タウンカレントの守り神
渡貫とゐち
1章 魔法使い【語り:ニャオ】
第1話 海浜の国
断崖絶壁を見上げる。
いつ見ても高いなー。
いつも見てるんだけどねー。
ロッククライミングをするには手をかける岩がツルツルし過ぎてる気がする。
これじゃあすぐに滑っちゃうなあ……。
しかし、こんな悪環境でも
さすが手練れって感じのスムーズさだ。
――って、やばっ、思い切り置いていかれてる! 今日こそは中に入りたかったのに!
ちょっと飛び出ている岩に足をかけたところで、
「ニャオちゃん、もしかしてここ、登る気なの……?」
「もちろん! カランはいかないの?」
行きたいけどね……、と諦めたように。
行きたいなら行けばいいのに。
大きなリュックも背負って準備万端に見えるのは、わたしの見間違いだったり?
頭に大きな王冠(頭よりも大きかった)を被ってる、というか乗せてる女の子は、地面から飛び出た丸い岩に腰かける。
この辺は波が強くて、岩を打ち、角を丸くしちゃう。
今は小さな岩も、実はもっと大きかったものだ。
打たれ過ぎて小っちゃくなっちゃった。
責められ続けたら、そりゃ堂々とはしていられないよね……。
「あ、波が強いから、カランみたいに体が小っちゃいとすぐに飲まれて」
と言ったそばから、小さなカランの体が波に飲まれて海中に引きずりこまれた。
腰かけていた小さな岩も一瞬で消えていた。
丸みを消すどころかそのものを消す波の強さが笑えない。
というか、見ため、明らかに重そうな王冠を乗せてるカランが浮いてくるとは思えないから……、
「か、カラン――ッ!?」
「し、死ぬかと思った……っ」
カランとわたしの声と意思が綺麗に揃う。
泳ぎの得意なわたしでも、王冠を乗せたカランを引っ張って浮上するのは至難の技だった。
引っ張っても引っ張っても前に進まないあの絶望、二度と体験したくないよ……。
なによりも、水中でパニックになったカランがずっとじたばた暴れてるから……さらにやりづらい。水中じゃ喋れないからやめさせる事もできないし……助けてくれた友達に感謝しなきゃ。
「もー、なにやってるの?」
落ち着いた様子で、密かに安全地帯を見つけていたティカが微笑ましいものを見るように。
今の、かなり危ない感じだったんだけど……、
それでも冷静でいられるところはさすがお姉さんって感じだ。
実際、一つ年上なだけだけど。
ちなみにカランは二つ上なので、こっちの方がお姉さんだ。
「うわーん! ティカーっ!」
お姉さん……?
号泣して一目散にティカの胸に飛び込んでいく。
しかし、実際に重い王冠を乗せながら、よくそこまで走れるなあ。
走れるなら泳げるんじゃないかなー。
まあ、人って水中が嫌いだし、無理もないかな。
「はいはい、海って怖いからね。気をつけなよ?」
「それもあるけどなによりも怖いのは触手だよー!」
「……触手?」
ティカの顔色が変わった。
「触手って?」と、なぜかわたしに聞いてくる。
「えー? あの子は敵じゃないよー。怖くないってば。わたしの友達なんだよー」
そう紹介すると、後ろの海面が膨らみ、渦巻き模様の大きな殻が顔を出した。
ああいや、顔は引っ込めてる。恥ずかしがり屋だから、この子。
唯一の穴から触手が伸びてきて、わたしの手に巻きついた。
うむ、握手。
挨拶代わりなのにどうして二人はそうもドン引きしてるんだろう……?
「怖くないのに」
「怖いんじゃなくて、気持ち悪いの」
ティカはカランを抱きしめてゆっくりと後ろに下がる。
しかし岩壁があるために限界は近い。
とんっ、と背中が触れてはっとする。
もう一本の触手がティカとカランに近づいていた。
「む、無理!」
そこでさっと躊躇いなくカランを差し出すところが人間性を表してる気がする。
「いやああああああああああああああああッ!?」
足に絡みつき、太ももへ上がり、
おへそを撫でながら腕にまで伸び、触手の先端が頬にまで到達。
うーん、あれはなんというか、敵か味方か判断する意味があるんだと思うよ?
