第9話:雁《かり》の涙
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書いてる時の作業BGMは ClariS 「君の夢を見よう」でした(初々しい!)。脳内妄想アニメの、この回限定スペシャルOPって感じで(笑)。
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読者のみなさんこんにちは。お元気ですか? おなじみいつもの山本です。更新遅いですか? 待ってた? 待ち切れなかった? すみません。実はですね。実は、俺は・・・。実は・・・。
・・・絶好調なんだよっ! ぶははははははっ。
おっとお。そういえば、もう言いましたっけ? ここだけの話だけど。この前の夜、ろまんちっくな月明かりの下で、俺、ミカさんと、なんと、手をつないじゃったんですっ。一瞬だけど。うふ。ぶ。ぶぶぶぶははははっはあっ。しかも。しかもです。俺が無理に手を出したわけじゃないですよ。あっちから。ミカさんの方から、俺の手をにぎにぎしてきたんですっ。ぶぶぶぶっ今思い出しても鼻血がっ。
もう、なんかどうしようもなく、体中に活力がみなぎってきますね。大自然ツアーも、ばむばむ計画中ですよ。向かうところ敵なし状態。はー。人生は美しいっ。
で。ところで、今、そんなハイパーな俺は、どこで何してるのかって? お答えしましょう。今は昼休み。で、俺は、例の校舎屋上へと向かっているところ。なぜかといえば、あの月島に呼び出されたからに他なりません。
月島とか! あのクソ野郎。もうね、顔見るのも嫌ですね。ちょっとイケメンだからって威張りやがって。今の俺はね、かつての情けない俺とはもう違いますよ。生まれ変わった別人。ミカさんのおかげで、男としての自信に目覚めちゃいましたからね。
今朝も、洗面台で、改めてじっくり自分の顔を観察しましたですよ。いろんな角度から。その結果、気づいちゃったんだよ! 左35度の角度から見ると、一瞬だけ、月島並みのイケメンに見えなくもないんだよ俺! その角度だけだけど。
あと、彼氏としての課題はファッションセンスかな。なあに、あんなのはね、ちょっとメンズノンノとかポパイとかで勉強すれば、すぐ追いつけるもんねーだ。すぐに、ミカの隣歩いても恥ずかしくないようになれるもんねーだ。今の俺に不可能はない。死角はないっ。
こんな最強の俺だから、ふふ、悪いけど、もう月島ごときに用はないかな。引導を渡すちょうど良い機会だね。あんな唾棄すべき存在は、俺の人生劇場からとっとと登録抹消させてもらいますよ。
てなことを考えつつ、鼻息も荒く屋上へのドアを押し開けると、・・・例によって月島は、ビーチチェアにゆったりと納まりながら、ノンアルのマルガリータをすすっていた。
「よお山本くん。遅いじゃないか」
「あのな! 俺は別に、お前に用はないんだよ。無視してもよかったんだ。だいたい、こないだはお前のおかげで死にかけたんだぞ! とりあえず謝れ!」
「え? だって、僕のお陰でミカとよりを戻せたんじゃないか。だろ? だったらむしろ感謝してほしいね」
「うっ・・・」
「まあ座れよ。お。またコンビニおにぎりか? 僕のサーロインステーキ、ちょっとあげようか? なんてね。あげないけどね。静香に悪いから」
くそ。また貢ぎ物見せびらかしやがって。ふんだ。俺だって、もしミカが北高で同じクラスなら、今ごろはこんなやつの相手なんかせずに、一緒に楽しくお弁当食べてるとこなんだよ。へっ。
「来てもらったのは他でもない。ミカのことなんだが――」
「は? お前にゃもう関係ねえだろ。てか最初っから関係ねえだろ。余計なお世話なんだよっ」
そうだよ今日こそ言ってやる! 俺はまくし立てた。
「だいたいミカさんを呼び捨てにするな! あのな。言っとくけど、俺はもうミカさんと完全修復を遂げて、事実上、かかかれひなんだよっ。ら。らぶらぶカップルと。そう認識してもらっても過言ではないのだよっ。だからだな。俺をあんま甘く見ない方が身のためだぞっ。お前みたいなクソ寝取り野郎は、ミカさんには絶対近づけないからな。命を懸けても阻止するっ。分かったか? 分かったら、とっとと――」
「ほほお山本くん。これはまた、ずいぶんと威勢が良いじゃないか。まあ元気になったのは何よりだ。だがな――」
月島の口元が冷たく歪んだ。
「その自信には、はたして確かな根拠があるのか? ミカが見ているのは君だけだと断言できるのか? 他に男がいないと言い切れるのか?」
「へ?」
なんだその思わせぶりな言い方は。・・・ま。まさか。こいつ、何か握ってるのか? いや、ただのはったりでしょ。そんな手に乗るかよ。俺の自信は、断じてゆるが――あれ? ついさっきまでここにあったんだけど?
