第31話 タイムリミット
ニャオの部屋には鍵がかかっていた。
ノックをしても声をかけても返事がない。
ま、いいんだけど。
どうせ開ける事なんて、いとも簡単にできるわけで。
『ピンセット』を鍵穴に差し込み、くりっと捻ると、がちゃんと解錠する。
扉を開けると窓枠に腰かけ、足をぶらぶらと外に出すニャオの姿があった。
なんだ、塞ぎ込んでいるかと思っていたけど、そうでもなかったらしい。
布団にくるまって、嫌々と言うんだったら、殴るのもやぶさかではないと思っていた。
無理やりにでも表舞台に立たせるつもりでいた。
だから泣かせたらごめんね、と、
ハートマーク付きで言ったのだけど、そんな心配はなかったかもしれない。
「死ぬのが……怖い」
ニャオは私に気づいているのか、ぼそっと言った。
「誰だって怖いよ、そんなの。私だって怖いもん」
私にとっては、カランが死ぬのが一番、怖くて。
だったら自分が死ぬ方がマシだって思うけど。
たぶん、逆も同じなんだろうなあって思う。
だから私も、意地でも死ねない。
ニャオが振り向く。
…………へえ。
力強い瞳。思わずついていきたくなるような顔つき。
見た目は何一つ変わっていないのに、大人っぽく見える。
姫として、答えを出したのだろう。
「わたし、いくね。……わたしにしか、止められないもん」
「もしかしてだけど、母親の背中を追う気?」
ニャオは頷かなかった。
窓枠から、部屋へ戻り、私の隣をすうっと、通り過ぎていく。
死ぬのが怖い、だけども自分がやらなくちゃいけない……、姫様だから。
そんな脅迫観念に屈して、
それが大人になって理解した答えなのだと、ニャオは勘違いしている。
なんだ、大人っぽく見えたのは見間違いだったのね。
そりゃあ、そうか。
人間、短時間で変われるわけがない。
堕ちるのは早いけど、成長するのは長く時間がかかる。
それは私が体験してよく分かってる。
「自己犠牲の、英雄気取り?」
感謝なんて、誰もしないよ。
どうせ国民は当たり前だと言い、
ニャオのおかげで生きていられたなんて、思っちゃいない。
母親が死んで、あんたはどう思った?
感謝したの? 嬉しかったの?
残された側がどんな気持ちだったか、
あんたが一番、分かってるんじゃないの?
あんたが死んで、ラグナロクが止まる――、
それで? 誰が頼んだわけ?
「――じゃあ、どうしろって言うのよッ!」
「さあ? 知るわけないでしょ。
考えなさいよ、お姫様でしょ?」
なにができるか考えるよりも、なにをしたいかを考えなさいよ。
優先順位は逆なのよ、したい事を踏まえて、できる事を考えればいいじゃない。
王族は早死にとかよく言われるけど、なるほどねえ。
結局、自滅なわけね。
人の上に立つ人間は、どうしてこうも視野が狭いのか。
広く見過ぎて、なおざりになってる。
なんだか、本末転倒ね。
あんたが背負うには、国民全員の命は重過ぎる。
「国民全員を救うなんて考えなくていいじゃん。
あんなの、殺しても死なないわよ、どうせ」
しぶとく生きてる。
他人を蹴落とす事に特化している人種は、
どうあっても我が身だけは優先的に守るんだから。
こっちが守る必要はない。
それでも死んだら……、正直、知ったことではないし。
抱えられる程度の大切な人をそれぞれが守れば、繋がって全員を守れるはず。
完璧なんて存在しない。
こぼれ出るものは必ずある。
……完璧を求めても、失敗は重なっていく。
七転八倒のように……。
けど、目的だけでも達成できれば、本末転倒になりはしない。
「アルアミカを泣かせるような事をしたら、許さないから」
と、これは自分でも驚いた。
まさか、私の口からあんな魔法使いの名前が出るなんて。
人が変わったようだ、とよく言われる私だけど……、
皮肉ではなく、ちゃんと変わってるなんて……。
すると、ニャオは少し口元を歪めて、にやにやと……。
「なによ」
「なんでもないよー」
なんて、ほのぼのとしたやり取りをした後、ニャオが手を差し出す。
「……うん。約束する。
だから、ラグナロクを止めるのを、手伝って」
あれだけ偉そうに言ったんだから、放置なんてするわけないよね、と、
なんだかやり口が私に似てきたなあ、と自業自得だけども、辟易する。
短時間でここまで悪影響を与えるとは思っていなかった。
影響を受けやすいのは、ニャオの方の問題だろう……。
まったく、しかもなんて傲慢で、わがままで、抗えない言葉なのだろうと思った。
これだからお姫様はやりにくいなあ……。
まあ、お姫様でなくとも、ニャオだからこそ、断りにくいだけなんだけどさ。
「自己犠牲とか、もう言わない?」
なら、いいよ。
手伝ってあげる。
私は上から目線で。
相手がお姫様とか、関係なく。
「言わない。
……それじゃ、誰も傷つかないような、理想の方法を見つけよっか」
あー、それは難しいかなー。
お姫様らしく、理想が高いなあ。
――でも、まあ。
「じゃ、考えてみよっか」
だって、挑戦するのはタダなのだから。
そのやる気は否定しない。
スタートとゴールが違うのが、人間という、いい加減な存在だ。
「方法、あるわ……っ」
タイムリミットはあるが、焦っても仕方ないので、
私とニャオは、優雅にお茶会をしていた。
味と匂いを楽しむものなんだけど、
ニャオはごくごく飲んでる……ま、そういうタイプだよね。
恋をしても乙女にはほど遠い。
ファッションにすら興味を持っていないんだから。
そんなのんびり空間を壊すように、
扉の音を立てて入ってきたのは、アルアミカだった。
包帯だらけの体には服がなく、
大事なところは隠せているけどさ……、羞恥心がないのかな?
