(3)
これの前に、いちおうプールのこと書いたんですけど、もしかするとそのうち消すかもしれません。ちょっと差しさわりっていうか、やっぱり絶対に見てほしくないひとがいるので。俺もちょっと思い出したくないし。お察しください(泣)。
**********
あああああ! なんでこんなことに! 俺悪くないのに。俺のせいじゃないのに。全部誤解なのに。
ミカはものすごく怒った顔で、そのまま帰ってしまった。まあ、目の前であんなことがあったんだから無理もないけど。花染さんは慌ててその後を追いかけていった。新雪さんもあきれ果てて帰っちゃった。ミカがいなくなると、潮が引くようにパパラッチのギャラリーも姿を消した。
あとに残ったのは、茫然としている俺。そしてジェットスパで悠然とくつろぐ白鳥先生。そして・・・あの野郎! ・・・爆笑し続ける月島。
「ぶあははははははっぶぶはははははっ!」
がらんとしたプールサイドにエコーがこだまして、何倍にも聞こえる。もう死にたい。
「ぶあははははははっぶぶははははっぶぶははははっぶぶはははははっ!」
*
俺は泣いています。
あの日以来、ミカが電話に出てくれない。ラインも。うわあぁぁぁ。何だこのやっちまった感。二つの高校の間の距離が、北極と南極ぐらい遠くなった気がする。ケータイで音信不通だと、もう向こうの様子はまったく分かんないから。花染さんまで応答してくれない。もうどうしようもない。人生終わった。公務員枠もパー。もう出家したい。
と、ケータイが鳴った。もしやっ!? ・・・あああぁぁぁがっくり。
「はははあああ白鳥先生。どーもぉ」
「何だその気の抜けたノンアルビールみたいな声は。あれからだいぶ経つのに、まだ立ち直ってないのか?」
「はははぁぁぁぁ~い」
「もう過ぎたことじゃないか。くよくよするな。結果はどうあれ、私は感心したぞ。オフィシャルアンバサダーの責務をちゃんと果たしたじゃないか」
「でもミカさんが・・・ぐすっ・・・電話に出てくれないのでっ。ぐすっ」
「まあ当然だな。お前、かなり最低だったからなっ」
「ひいいいいっ。傷口に塩を塗り込めるようなお言葉、痛み入りますっ」
「はは。礼には及ばん。実は組織にも、ちゃんと、お前の責任感の売り込みはしといたからな。ご令嬢のアンバサダーを勇退した暁には、もう次のクライアントを確保してあるぞ。六十過ぎのおばちゃんだが。人間的価値は別に変わらんだろ」
「・・・ミカさんが良かった・・・ぐすっ」
「往生際が悪いぞ。男らしく観念しろ。どうせ最初から、お前には高嶺の花だ。そもそも知り合ったのが何かの間違いってことだ」
「・・・もうちょっと優しい表現とかないんですかっ」
「ないな。大人社会なんてこんなもんだ。お前にもじきに分かる」
「先生を見てると、既に分かっちゃってますが・・・」
*
辛い人生が続く。今度は学校にいます。外部模試。夏休みなのに。はあぁぁぁ。もうため息ばかり。・・・しかも顔を上げたら、一番見たくない顔が目の前に。
「どうだいその後。山本くん。元気そうだね? 相変わらず意気消沈してる?」
「もとはと言えば、全部お前のせいだろうが! あっち行けよ。話しかけんな。しっしっ」
「つれないなあ。親友だろ? 君がプールに誘ってくれたんじゃないか。嫌そうだったけど。でもとっても感謝してるんだよ。あんな面白い出し物、見せてもらって。それにミカちゃんの素晴らしい水着姿も堪能できたし」
「死ねっ」
「八つ当たりは良くないなあ。体に毒だってさ。それでミカちゃんとは、しっかり仲直りできたの?」
「関係ねえだろ。あっち行け」
「やっぱりか。みどりの言ってたとおりだな。なんかミカちゃん、まだ激怒してるってさ。もう死んでも山本くんとは話したくないって。顔も見たくないって。・・・でもそれってちょっとひどいよね。いくら何でも。あんまりだよね。ひどすぎるよねえ。さすがにそれは僕も・・・ぶはははははははっ!」
「そっ・・・そうなの? 花染さんが・・・そんなことを?」
恐れていたとおりだけど、やっぱりショック。・・・でもだいたい、なぜ月島が花染さんと親しく会話を? 耐え忍ぶ云々はどうなった?
