」と、ドでかい怒声が響きわたった。
B組オカルト研究会はお通夜のようにどんより、と教室に入り。
ひそひそと噂話が自分たちを取り囲むのに、竦みながら椅子に座ったところで。
ようやく、私は、違和感を覚えた先ほどの男子が誰だったかを思い出して血の気が引くのを感じた。
こちらに意味ありげに嗤った、白茶のくせっ毛をした美少年は。
私が出会っていなかった最後の
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