「・・・だって。だってさ。君が。君が言ってくれたんじゃない。ミカさん俺に惚れてるってっ。絶対確かだって。そうでしょ?」
「あ。あれか? あれはちょっとフライングだったな。単なる認識ミスだ。忘れてくれ」
「はあああっ? なにそれ? だって! あんな断言してたじゃない。ジゴロが保証するってゆったじゃない。だから俺、その一言を、それだけを頼りに、あの辛い夏を生き抜いてこれたのにっ」
「そうかあ。それは確かに悪かったな。大変申し訳ない。責任を痛感する。じゃあ、その一言撤回するから、今すぐ死んでいいぞ」
「そんなあっ」
ん? だが待て。今の俺は、かつての俺とは違うぞ! 切り札がある。ミカさんは間違いなく俺のもんだっ。ぶはっ。ちゃんと、動かぬ客観的証拠が!
「・・・むむはははっ。イアーゴー月島。お前の常套手段なんだろうが、そんな薄汚い手は通用しないぞ。そんなしょぼい揺さぶりごときで、俺の盤石な自信は、ぴくりともしないのだよ。なぜなら、俺はな。ミカさんと、手をっ――いやいい。ふふふ。あえて語るまい。お前にはもったいない。ぶはっ」
月島は眉を吊り上げた。
「山本くん。まさか。まさかとは思うが。・・・いるんだよな。たまに。いわゆる『年齢イコール』のモテないボケなすに限って。ちょっと女子に手を握られたくらいで、有頂天になっちゃう勘違い野郎が。はは。痛すぎだよね。困っちゃうよね。そんなの、女子から見たら、ダサめ男子をちょっとからかってみましたって、その程度だっての。そのくらい、分かれよ分かってくださいよっての。まさか山本くんは違うよね。ちゃんと分かってるよねそんなの」
「・・・。・・・も! もちろんだよっ。そんなの言われなくてもっ。当たり前じゃないかっ。はははっ。バカだなっ。ははっ」
「山本くん。なんか泣き顔に見えるんだけど。気のせいかな?」
「ははっ。ははっ」
「涙ふけよ。で、話を先へ進めてもいいかな?」
「ははっ。ははっ。は」
*
月島は、俺が泣きやむのを待って話を続けた。
「さて。君が忘れているといけないから、ここで今一度、現在の状況を整理しておこう」
立ち上がると、冷蔵庫の裏からごそごそと何か取り出してきた。ひょいと丸テーブルの上に載せたのは、将棋盤だ。
「疲れた教師の癒しグッズだな。パラソルとのミスマッチがすさまじいが」
「お前と対局とかしねえから絶対。そもルール知らんし」
月島は無視して、
「置き方、違ってね? これ?」
「将棋は忘れろ。これがミカだとする」
「は?」
月島は無視して、
「置き方違うって」
「忘れろ。これがお前だ」
「なぜ
月島は無視して、
「さて。この歩が問題だ。超情けない。乙女心のかけらも理解できないゴミクズ野郎だからな。せっかく上玉が秋波を送ってくれたのに、依然としてステージ1.5に放置プレイ状態。これが八月までのあらすじ」
「俺の苦悩に満ちた青春の日々を、そんなクソなあらすじで片づけるなっ」
月島は無視して、
「だが、最近、ちょっとだけ進歩があったな。ステージ2に、行くかな? 行かないかな? みたいな。行くかな? 行かないかな? みたいな。・・・」
嫌味たっぷり。わざとらしく歩をつんつんと、1コマだけ前後に動かしてみせて、
「だが所詮は寝取られ男の哀しさだな。小市民タイプ。行きそうで行けない。真の恋愛に踏み込めないグズ。そこで僕の出番だ!」
盤の端に、飛車をびしと置いた。
「僕が颯爽と登場。あっさりとミカをいただく。ステージ3ごっつぁんですっ」
言うが早いか、その飛車で歩を、すかちゃ~んと吹っ飛ばした。
