第3章

朝、僕は目覚めるとすぐに身体を起こし、カーテンを開けて伸びをした。


朝日で視界が白く染まり、眠気が覚めていくのを実感した。


僕は電気ケトルに水を入れてスイッチを押すと、部屋着のままアパート1階のエントランスにあるポストへ向かった。


正直なところ、全く期待はしていなかった。


僕は良い意味で予想を裏切られたのだ。


僕の部屋番号が書かれたポストの中には、ほとんど目を通すことのない広告紙に交じって一通の手紙が入っていた。


僕はごくりと唾をのみ、高ぶる動機を抑えながら封筒に書かれた差出人を確認した。



佐々木梨花



夢見心地だった。まさか、彼女から返事が来るだなんて。


かれこれ4年は目も合わせていなかったし、もう僕のことなんて覚えていないのではないかとさえ思っていた。


僕は何度も何度も差出人の彼女の名前を確認し、宛名がちゃんと自分であることも確かめた。


気が付くと真横に人が立っていた。


おそらくアパートの住人で、僕と同じくポストを見に来たのだろう。


僕はようやく我に返り、急ぎ足で部屋に戻った。


電気ケトルに入れた水はすでにお湯となっており、保温されていた。


マグカップにスティックコーヒーの粉を入れてそのお湯でコーヒーを作ると、僕は椅子に腰かけて机に向かいコーヒーをすすった。


そして大きく深呼吸をし、彼女からの手紙の封を切った。



『宮本真浩君へ お久しぶりです。お手紙ありがとう。ちゃんと読ませていただきました。宮本君のことは勿論覚えていますし、最後に会話した日のことも覚えています。私にとっては少々驚かされる内容でしたので、今でも鮮明に記憶しています。正直に言うと、私はあの日のことについて罪悪感を感じています。私はあの日、あなたからの言葉に対してろくな返事もせず、そのまま自転車に乗って逃げてしまいました。そしてその後宮本君を避けるような態度をとってしまい、ひどく苦しめてしまいました。今更遅いことは重々わかっていますが謝らせてください。本当にごめんなさい。しかし、紙面上で謝罪したところで宮本君に私の誠意は届かないと思いますし、私の罪悪感も晴れることはありません。やはり面と向かってでなければ人間の真意は伝わらないと思いますので、あなたがお望みの通り直接会いましょう。お互いの気持ちをしっかり伝えあいましょう。手紙の裏に私のメールアドレスとLINEのIDを記載しておきますので、そちらでいつ会うか決めましょう。連絡待っています。 p.s. 絵のこと褒めてくれてありがとう。自信がなかったので嬉しいです。 佐々木梨花』



僕は何度も繰り返しその手紙を読み込んだ。


そして手が震えるのをを何とか抑えつつ手紙の裏面を確認し、LINEで彼女を友達登録した。友達一覧に「Rika」という名前のアカウントが表示された。


心臓が自分のものとは思えないほど脈打っており、このまま倒れてしまうのではないかとさえ思った。


兎にも角にも幸せだ。これで彼女と会うことができる。


僕はすぐに彼女に連絡した。会う日はトントン拍子で決まり、3日後の19時になんば駅前で集合することになった。


僕はすでに緊張で身体が震えていた。


そして、“あの時伝えたかった想い”を自分の中で再確認した。




・・・・・・・・・・




美由紀と一緒にいたあの男の子は何者なんだろう。


今朝彼の姿を見てからずっとそのことが気になっている。


宮本君の後ろにただ立っているだけの男の子。


宮本君とひと悶着あったあのアパートを出て、あの夢からも解放された今になって私の前に現れた彼は宮本君の協力者なんだろうか?


しかし夢なんてただ記憶を整理する途上の断片を見せられているにすぎないのだから、私が昔どこかで会った人が偶然出てきただけかもしれない。


でも毎晩のように出てくるのはさすがに不気味だし、彼と夢以外で会った記憶はない。じゃあいったい誰なの?


