(5)
俺はいいって言ったんだけど、ミカは、どうしても俺を送っていく、自転車は学校に置いてっても大丈夫だから、と言い張った。まあ暗くなったから、俺としても、ミカを家まで送り届けるのが筋ってもんでしょ。ってなわけで、俺たちは市電とバスを乗り継いで帰ることにしました。
・・・って、なんで俺、言い訳してるんだろ。本心は、久しぶりにミカと二人で市電に乗ったり、バスに乗ったりしたかっただけ。途中、取りとめもない話をしていたんだけど、何の話か覚えてないくらいなんだけど、それでも楽しすぎた。
バスを降りたら、ちょうど夜空の雲の切れ間が大きく開いて、黄色い月が顔を出した。たぶん満月。月明かりが街灯より明るいくらいで、地面にくっきりと俺たちの影をつくった。
「山本くん? あのね」
「なに?」
「あの。さっき先生とか、いろいろ言ってたじゃない? 山本くん、演劇部のお手伝いで来てたとか、いろいろ。でもね。私、分かっちゃった」
「は?」
「山本くん、私に会いに来てくれたんだよね? すぐ分かっちゃった!」
俺は唖然とした。
「はは。ええと・・・」
「ごまかさなくっていいからっ。もう全部分かっちゃうよ。山本くんの考えること全部。だって、わざわざあのヘッドライト付けてきたでしょ? あれって、私たちの思い出だからだよね? あの。ブラインドデート。すぐ分かっちゃった。だって忘れるわけないもの、私」
「あはは。うん。あれ楽しかったよね。ちょっと失敗だったけど。はは」
横を歩いているミカは、ちょっと真剣な表情になった。迷っている感じでちらちらと俺の顔を見ていたが、やがて思い切ったように、
「あの! 実はね。山本くんに謝らなきゃ。私、ちょっとひどいことしてた。山本くんに対して。あの・・・たぶん気づいてないと思うけど。私ね、山本くんのこと、ブロックしちゃってたの。七月から。プールの後。あの後から。電話も。ね? ひどいよね。私」
「あ。はは。そうだったんだ。そうかあ。はは」
「何度か電話してくれた? たぶん。そうだと思った。山本くん優しいから。変だと思った? ひどいよね私。でもちょっと怖くて。何て言ったらいいか分からないし。私、なんか怒って山本くんに怒鳴っちゃったし。花火のときだって、山本くんの言ったこと正しいのに、怒っちゃった。最近、なんか怒りっぽいのね私」
俺は焦った。あのシチュでミカが謝るとか、あり得んでしょ!
「いやっ。あれは俺の方が悪いので明らかに俺の方がっ」
「それに、私の方から電話しない方がいいんじゃないかって、そう思えてきて。だって電話したら、山本くん優しいから、無理してでも一所懸命考えてくれるでしょ? ツアーとか。でも山本くん、地味なくせにモテるから。白鳥さんとかみどりとか。お付き合いいろいろあるのに、私、無理やり割り込んだらやっぱり迷惑かなって――」
「いやっ。それ全然違います。完全に誤解です。もうどこからどこまでっちゅうぐらい誤解の塊でっ」
「だけどブロックでもしないと、こっちから電話したくなっちゃうじゃない? やっぱり」
「いやそれっ。してくださいよっ。ご遠慮なくっ。電話ばんばん!」
「ほんとに? ほんとにしちゃうぞ?」
「カモンウェルカムっ。もう、いくらでも受けて立ちますからもうっ」
ミカは俺の顔を覗き込むと、嬉しそうにころころと笑い出した。そうして、さっと手を伸ばして俺の手を握りしめた。温かくて柔らかい感触。俺はすかさず鼻血に備えた。だが次の瞬間、
「いてっ」
俺のこめかみをBB弾が打った。
「あっ! ごめんなさいっ。まだ痛むの?」
ミカは驚いてぱっと手を離した。いや、だからそれ違うんですってっ。わたしを離さないでっ。
*
はあ~。ミカを送り届けての帰り道。今日って何の日? 俺の人生で一番長い日。たぶんね。もうくたくたです。もう死ぬ感じです。
でも頑張って、いちおうケータイチェック。案の定〈P〉からの一言が来ていた。お久しぶりです。でも今日の白昼バトルに関してはノーコメントだな。報告行ってないのかな?
〈月光でよく見えるぞ〉
はいはい。だけど今回は、不思議にイラっとはこなかった。むしろちょっとだけ嬉しかったり。だって、やつがいるっていうことは、とりもなおさず、また俺がミカに寄り添って行けてるってことの
*
今回の話はここで終わり。って、そうしたかったんだけど、やっぱり几帳面な性格だから。一つ残ってるよね。仕事はきちんと最後まで。
俺はまた呼び出されて、〈ミレーマ〉の例の部屋に来ている。俺を取り囲む、不気味なかぶり物の面々も健在だ。北会長は、懲りもせず、無意味にまたウサギをかぶっている。ただし、真っ二つになったときの切り口は、ちょっとズレて接着剤がはみ出してるけど。
さて――俺の前に用意されているのはノートパソコン。今から俺は、悪の巣窟〈P〉から首尾よく強奪した極秘ファイルを、〈ミレーマ〉幹部たちの眼前で公開するのである。謎に包まれた
だが! この決定的場面で、
「準備は良いかね? では山本くん。始めてくれたまえ」
ウサギが、おごそかな声で命令を発した。それを合図に、俺は、ポケットから取り出したハート形USBメモリを、ノーパソの側面にすちゃっと差し込んだ。
その刹那、
一同が、ぐぐっと身を乗り出した。固唾をのんでディスプレイを見守る。氷の沈黙。
「ドライブを使うにはフォーマットする必要があります。フォーマットしますか?」
・・・知ってた。
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