子犬が匂いを嗅ぐ的な。
全身をチェックしてる感じ。
もしも敵だと思われても攻撃はしてこないと思うけど……。
それにしてもそこまで嫌がらなくても……、
恥かしがり屋でガラスのハートをした友達なんだから、もっと優しく扱って。
じゃないと、ほら、しゅんとしてるっ、伸びた触手がしおれてる!
「もー、カランのせいだよ! 優しい子なんだから触手に頬ずりして謝って」
「表面を湿らすこの液体は大丈夫なんだよね!?」
涙だよ!
カランの言葉で傷ついた友達の涙なんだよそれは!
……あと緊張して出た汗だ。
「うう……、私、この中で一番年上なのに、なんでこんな扱いなの……?」
年上に見えないし、年上っぽく振る舞わないからなんじゃないかな……。
とにかく謝って! そしていま助けてくれたんだから、お礼もきちんと言わないと!
「――え、助けてくれたの!?」
「なに言ってるのよもー! 重たい王冠を被ったカランを運んでくれたのはこの子なんだからね。ちなみに、酸欠になったカランに空気を送り込んでくれたのもこの子。その触手の先端から酸素が出せるの」
「私はこれを水中で一回でもくわえたの!?」
がぶって感じじゃなかったけど。
ちゅーちゅーみたいな? わたしもストロー感覚で頂いた。
絵面的にあれだけど、酸素ボンベ代わりだよ。
「カラン、お礼は言わないと。あと、とにかくこのイベントを終わらせて早く帰ってもらって。私はそろそろ限界。……怒るよ?」
「っ――もう! 頬ずり、するから! だずげてぐれてありがどう!」
嫌悪感を隠すためにヤケになってる気がするけど、
頬ずりしてくれてるから言わないでいっか。
さすがにもう一回、と号泣している人に要求できるほど、わたしも人でなしじゃないし。
「だってー。良かったねー?」
声をかけると、わたしの手に巻きついた触手が首元にまで登ってきて、喜びを表現する。
ぴたぴたとわたしの肌を叩いたり、這ったり、なんだかやりたい放題だったけど、喜んでくれてるなら良かった。
「……海怖い」
「私は触手とああも戯れてるニャオが怖いんだけど……」
ティカとカランのひそひそ声が聞こえてきた。
「触手ちゃん、わたしを縛って上まで持っていける?」
「その子、触手ちゃんって名前なの? 見た目はなんだかヤドカリみたいなのに」
「その子がここにいられるって事は、普通の
かも、じゃなくて、怖がらなくていいの。
人の友達をなんだと思ってるんだ、まったく。
結局、カランは数分もしたらすぐに打ち解けた。
ねー? 触手っていう偏見で怖がったり気味悪がったりするけど、
いざこうして触れ合ってみると、触手ちゃんは優しいから、すぐに仲良くなれる。
喧嘩なんてしたことないもん。
「そーそー、腰を持って――ってあはははははっ! ちょっ、く、くすぐるのはなし!」
しゅるるー、と、
素直に解いてくれた触手ちゃんは今度は触手を肩掛けカバンみたいにしてきた。
ぎゅう、とわたしの体を引っ張るけど……、
そしてガッカリしたのか、すぐに解く。
……? 意味あったのかな。
「んー、パイスラッシュでも期待したんじゃないの?」
「パイスラッシュ?」
うん、とカランが頷いた。
「胸の谷間にカバンの紐が食い込んで、胸が強調されてる事をそう呼ぶみたい。触手ちゃんはそれがやりたかったんじゃないかな。
でもニャオちゃんのその胸じゃできないよね。スラッシュどころかパイがないかも」
「パイはあるでしょ!」
これでも一応――、じゃなくて、れっきとした女の子なんだけど!
そりゃ、まあ、十四歳だからまだ発育はしていないかもしれないけどさー!