そんな時、ベッドの上のスマホが震えた。


手に取って画面を見ると、美由紀からの着信だ。


あの子あまり電話は好きじゃないはずなのに珍しいな、と思いながら通話に応じた。



「もしもし、どうしたの?」


「もしもし、ちょっと話したいことと謝りたいことがあるんだけど今大丈夫?」


「うん、今日はあとは寝るだけだし、大丈夫だよ」


「まず話したいことなんだけど、あの、梨花をストーカーしてた男のことなんだけど...いい?」


「いいよ、気にしないで。なにかあったの?」


「実は今日、彼のことを知ってる子と出会ったの。うちの大学の1年生の男の子なんだけど」


「宮本君のことを...?」


「そうなの...あ!今朝私男の子と一緒に登校してきたでしょ?その子のことなんだけど...」



私はどきりとした。


やはりあの男の子は宮本君と関わっている?


宮本君が彼を利用して、再び私に近づこうとしている...?



「...梨花?聞いてる?」


「あ、ごめん!ちょっとぼーっとしてて」


「この話がもし嫌だったら言ってね。それでさっきの続きなんだけど、その子が宮本と出会ったって言ってるのよ。しかも、うちの大学の入学式で」


「え?入学式?この間あった?」


「そう、つまり宮本がうちの大学の新入生として大学に入学してるってこと。あとね、その宮本と会った子、あ、宮川武政君っていうんだけど、前に梨花が住んでた部屋に住んでるのよ。でね、この先の話がすごく不思議なんだけど...」


「もう十分すぎるぐらい不思議というか、不気味なくらいだけど」


「武政君もあの夢を見てたらしいの。梨花が見てた夢と同じ夢を」


「…嘘でしょ?」



美由紀の言葉はにわかに信じ難い内容だった。


まず宮本君がうちの大学の1年生として入学してきていて、その宮本君と出会った男の子が私が以前住んでいた部屋に住んでいて、しかも私が見ていた夢と同じ夢を見ている。


私は思考を巡らせた。


おそらく私の夢に出てきていた彼は、私と同じ夢を見ている武政君なんだろう

だとしたら、武政君は宮本君の後ろに立っているあの視点からあの夢を見ているのだろうか?


何度考えても理解ができなかった。


そんなことがあり得るのだろうか?


いや、現に起こっているのだから、武政君が嘘をついていない限りあり得るのだろう。


私が考え込んでいる最中も美由紀は話し続けていた。



「でね、その宮本に会ったっていう子に梨花と宮本の話をしちゃったの。武政君と梨花が同じ夢を見てるってことも。ほら、もし宮本がまた梨花に近づいてくるかもしれないし、何かあった時に協力できるかもしれないし」


「もしかして謝りたいことってそれ?」


「うん、今思えば梨花に断りも入れずに勝手に喋るのはまずかったなって思って…。勝手なことしちゃってごめんね?」


「ううん、いいのよ。美由紀は人を見る目があるし、話してもいいって思ったから喋ったんでしょ?」


「うん、知り合ったばかりの子だけど、なんとなく信用してよさそうな子だったの」


「そういう子っているよね。そんなに信用できる子なんだったら、私もいつかその子と話してみたいな。夢の話も聞いてみたいし」


「そうね!今度3人でご飯でも食べに行ってみる?武政君、宮本と同じ学部だから彼が何か怪しいことしてないかも聞けるし、普通にいい子だから梨花にも会わせてみたいし!それに武政君も梨花と話してみたいって言ってたよ」


「武政君がそう言ってくれるならぜひ会ってみたいな」


「じゃあ武政君と私達3人でLINEのトークルーム作るね!日程調整出すから回答お願い!」


「わかった。いろいろ教えてくれてありがとね」


「いいのよ、私梨花のこと心配してるんだから。宮本は今同じ大学に通ってるんだから油断はできないしね」


「…うん、そうね、ありがとう。じゃあね、おやすみ」


「うん!おやすみ」



私は美由紀との通話を切ると、そのままベッドに横になって宮本君との出来事を思い返した。


思えばあれは、彼からの手紙に返事を返したことが全ての始まりだった。


16歳のあの日、彼は私にあんな不可解なことを突然言ってきたにもかかわらず、私はあの手紙で彼と会いたい意思を伝え、自分の連絡先まで渡したのだ。


でも私はその選択をしたことを後悔はしていない。


確かに私は一度怖い思いをし、結果安全のために一人暮らしを辞めて実家に戻るということになったのだが、まさか今になってこんな展開になるとは。


何かまた嫌なことが起こらないことを願いつつも武政君と会うのを楽しみにしながら、私は静かに瞼を閉じた。


久しぶりにいろいろと考えたので、すぐに睡眠に誘われた。

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