気づいたアルアミカが慌てて体を抱いて隠すけど、
その動きで痛みがぶり返したらしく、苦痛に顔を歪める。
……まったく。
私が着ている、半透明の白いレース生地の上着をかけてあげる。
ありがと、と弱々しいお礼を言ってくれたけど、
それ、あんまり隠せてないけどいいのかな……。
まあ、本人がいいならいいけど。
「動いても大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ……」
壁に寄りかかりながら、ふらふらとした足取りで、
なんとか、この部屋までやってきたらしい。
包帯に血が滲んでいるのを見ると、何度か転んだのかもしれない。
それを責めはしないけど、治療した私の気持ちも考えて欲しい。
「つん」
「いあたッ!?」
傷口を優しくつつく。
たったそれだけで、アルアミカがびくんと体を跳ね上げる。
ん。
反省した? 視線で訴えると、アルアミカが涙目で私を見上げる。
ああ、なんか、なんだろう……、ぞくぞくする。
「治療してくれたのは感謝するけど、
これから先、あんたは私の体に触らないでね」
「なんでよ」
「身の危険を感じたからよ!」
魔改造でもされそうよ! と吠えるけど、いや、しないよ。
意識のない内に、知らぬ間に改造しても面白くないでしょ。
するなら改造じゃなくて、調教。
カランみたいな事よ。
「カランになにをしたあッ!」
怪我をしているくせに大声を出すから全身が悲鳴を上げてる。
うずくまるアルアミカ。
……学習しようよ。
あと、カランについて、なぜあんたがそこまで怒るのかな……、
なんかすっごい仲良くなってる気がするんですけど。
取らないでよ、私のおもちゃなのに。
「カランはおもちゃなんかじゃないわよ!」
「冗談なのに……。
カランが大切な人だってのは、私が一番、知ってるよっ」
そ、そうよね、とアルアミカは気まずそうに。
それから、ごめん、と小さく謝る。
……やめて、こういう空気は苦手なの。
「あんたがカランをどれだけ大切にしてるかなんて、見てれば分かるのに」
「え、見てれば分かるの?」
「うん、分かるよー」
と、ニャオが同意する。
加えて、
「ティカがアルアミカをどう思ってるかも、筒抜け」
ちょっ!
別に、一緒にいる内にいいなー、とか、弄びたいなー、とか、思ってないからね!?
思ってないけど、たとえ冗談でも、
アルアミカにそれが伝わるのは嫌だから言わないでよ!
しかし、そっぽを向くニャオと、視線を逸らすアルアミカ。
……あれ? 私って、意外と顔に出るタイプ?
「たぶん、関わり合いの少ない人なら分からないと思うけど……、
メイドさん達とか、ウスタとか?」
アルアミカは、声は小さいけど妙に自信のあるような声で。
「けど、私やニャオやカランには、ばっちし伝わってると思う。
機嫌が悪そうだなあとか、あ、今は楽しそうだなあ、とか分かっちゃうのよね」
言葉に潜む本音と建前と悪意も分かっちゃうよ、とまで言われた。
善意もあるけど……。
滅多にない、レアカードとして。
「……それよりも。
アルアミカの持ってきた話を聞きましょうよ」
「「あ、逃げた」」
うるさいっ。
のんびりお茶会をしてた私が言うのもなんだけど、タイムリミットがあるんだから。
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