「十四歳でそれじゃあ期待できないと思うよ」
「ティカも人のこと言えないじゃん!」
というか、この場に集まってるみんな、胸はないようなものだよ、同レベルだよ!
わたしを笑う権利なんて誰一人としてないし、笑ったとしたらそれは全てブーメランだ。
わたしよりも年上で同レベルなら、そっちにこそ未来はないと思うけど。
「これだから、無知は損をしてるわよね」
ぐさっと来る言葉。
……それを悪気なさそうに言ってるから、あ、本音なんだなって分かっちゃう。
嫌味とか、悪意がなくて、素直な意見って感じで。
そーですよ、わたしはバカですよーだ。
「そこまで言ってないのに。……自覚があったり」
「今のは完全に悪意だ! 触手ちゃん、ティカにも例のパイスラッシュを!」
――ぐぎぃ、と顎がはずれるかと思った。
魚が餌を食べるみたいに口をぱくぱくさせる事しかできない。
ティカが一瞬で距離を詰めて、片手でわたしの両頬を挟んでいた。
表情は笑ってるのに目が笑ってない……。
「それはだ・め」
真っ黒な迫力にわたしは言い返せず、触手ちゃんも触手を引っ込める。
カランは知らぬ振りで視線を逸らし、
大事そうに背負っていたリュックの中を用もないのに漁っていた。
逃げ方がこなれてる……、常習犯だなこれ。
「ニャオ? 返事は? 分かった?」
うんうんと首を縦に振る。
そ、と納得したティカは持ち場に戻った。
せっかく開きかけていた触手ちゃんの心が一気に閉まったような音がした。
わたしもちょっと距離ができた感じがする。
開いて欲しいのは距離じゃないんだよねー。
しかし、容赦なく、その距離を詰めてくるのがティカだった。
離れたところを分かりながら、すかさず。
嫌なところばかり突かれてる気がする……。
「私は胸なんてなくても、最悪、膨らませる事ができるからね。
世界にはお姫様の知らない事がたくさんあるんだよ?」
「……錬金術は卑怯じゃない……?」
「結果が全てだよ、お姫様」
まったく敬う気がないくせに、わたしをお姫様と呼ぶ。
むずがゆい、照れくさい。
さっきみたいにニャオって呼んでくれればいいのに。
人懐っこい笑顔なのに全然、癒されないよー。
「あれ? ティカ、ニャオちゃんの事は大丈夫なんだ?」
「なにがー?」
「全然、猫被ってないから」
「……そうかな」
「自覚がないなら、それが一番良いよ。
自然体でいられてるって事だし。
うんうん、私以外に友達が増えて嬉しいよー、私は」
カランはカランで無邪気な笑みを見せる。
見てて癒される、小さな子みたい。
……年齢を聞いていなければ自然と屈んで目線を合わせて喋ってしまいそうな。
ティカは言い返そうとしてたけど、言葉が出なかったらしい。
諦めて溜息をつく。
「そんな姿でお姉さんぶられてもなあ」
とぼそっと。
……はっきりと聞こえたけど、カランは気づいていない様子だ。
隣合ってるその距離で聞こえないのは、カランが上機嫌で鼻歌を歌ってるせいかな。
鼻歌を通り越して普通に歌い出した。
しかもどこの文明のか分からない言語で歌い出したからびっくりした。
商人と名乗るだけあって、知識は豊富らしいのだ。
「自称じゃなかったんだね」
「疑うのも無理はないよ。私も疑ったから」
ティカが同意してくれた。
ちなみに、わたしが二人と出会ったのはついさっきだ。
わたしの日課として、勉強をサボる口実として、国のみんなのお手伝いをするってのがあるんだけど、今日のこの時間は狩猟者達、おじさんのお手伝いなのだ。
船に乗り、人のいない離島までやってきた。
大きな釜のような島で、岩壁で囲まれている島だ。
内側は空洞になっており、中は、見た事はないけど――、
狩猟者のおじさん達が言うには、森が広がっているらしい。
そして中にはたくさんの魔獣がいて。
島の中は、あえて、魔獣を寄せ付けない『守りの加護』が効いていないらしい。
そのため、魔獣が集まっているのだ。
