第10話「しつこい友達、照れる先輩」


「先輩っ! あなたが噂の高倉椎奈先輩ですねっ、いっつも俺の腐れ縁と仲良くしてくれてありがとうございますっ!」


「——っおい!」


 その勢いはまるで、の様だった。


 まさに現世に蔓延る若者のような、何でもかんでもネットに乗っけてしまうような若者のような、そんな者達を彷彿とさせる動きだった。


「いやいや、ほんとに会いたく会いたくて震えてたんですよ~~、まったくあんな糞やろ——、じゃなくてじゃなくて腐れ縁なんかと話したりしてもらってこっちとしては大変嬉しいというか」


「え、あ……」


「アンナキモイオタクなんかに構ってくれてね、俺としても本望と言うかね!」


「ちょ、あのっ……」


「いやぁ、もうほんとに何と言っていいか分からなくて~~」


「……え、そのっ」


 やばい、こいつ俺のお袋みたいだ。近所の奥様方に挨拶するときのお袋と似た匂いしかしない。なんかもう、そう思ってしまったらそれにしか見えなくなってきた。


 ——って、そうじゃない!


 まずはこの腐れ縁クソ野郎の暴走を止めなくては、いっつも余計なことしかしないこのコミュ力お化けに任せておいては先輩も困ってしまう!


 ていうか現時点で困ってるし!


「あっ、そういや俺の自己紹介まだでしたね! 俺はこいつの腐れ縁の田中陽介って言います!」


「えっ、うn……」


 俯き地面を見つめ、頬を桃色に染める先輩。


 手に持っていた小説がひらりと地面を向いて、中に挟まっていた紅葉を挟んだしおりが落ちる。


「ここだけの話、俺……彼女募集中なんでっ」


 すると、あろうもことか耳打ちをし始めた。こいつ……先輩に耳打ちとはけしからん! 俺の先p——じゃなくてファンに何しやがるっ——!


「え、そんな……k、ゅに……」


 先輩の頬はどんどんと赤くなっていく。それと同時に彼女の脚も内股になり、小刻みに震えていた。


 先輩がどんどん困っていってるぞ!


 困ってるって!

 

 そう、困ってる……。


 困ってる……こま、こま、こまってる…………ん?


「おいおいっ! 早く来いよっ裕也!」


 先輩が……高倉椎奈先輩が…………


 俺はこの瞬間、人生最大の謎にたどり着いた。


 そう、人生最大のおかしな謎に……かの有名な青ブタの思春期症候群よりも不可解な、世界的最大級の謎に……。


 なんだ?


 なぜ、なぜだ、なぜなんだ?


 なぜ、高倉椎奈先輩が困っているんだ?


 陽キャラじゃなかったか?


 数百年に一人の類い稀なるコミュ力を持った陽キャラではなかったのか(盛りすぎ)?


 だって、告白の件から今朝にかけて先輩は……俺に向かってよく話していたじゃないか。まるで、お話が好きな子供みたいに話しかけてくれていたじゃないか。


 俺の小説を褒めたり、昨日のアニメが面白かったり、最近読んでいる洋書が面白かったとか……たくさん話してくれていなかったか?


「ぁ、でも……えっとぉ……」


 こちらを上目遣いで見つめる先輩……ってやばこれ、何だ急にっ、この表情! おいおいおい、なんか裸でも見られた女子みたいに赤くなってやがるぞ! それ以上はなんかほんと罪悪感がっ——悪いことしてないのになんで! ちょ、ちょっとやめ、やめてくだっ、さいよ先輩っ——それ以上見つめられたら俺、我慢できませんって!


「おい、どうした裕也? こっちに来ないのか?」


「……え、いやなんでもない」


 俺はゆっくりと歩を進めた。

 しかし同時に、先輩の視線も俺を追い駆けた。


「……」


 うずくまるように身体を縮める先輩にジト目を向け始める陽介、そしてその構図を見据える俺。


 カオスだ、混沌だ、さっきから謎の連続だ。


 先輩が拾ってきた猫みたいにおしゃべりじゃなくなったし、ましてや顔を真っ赤にしているし、まるで背丈が縮んだみたいに小さく見えるぞ。一昨日の朝に見た凛々しく美しい先輩は、男の理想的な先輩はどこに行ったっ? 

 

 俺は探してるぞ、おーーい、どこだぁーー!


「……な、なんですか…………?」


 すると、喉でも絞っているかのような震えた声で陽介に尋ねた。


「ん、いや……べつに」


 そんな問いに対して首を振る陽介、しかし彼はすぐさま振り向いて。


「おい裕也」


「な、なんだ?」


「本当にこの人か? 言ってた先輩って言うのは?」


「あ、ああ……万に一つも間違いないぞ」


「そうか……でもさ、何か可愛いし、それにしゃべらないし……お前が言ってたように明るい感じをまるで感じないんだが……?」


 明らかに失礼な台詞だったが、その台詞が語った順に先輩の表情の変化が笑ってしまえるくらいに見えていた。頬を赤くして、それ次に絶句して——そんな姿は俺の知っている先輩には見えなかった。


「断じて間違ってないぞ」


「……ま、それならいいかっ」


「どこ行く!?」


「ん? 見るもの見れたし帰ろーってな」


 それは急に訪れて、消えていった……本当の告白だったのかもしれない。


 




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