絵描きと、心の中に「死にたい」を飼う女子高生
きつね月
第1話
一人の少女が、どこか知らない森の中を歩いていました。
夜中にセーラー服姿で、スカートが短めで、足場の悪い地面を歩くには向いていない格好ですが、彼女はそんなこと気にしてない様子でずんずんと森の奥へと進んでいました。
彼女の髪は白くて長い。その理由は今はちょっとわからないけれど、ふと、月明かりに照らされて、銀色に光ったりしていました。
彼女は森の奥の奥へと歩いています。何か目的があるのでしょうか。その足取りは真っすぐで、迷った感じはありません。ずんずん、ずんずん歩いて、やがて木々が開けた場所に辿り着きました。
そこには湖が広がっていました。
湖は広く、真っ黒で、月光に当たったところだけ白く輝いていました。風が吹くと微かにさざ波が立っています。
彼女はしばらく湖面を見つめていましたが、意を決したように湖へ近づくと、岸のギリギリで立ち止まりました。そして肩に掛けていたスクールバックから本を取り出すと、少しためらいながらも、やがて、えいっと湖へ向けて投げました。本は空中でパラパラ開いて、背表紙を上に向けたまま水面に落下しました。月光に照らされたその本には
「社会」
と書いてありました。
「社会」は水面にぷかぷか浮かんでいましたが、やがて力尽きて沈んでいきました。
彼女はその様子を恐る恐る見ていましたが、別になにも起こらないと分かると元気を取り戻し、バックから次々に本を取り出して投げました。
「国語」
「数学」
「理科」
「英語」
「道徳」
教科書たちはパラパラ開きながら、水面に着地しては沈んでいきました。バックが空になるとそれも投げました。そして最後にはセーラー服のポケットから携帯電話を取り出して、それも投げました。
それが彼女を悩ませているものの全てでした。こんなことをしたらおかあさんに怒られるのは分かっていましたが、彼女の知ったことではありませんでした。月光は彼女の白い髪と、どこか満足そうな表情を照らしています。
その時でした。
悩みたちの行き末を見届けた彼女が踵を返して戻ろうとすると、静かだった湖が突然大きな音を立てました。
ゴ、ゴ、ゴ
彼女が驚いて振り向くと、湖が真っ二つに割れていました。そして大量に溢れた水が彼女の立つ地面ごと飲み込みました。
ゴ、ゴ、ゴ
彼女は逃げる間もなく、先ほどまで静かな湖だったはずのうねりと、崩れた地面とともに消えてしまいました。
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