で、狩猟者達は魔獣を狩り、食糧にしたり材料にしたり、まあ色々と。
使い道は千差万別、多種多様。
国を離れて大陸に出ちゃえば、魔獣も普通にいるんだけども……、
大陸側は他国とのいざこざがあったりで、魔獣を狩るにも面倒事が起こるため、あんまりお勧めしたくなかった。
そのため、人のいない離島の存在はありがたい。
とか、なんとか。
わたしの保護者役であるウスタがそう言っていたのを思い出した。
同時に、「どうせ分からないでしょうけど」とわたしをバカにするオールバックで執事服が似合っていないウスタの顔が思い浮かぶ。
……むかっ。
この場にいないのになんて存在感だ。
今頃、お城で雑務に追われているんだろうなあ――と、
それ、わたしの仕事なんだけども、他人事のように考えて、それで終わった。
一つの事に思考が長く続かないわたしなのだ。
「そう言えば、二人はどうしてこの島に?」
わたしが出会ったのはこの二人一組で、二人は元々から知り合いだったらしい。
一緒に旅をしている商人だ。
厳密には、カランが商人で、ティカが錬金術師。
……後者の方は、よく知らないけど。
でも、すっごく貴重な人材というのは、噂を耳にした事がある。
まあ、なんでもいいんだけど。
「なんでもいいって……、うん、そうだね。私の事はどうでもいっか」
ティカはちょっと嬉しそうに。
「んー、私達というか、カランの用できたの」
「世にも珍しい貴重な品を取り扱っているのが私、カランの露店なんだよ!
曰くつきアイテムからはじまり、呪われたアイテムまで……、
古今東西、あらゆるものを取り揃えるのが私の信条なのですよ!」
そのためには火の中、水の中、森の中! と声を高々に。
火と水に比べたら森は楽をしている気がするけども、水もそうでもないかな。
きついのって、火だけだったよ。
よく見たら覚悟って大したことないなーって思っちゃうなこれ。
わたしは使わないようにしよっと。
「余計なところには気づかないでいいの! そしてこの釜の島――」
「人のいない島」
訂正する、ついつい。
そ、そうだね、とカランが愛想笑いで。
「この島の内側には見た事のないアイテムが眠っている、かもしれない……だから!」
カランがぐっと拳を握って真上に突き上げる。
「――きたん、だけどね……」
と、上げた拳がへなへなー、と落ちてくる。
自信満々できたら、こんな崖があって、登れなくて。
どうしようにもできないカランは、はあ、と深い溜息。
わたしも登れないから、アドバイスできないや。
狩猟者のおじさん達、わたし達を中に入れる気はないみたいだし。
まあ、それは分かるんだけどもね……。
中にいるのは魔獣で、危険なのだ。
許可するはずがない。
魔獣が現れる区域に入る許可を貰った者を、狩猟者と呼ぶのであって、
許可のないわたし達を同行させるわけがない。
しかし狩猟者ってのはボディガード的な意味でもあるんだけどね。
そういう意味じゃあ、職務放棄かも……、
いや、報酬がないから、そうとも言えないかな。
「触手ちゃんの触手でも無理そうだし……長さが足らないからよね」
「肩車で距離を稼ぐのも、カランじゃダメだろうし……」
「私が小さいからですよね、ごめんなさいね!」
王冠を被ってもまだ低いって……、元々の身長を知りたいな。
しかしそれにしても、お姫様であるわたしへの当てつけなのかな、その王冠は。
――興味本意で、わたしは王冠を取ろうとしてみた。
けど、カランの頭の皮膚が剥がれるかと思うくらいにくっついていて、
カランの悲鳴が長く続く。
「長いよ! ちょっとの悲鳴で止めてよ! 私、浮いてるじゃん!」
「ご、ごめん。取れるかなーって」
「皮膚が!? やる気満々だった気がするよ!?」
んー。
いや、なんではずれないの……?
「……ああ、この王冠、呪われてるから」
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