「ひえ~ざん延暦寺っ。やめてえっ」
「うむ。思わぬ頓死筋だな。この詰み筋、これはまた望外の僥倖なり」
「うるせえ! ちゃんと拾えよ、俺の歩っ」
が、月島はなぜかふさぎ込んだ顔で、頭をこつこつと叩いた。
「だがな山本くん。この指し手はいまいちなのだよ」
「と言いますと?」
「正直、相手がしょぼすぎる。名勝負にならない。歴史に残らない」
「なんの歴史ですかそれ」
「僕くらいの名手になるとだね、山本くん。ただステージ3をゲットするだけでは物足りないのだ。鮮やかに、解説席を驚嘆の渦に叩き込むほどのプレイが要請されるのだよ。単純に、救いがたい弱者をいたぶるだけという勝負は、むしろ躊躇してしまうのだよっ」
「へっ。どうせ、こないだミカさんに相手にされなかったから、びびってるだけだろうが!」
「ぶほっ」
月島が珍しくマルガリータにむせた。
「・・・と。とにかくだな、しばらく事態を静観するつもりではあったんだが・・・。ところがだ。昨日、事態を急転させるような情報が飛び込んできたのだ。某フリーランス・フォトジャーナリストからの目撃証言なんだが」
はあ~。またですかパパラッチ逢魔先輩。今度は何?
「単刀直入に言うぞ。気の毒だが、ミカには男がいる。しかもイケメン」
「はあ? いやそんなはずはないですね。ミカさんに限って。俺、ミカさんのこと信じてるから。どうせ何かの誤解でしょ。そんなねえ、ゲスな、根も葉もない噂話なんか、聞きたくもないね。吐き気がするっ」
「あ、そお? じゃあいいよ無理に聞かなくても。じゃまたね。ばいばい山本くん」
「・・・いちおう聞いとこうかな? あくまでも参考程度に。やっぱそんな嘘っぱち、ちゃんと否定しておく必要があるかもだし」
「そお? でもいいよぉ悪いから。そんな無理しなくても。ごめんね。忘れて」
「・・・早く言えっ」
月島は、もったいぶって満面の笑顔をつくった。くそ。殴りたい。
「それがねえ山本くん。僕も驚いたよ。そいつがまた、イケメンもイケメン。なんと、この僕に肉薄するほどのイケメンなのだよっ」
「あくまでも自分の下には置くわけだな」
「・・・つまりだ。こういうことだな」
将棋盤に向き直ると、さっきまで歩があった場所に、今度は
「こいつの登場で、俄然、この局面が熱を帯びてきたわけだ。寝取り史上、まれにみる名勝負の予感だ! 相手にとって不足はない。久しぶりに燃えてくるね。神のごとき、ラクロのごとき深読みが要求される展開だな。こう打てばこう来る。こう打てばこう。こう。こうっ」
月島は、いいかげんに飛車と角をぽこぽこ動かしながら、一人で悦に入っている。殴りたい。
「へ。勝手にやってろ。どうせいつもの空騒ぎだろ。尻つぼみに終わるに決まってる! 俺はミカさんを信じるからな。疑うことなどあり得ない。あの澄み切った瞳が、実は二股をかけている、なんてことは絶対にない! 俺の純粋な心は、お前みたいに腐っちゃいねえんだよっ」
「まあまあ山本くん。そういう能書きは、これを見た後で言ってくれたまえなっ」
月島は、俺にケータイをぐいと突きつけた。その写真を見て――俺は絶句した。
たぶん駅前。ミカが、背の高い男と、腕を組んで歩いていた。嬉しそうに男の顔を見上げている。確かに、誰もが認めるであろうめっちゃイケメン。そして、俺はその男に見覚えがあった。
以前、ミカの部屋で見た写真の男――ファッションモデルだった。
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