そんなにぼーっとしていると精神ヤドカリされちゃうよ!

ちびまるフォイ

無意識の領域

「退屈だなぁ……」


ここ最近は何をやるにしてもやる気が出ない。

家の天井を眺めながらぼーっとしていることが多くなった。


『よいしょっと、邪魔するぜ』


頭の中で妙に野太い声が聞こえた。


「はぁ……頭の中でひとりごとをつぶやくなんて、僕もヤキが回ったなぁ」


『ひとりごと? 何行ってやがる。俺はひとりごとなんかじゃねぇぜ』


「はいはい。わかったわかった」


『この体は居心地がいいなぁ』


「そりゃよかった。もう寝るから明日にしてくれ」


『ふうん、いいことを聞いたぜ』


布団に入って眠りについた。

朝起きると床には記憶にないビールの空き缶が転がっていた。


「これはいったい……うぇっ……頭痛と吐き気が……」


『お前さん、だいぶ心が疲れているようだったからな。

 俺が飲み明かしてやったんだよ。感謝することだ』


「お前……僕の別人格とかか?」


『かかか。別人格ねぇ、お前の心のどこに俺の要素があるんだよ。

 俺はお前の心の隙間に居候している身だぜ』


「この寄生虫め……僕の心から出ていってくれ」


『やっと見つけた居候先をそうそう手放すかよ』


「だったら、居心地悪くしてやる……!」


自分の心に入り込んだ他人を追い出すためにあらゆることをした。

その過程でわかったのは常に気をはっていればいいということ。


心の居候が勝手に酒を呑んだくれるようなことは、

自分の心にスキがあるときにだけ起きる。


あくまでも体の所有権は自分にあるということ。


「しょせんは居候なんだ。この体の主は僕だってことを意識していればいい!」


『それが続けられればいいがな』


常に自分を強く保っていれば乗っ取られることもない。

それを24時間ずっと続けるのは限界がある。


普通に生活していると無意識と意識的な状態を切り替えて生活している。

体を洗うときにどこから洗うかまで意識している人間なんていない。


そのスキを埋めようとすればするほど精神的な負担が大きくなり、心が疲れていく。


『おおーーい、こっちだこっち』


「ん……あ、しまった!」


心を無防備にした瞬間をついて、心の居候がなにやら仲間を呼んでしまった。


『あら、なかなかいい体じゃない』


『だろ。これからはこの体で生活していこう』


「おい! 僕の体だぞ! なに勝手に呼んでるんだよ!」


『何言ってるんだ。この体はもう長く一緒に使ってる。家族みたいなものじゃないか』


『そうよ。どうせ無意識の時間があるんだから、その間ちょっと貸し出すくらいいいじゃない』


「それは僕が決めることだろ! 早く出ていけよ!」


『せっかく新しい体を見つけたのにそれはできないねぇ』


「このっ……!」


心の居候が1人から2人に増えた。

気をはっていればこれまで通り主導権は握れると思っていた。


『おい、この時間帯はぼーっとしやすいから狙いどきだぞ』

『そうなの? ちょうど買い物に行きたかったのよ』


「っと、そ……そうはさせるか!」


心の居候も、自分自身にもお互いに無意識のタイミングがある。

けれど、むこうは2人に増えたことで交代制で無意識のスキを狙い始めた。


ますます気を張り続ける時間が増え、心がどんどん疲弊してしまう。

うっかり居眠りをしようものなら体を操縦されてしまう。


今ではテレビを見ていても、ネットで動画を見ていても、ゲームをしていても。

のめり込むことはできず常に自分を強く保たなければならない。


それでも水際でなんとか食い止めていた矢先のこと。

彼女から電話がかかってきた。


『私達、もう別れましょう』


「え゛っ……」


急に伝えられた破局通告に、自分でもわかるほど心に大きな穴が開いた。

それまで自分を強く保とうとしていた思考が一気に喪失感や過去への後悔へと傾く。


『ようし、心にスペースが空いたぞ!』

『みんないらっしゃい!』


心の中でドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。

もう心から追い出そうとするほどの力は残っていない。


『これが新しい体なんだね、お父さん!』

『ああそうだ。ここでなら好きなように騒いでいいんだぞ』

『ふぉふぉふぉ。こんな若い体に入れるなんてのぅ』

『誰にも気兼ねすることなく過ごせるわね』


「やめてくれ……僕の体なんだ。静かにしてくれ……」


『実質、この体はもう俺たちのものだ。居候はあんたのほうなんだよ』


「くそ……追い出してやる……」


『無理だね。今の弱った自我でどうするつもりだ。

 自分を保つので精一杯のくせに強がるんじゃねぇよ』


自分の体の中に大家族が移住してきたことで、体の主導権は完全に奪われてしまった。

取り戻そうにも傷ついた心では、居候する複数人を相手取るのは無理。


そこで、心の居候達がおとなしくなるスキをついて病院へ向かった。


「なるほど。ヤドカリ病ですか」


「ヤドカリ病……?」


「弱った心の隙間に居候が入り込んで主導権を握る。

 今のあなたがかかっている症状です」


「なんとかならないんですか。このままじゃ僕は別の誰かになってしまう!」


「薬はありません。ですが方法はあります」


医者は奥から人の形をしたマネキンを持ち出してきた。


「あなたの精神に巣食っている居候たちは、

 あなた自身がいなければ生き続けることができません」


「それとこのマネキンになんの関係が?」


「一時的に、あなたの精神をこのマネキンへと移植します。

 家主を失った体に居候しつづける精神たちは徐々に死に絶えるでしょう」


「本当ですか!」


「しかし、マネキンには自分の心を保つようにはできていません。

 どうか本体の精神がクリーンになるまで、自分を強く保ってください」


「わかりました!」


医者の手術により自分の体から精神を抜き取ってマネキンへと移動させた。

マネキンの体に移動されると、眠気のようにふとした瞬間に無意識へ引っ張り込まれる。


『負けてたまるか……自分自身を取り戻すんだ……!』


本体の心が不在になったことで隙だらけになった体。

居候たちはなにも知らずに体の操縦権を好き勝手に使い始めた。


あるときは別人のように酒を飲み、

あるときは別人のように服を買い、

あるときは別人のように公園ではしゃいだ。


彼らが自分の心に留まれなくなるまで、必死に耐えるしかない。


『くっ……ダメだ……もう意識が……』


マネキンの体に吸われるようにして意識が薄らいでいく。

まだ本来の自分の体は居候達が使っているのに。




「起きてください……起きてください……! 声が聞こえますか!?」


『ん……。せ、せんせい……』


「ああよかった、やっと自分を思い出したんですね。自分がわかりますか?」


『はい……。でもなんかぼんやりしています……。僕の体は?』


「もうとっくに居候達はいなくなりましたよ。

 あなたがいないことで心の供給ができなくなったんです」


『よかった……僕戻れるんですね……』


「ええそうです。あなたは何週間もマネキンにとらわれていたんです」


『そんなに時間が……?』


「戻ってこられたのも奇跡のようなものです」


『僕の体は……?』


「今は体に残った記憶をもとに自動操縦されていますよ」


先生は心の本体を失った自分の体を見せてくれた。


同じ時間に起きて、同じように食事をし、変わらぬ仕事をし、また眠る。

それを心の本体も居候も失った体はずっと繰り返していた。


その様子をマネキンから見て、無意識に感じ取ってしまった。



『先生、僕はこの体に戻ってなにが変わるんでしょうか……?』

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