大好物を食す
howari
第1話
大好物に手を伸ばす。
ガブッ
ジュワ〜
ん?何かいつもと違う?
「今日の唐揚げ何か違うな。粉変えた?」
「ブー!肉を変えたの。」
菜箸を持ちながら、妻は柔らかく微笑む。
「え?何?マズイ?」
「いいや…美味しい。脂身は少ないけどさっぱりしていて柔らかい。凄く…柔らかな感じ」
「そう」と口に手を当ててまた微笑む。
「まだまだ揚げるけど食べる?お肉沢山あるのよ」
「うん、食べる。余ったら明日のお弁当に入れてよ」
10個目の唐揚げを口へ放り込んだ時に、妻が不気味に呟いた。
「あー本当に面白い。愛してる女を食べてる気分はどう?」
「…へ?」
思わず箸からそれを落としてしまった。
…愛してる女?
「ばれてないとでも思った?そのお肉は、あんたの浮気相手のマキコのよ」
「な、何言ってるんだよ?!」
浮気が…バレてた?
それより…この肉が…マキコ?
「ケータイ見て怪しいなって思って、あんたを着けてたのよ。そしたら何回もこの女のアパートに泊まったりなんかしやがって。」
「あ、あの…え…」
脈拍が凄い勢いで上がっていく。バレてたのは仕方ない…でも、でも、
「マキコをこ、殺した…のか?」
「うん」と首を勢いよく振る妻。
全身の冷や汗で体が凍りつく。脈拍はもっともっと上がっていく。
こ、殺した?この穏やか性格のコイツが?
揚げたての唐揚げが小さくジュワジュワ囁いている。
「殺すつもりは無かったのよ。でも私の方が愛してるとか私の方が愛されてるとか言うし、あの人の大好物私の方が上手なんだから!って言われてカチンときちゃったの。」
「…そんな事で…」
バン!と妻は机を叩いて怒り出した。
「そんな事?私がどんだけアンタの為に頑張って揚げてたのか分かる?しつこいぐらい食べたいって言うから、作る前から下味つけて放置して…」
「頑張って作ってくれたのは分かるけど、でも殺すなんて!!」
「マキコの家で首絞めてやった。その後解体して連れて帰ってきた。それで思いついたの。アンタに食わせてやろうって。」
俺は喉を掻き毟り、腹の中のマキコを無理矢理外へと吐き出してしまった。
「さっき、美味しいって言ってたじゃない。」
目の前の妻は悪魔だ。悪魔にしか見えない。
発端は俺かもしれない。
でも、でも、
殺すなんて…
俺はケータイを手に掴み、玄関に向かって走り出した。警察に…電話しなきゃ!
「待て!!」
花瓶を右手に持った悪魔が襲い掛かってくる。細い腕を握って抵抗する。
目が血走っている。髪を振り乱している。
あの白いドレスを着ていた彼女はもういない。
…俺が…そうしてしまったのか?
その時、背中に鈍い痛みを感じる。
ジワジワ何かが温かく広がるのが分かる。
その裂け目がドクドクと波打って、鋭いものがより深く侵入してくる。
ポタリポタリ
赤い水玉がカーペットに色を付けていく。
振り向くと
見た事がある顔だった。
マキコのケータイの待ち受け画面で見た男。
マキコの旦那の様だ。
俺の体はカーペットへとゆっくり倒れていく。
首を曲げ、頬にカーペットが付くと
鋭い痛みが襲い掛かってきた。
「やっと私達幸せになれるわね。」
「うん」
その男は顔に似合わず図太い声だった。
マキコ…ごめんな。
食べてしまって、ごめん。
本当に愛していたよ。
二人がいちゃついている間に、最後の力を振り絞り二人に向けてカメラマークを押す。
それを警察の友達へとそっと送信した。
end
大好物を食す howari @howari
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