「あ。言い忘れてたけどね、これも山本くんのお陰って感謝してるんだ。あのプールの後、みどりと、けっこう意気投合してね。もう、君の悪口ですっかり盛り上がっちゃったんだよ。今じゃ、毎日のようにラインしてます。彼女ってわけじゃないんだけどね。いいお友だち」
ちきしょう。なんでこんなクソ野郎が楽しくキラキラやってて、超いい人の俺が苦しまなきゃならんのだ。フェアじゃねえ! 絶対許せん。・・・いいなあ・・・。
「でもさ山本くん。ラインで誠心誠意、謝り倒せば、そのうちミカちゃんも絶対分かってくれるよ。頑張りなよ」
「そ。それが・・・なんか全然既読が付かなくて。読んでくれてないような・・・」
「なにいっ!?」
わざとらしいんだよ月島。いつもだけど。
「それ山本くん。それって! すごく言いにくいんだけど。君を傷つけるのが怖いんだけど。それ、絶対ブロックされてるよそれ」
「へ?」
「かわいそう山本くん! もう、何と言って慰めたらいいか・・・言葉が見つからないよもう・・・ぶあははははっ」
そ。そんなあ・・・。内心恐れていたけど、でも、その可能性は努めて考えないようにしていた。それをあっさりと口に出しやがって! てめえ! デリカシーのあるふりするのは女子の前だけなのかよっ。
だけどやっぱり客観的に見て、そうなのかな? ブロック。俺はいやいやながらググった。「自分がブロックされているかどうか調べる方法」4種類。・・・全部クロだった。俺、ミカさんからブロックされてました(号泣)。もうだめだ。立ち直れない。俺のラブコメが、こんな風に唐突にバッドエンドを迎えちゃうとは。読者のみなさんも予想外だとは思うが、俺が一番ショックなんですっ。
*
人間、どん底に落ちても悪あがきは忘れないもんですね。念のため調べたら、花染さんからはブロックされていなかった。もう藁を掴む。ライン電話かけまくった。4回目で出てくれた!
「花染さんっ。ひどいじゃないですかっ。シカトするなんてっ」
「いや~あ、わりいわりい。つい。・・・あのさ。最近あたし、月島くんとけっこう良い感じでラインしてるんだあ。すごく楽しくって。その余韻がね、お寝んねするときまで続いてるのね。それを、山本くんにぶち壊されたくないって思っちゃって」
「ひ。ひどいっ。俺、ぶち壊したりとかしないですからっ」
「いや山本くんの存在そのものが。なんか破壊力あるんだよね。みじめ過ぎて」
「そんなっ」
「だってさあ。ミカにもう、すっかり嫌われちゃったじゃない? まああんた悪いんだけどさ。とにかく、らぶらぶであればあるほど、その反動は怖いってこと。なんか気の毒だけどさ。でも、悪いけどあたし、今いいところなので、そういう負のオーラ浴びたくないっていうか。ごめんね」
「そんなこと言わないで助けてくださいよっ。親友でしょ? 一緒にクレープ食いながら涙した仲じゃないですか」
「親友かなあ? クレープ2個、取引しただけのような気が」
「冷たいっ。運動部って、もっとあったかい人たちの集まりですよね? 定義上。何とかミカさんに取りなしてもらえませんか? お願いしますよっ」
「う~ん。それなんだけどね」
花染さんの声が曇った。
「あたしもいちおうさあ、あんたに恩がないわけじゃないから」
「恩ありまくりですよねっ」
「・・・だから。ミカに何度か言ってみたんだよね。あんたのこと。仲直りどお? とか」
「そうこなくっちゃ! 俺の良いところ、全部、列挙してくれましたよね? 頭脳とか。人柄とか。優しさとか――」
「その辺ちょっと思いつかんかった。すまん。だからこう言ったよ。あいつバカだけど、バカはバカなりにバカなとこあるから、そこはやっぱ我慢してあげないとかわいそう、って」
「それ、けなしてるだけのような気がっ」
「でも当たってるだろ? でもさ。ミカね。たしかに最初はすごく怒ってたよ。でも――」
「知ってます。死んでも話したくない。顔も見たくないって言ったんですよね?」
「いや、そんなひどいことは言ってないよ。全然。そんなこと、ミカが言うわけないだろ。誰が言ったのそんなこと」
「・・・」
「まあ怒ってはいたんだけど。だけどね。そのうち、なんかね。『もういいの』とか言うんだよ。静かに。分かる? この感じ」
「というと、つまり・・・」
「怒ってるうちはさ、まだ続きがあるって感じじゃない? だけどこれ。もうなんか、ほんとに終わっちゃいそう。終わりって感じ」
「ひぃぃぃぃぃ」
手が震えてケータイを落としそう。てか俺が床に落ちそう。
「だからまあ、ミカの様子見て、またそのうち言ってはみるけどさ。あんまり期待しないで。正直、期待薄」
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