☆9 建前よ魔窟を隠せ




折りたたみテーブルに、ヒヤッとしたパイプ椅子を五つ並べても余剰スペースが余る部室だった。先住民さんから善意で頂いたお茶菓子のポテトチップスを二袋広げ、私たちは各自腰を落ち着けた。


「この場所、去年卒業した従兄弟から引き継いだんだよ……まあ、部活立ち上げるならそれでもいいんだけど」


一応、貰ってはあったし。とファイリングされていた部活動申請書を取り出した彼、夕霧昴君は投げやりにそう言った。


「……ちょっと希未。これ、文芸部って書いてあるんだけど」

あんた、オカルト研究会って言ってなかった?

私が希未に聞くと、眼前の彼はポテチをつまみながら真顔で言い放った。



「ああ。そいつは先代が文芸部で創設しようとした時の申請書の余りだから、さ。

……結局、規定の人数が確保できなくて断念したんだが。オカルトって堂々と書いて進学高校の生徒会と職員室を通過できると思えるのは、ただのバカだろ」


正論である。希未の口端がぴくりと動いた。


「じゃあ、ここがオカルトの巣だってのは、ただの根も葉もない噂ってわけか」


戸羽君が安心したように言った。まあ、天狗が巣窟に赴くのは、鴨葱な気分なんだろう。


「文芸{ではない(十進法が科学を優遇していることを嘆き、人類の幅広い可能性を追求し、支給予算でとある専門書を並べる)}部だと考えてくれれば大体合ってる」

夕霧君は、筆箱のボールペンを探しながら答えた。弁舌が良く回る舌だ。


「そう。通称は?」

偶発的にやりこめられ、未だ拗ねたままの希未が彼に尋ねた。遠慮なくスナックを口に運んでいる。


「文芸部、人呼んでオカ研」未来の部長は即答した。何を分かり切ったことを、という副音声が多大に含まれた口調だった。

その言葉を聞くなり、戸羽氏が少し青ざめたのを私は見た。


「いつも、こんなに難しい言葉を喋ってるの?」

白波さんの驚いたような眼差しを、彼は黙殺した。そうして、探し当てたノック式ボールペンをテーブルに広げられた申請書の上に転がした。


「ほら。名前、書いてくんだろ。足りない一人分は頑張って探してくれ」

できるもんなら。といった態度を露骨に隠そうともせず、書道でもやっていたのかと思うような筆致で、二年Aクラス、夕霧昴。と一番に記入した。

希未は昔に流行ったギャル風の丸文字。白波さんの可憐な字が書かれた後に、私もなるべく丁寧に四角い枠の中に書き込んでいく。百円ショップでまとめ売りしてそうなペンからは、青みがかった黒のインクの匂いがした。

隣の戸羽杉也に用紙を渡すと、彼も唇を引き結び観念して、ボールペンを握り書きなぐった――いつもの悪筆より、わずかに筆圧がぶれていたのに私は気が付いた。



「顧問もいるんじゃない?」

申請書の記入が終わったあと、残った空欄に気が付き私は言った。


「柳原でいいだろ。優等生の月之宮が言い出せば、アイツほいほい記入するぜ」

「え?でも、先生は生徒会の担当しちゃってるよ?」

「いけるいける。生徒会なんざ殆ど会長が仕切ってるって噂だしな。その証拠によくそこら歩き回って一服してるじゃんか」


話し合っている白波さんと諦めの境地へと達した戸羽君を一瞥し、夕霧君は息を吐いた。


「……じゃー、そいつも。精一杯努力願いますよ、と」

部室の鍵をテーブルに放る。チャリン、と銀色が跳ねた。


「施錠して帰ってくれ。こっちにも合鍵あるから、部員間で幾つか複製すりゃいいだろ」


どうせ、置き土産だから部室への未練もない。と言い残すと、彼はボールペンを胸ポケットに突っ込み、足元に置いてあった鞄とスポーツバッグを持って、さっさとドアを開けた。


「あっ、ちょっと!」

希未の声も後知らず、出て行った夕霧君の上履きの靴底が擦れる音が遠ざかっていく。鳥羽君も、スマホで時間を確認して言った。


「けっこーいい時間になってるし、お開きにしようぜ。もうやることもないじゃんか」


それはそーだけど。と希未は渋い顔をしたが、窓から差し込む夕焼けも藍に近づいてきていたので、申請書をクリアファイルに挟んで希未が保管した頃合いで。

今日はここで解散になった。


私は電話で迎えを頼み、希未はアルミフレームの自転車を走らせて帰った。天狗とヒロインは二人、駅に向かって連れだって歩いていく。その後姿の少年少女が、実に似合いであったことを私は認めざるを得なかった。

その時。

不思議と心のどこかがざわめく心地がしたのは何故だったろう。




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