第23話「聖域と図書準備室」 その三


 デジャブから十分後、俺はすっかりその空間に溶け込んでいた。


「それで、相坂君は本とか好きなのかな?」


「そうですね……特にラブコメのジャンルは愛してますっ!」


「愛してる……?」


「あ、いや————好きってことです!」


「ふむふむ、そういうことか……それにしてもラブコメか、それじゃああれなのかな、恋愛とは少し違う感じなのかな?」


「少しって言うか、結構違うって俺は思ってますよ? 作り込みがまず、恋愛の方がしっかりとしていて、恋愛作品だと一話で完結したり、割と悲しい要素があってシリアスシーンも強かったりするんですけど、その点ラブコメは割と軽いことが多いですね」


「——ってことは、読みやすいって感じ?」


「はい、かみ砕いていえばですが」


「そうかぁ……僕はあんまり恋愛作品よんだことないからラブコメから入ってみるのもありかもしれないね」


「でもあれですよ、油断してると結構な沼にハマりますよ~~?」


 結城信二。


 先輩のさらに先輩。つまり、今年三年生の受験生である。受験勉強はしなくていいのかなと思っていたのだが、高文連の文芸大会に出たいため七月くらいまではこの部室に顔を出すらしい。


 好きな本のジャンルはSFやミステリー、特に好きなシリーズはウイルスパンデミックを描いた洋書であまり日本の作品を読んだことがないらしい。そんな先輩の特徴を聞けば、誰でもこう思うだろう。


 イケメンはやっぱり、違うのだ。


 そう、文芸部に居ながらも、それも含めてすべてが体育会系部活の生徒よりもカッコよかった。


 少なくとも俺にはそう映って見えた。


「あ、そうだ、結城君って読んでないよねっ?」


「何がですか、しぃ——部長?」


「うん、えっとね、前に貸した恋愛作あるやん?」


 どうやら先輩も結城先輩に何か勧めているらしい。こうなると、俺の勧めている作品はあまり推さないほうがいいだろう。強制ってゆうのも良くないし、何より先輩の勉強と大会の妨げになるのも怖い。


「あ、ぶちょーー」


「ん~~⁇」


「高文連って私も出ていいんですか~~?」


「別に誰でも出れるからおけよ!」


 そして、この部室のもう一人の住人。

 彼女の名前は吉原華乃よしはらかの、先輩と同じ高校二年生。一年生と見間違えるほどに幼い顔をしていて、下手をしたら中学生と言われても気づかれないレベル。合法(合法ではないけどな)ロリ好きがいたら即死レベルの可愛さだ。生憎、俺にはそんな趣味はないが……それでも可愛いと認めざる負えない。


 明るめの茶色のボブで、瞳も茶色がかっている。眼も大きく、二重で子供のように肌も白く、美しい。そのためかなりの貧乳だがそんなところに目がいかないほどに他のすべてが補っていた。


「え、まじっすか⁉」


「——知らなかった?」


「うん……」


「今のところの進捗は——?」


「三割」


「じゃあいけるっしょ!」


 一体全体、なにを基準に行けると言っているのかは分からないが先輩曰くそうらしい。高文連の締め切りは確か、今年の七月。それまでに15万字以上の小説を書く必要がある。今日は四月二十四日で、もうすぐ五月になるため残っているのは実質二か月だ。正直、小説を書いている身としては決して長いとは言えない。


「先輩、それは一体何をもとに言ってるんですか……」


「……え、えっとぉ~~」


 俺がそう訊くと、先輩は途端に固まった。


 どうしたんだ、俺は今、何かやましいことでも聞いたのか?


「あれ、俺今、変なこと聞いちゃいました?」


「……あ、いや別に、大丈夫っ大丈夫‼‼」


「そ、そうですか……」


 先輩の額には汗がにじんでいた。

 急に動揺しだすものだから俺も少し冷や汗をかいてしまったな。


 まったく、あの先輩が柄でもない。

 

「先輩……」


「ひぇ!?」


 何急に変な声出してるんだこの人は。


「前」


「え」


 俺が注意喚起したのも束の間、本棚で整理整頓をしていた先輩の一段上から本が一冊バランスを崩して——


 ——ボトッ。


 先輩の旋毛へ一直線に落ちていった。


「んがっ⁉」


 そして、次の瞬間。

 まるで猿のように、女子が出すようなものじゃない声色で先輩は鳴いていたのだった。

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