(5)

 目の前でミカがぱくぱく食べているのを観察しながら、俺はまたしても、つくづく感心させられていた。「ファストフードの洗練された食べ方」なるものを、初めて見た気がする。CMでモデルが颯爽と食べてる感じ、と言ったら分かります? 非の打ち所がない。口元についたソースでさえ、キュートです。


「マックとか、来たことあるの?」

「は? (もぐもぐ)何言ってるのよ。ここは初めてだけど、駅前にもトイザラスにもあるじゃない」

「いや、お嬢さまは、毎日高級ディナーかと・・・」

「アニメの見すぎよ、それ。まさか執事とかお抱えシェフとか、そんなのがうちにいると思ってるんじゃないでしょうね?」


 図星です。正にそう想像してました。


「ばかばかしい。日本は人件費高いのよ。うち、そんなお金持ちじゃないわよ」


 いや、充分リッチですよミカさん。明日返ってくる、あなたの大画面・最新・VIP限定アイフォンと、俺の小画面・型落ち・アプデ拒否られアンドロイド、並べてみてくださいよ。・・・で、ミカは、そこそこ上機嫌なんだけど、さっきから南高の校則批判爆発。怪気炎を上げている。


「・・・ったく、ばかばかしいったらないのよ! ポニテ禁止。耳より上で縛っちゃだめ。髪のゴムの色まで決まってるの。お団子も触角もだめ。長い髪下ろしてもだめ。アシメだめ。染めるのだめ。シュシュだめ。ピアスだめ。お化粧だめ。カーディガンなんか、ちょっと色が違ったらもうアウト。反省文。毎朝、玄関でチェックされるんだから」


 正直言って、俺もそんなのはバカみたいだと思う。北高は受験優先なのか、そこまで厳しくないし。だけど、よそ者にボロクソ言われると、地元民としてはつい弁護したくなる。


「まあでも、南高は、伝統ある女子高だからな。実社会に出てからの基本になるから厳しくしてるんだろ。高校生が、規則を守って、きちんとした格好をするってのは、当然のことだしっ」

「だって、月一つきいちの服装検査なんか、下着の色まで見られるのよ。それって何の意味があるわけ?」

「いやそれは・・・。たまに透けて見えることもあるからでは?」

「ないでしょ、そんなこと。あるの? あった?」


 しまった。地雷踏んだ!


「いや、ないです! なかったです! 決して! 絶対ないです! あり得ません!」

「・・・なんか、妙に力入ってるのが気になるんだけど・・・」


 ミカ刑事、そこスルーお願いします!


「とにかく、先生がおばちゃんばっかなのよ。感覚がも~う時代遅れ。校舎も古いし。洗面台なんて、石なのよ石! これだから、ど田舎の学校は!」


 出たなNGワード! 許さんぞ・・・ミカ・・・。


「あれ? またプルプルするの? 山本くん。面白~い。ちょっと好きかも。そのリアクション」


 くうっ。敵が一枚上手うわてだ。そんなん言われたら怒れないでしょっ。


「でもさ。でもさ。校則ゆるゆるだと、風紀乱れるじゃん? 東京の高校なんかそうだろ? 教室でドラッグとか売ってんだろ?」

「なに極端なこと言ってんのよ。ないわよ、そんなの」

「東京の女子高生とかパパ活やってるって、テレビで――」

「そんなのごく一部よ。失礼じゃない! 東京の女子高生に謝れ!」

「ごめんなさいっ」

「それに今どき、そんなの、地方の高校でもあるっていうじゃない。校則とか関係ないわよ、そんなの」

「そうかなあ」


 俺の的外れの東京批判が、ミカの逆鱗に触れたらしい。ぐっと身を乗り出してヒートアップ。


「だいたい私はねえ、好きで越してきたわけじゃないのよ! パパの仕事の関係で、しょうがなくて来たの。この街大好きコンパクトボーイの山本くんには悪いんだけど、別にここ、好きなわけじゃないから。ほんとは東京が良かったの!」

「え? でも、東京で男子に告られるの迷惑で、それで、こっちの南高にしたんじゃないの?」

「あなた、なんでそんなこと知ってるのよ?」


 ヤバい!


「いやそれはっ。そのっ。・・・テレビで見たかな? たぶん。お父さんのインタビューか何かで?」

「そんなことまで話したの? うちのパパが?」

「いや、話してないかな? 話してないな、たぶん。うん、話してない。勘違いかな? 俺の」


 たららら。冷や汗が背筋を伝う。


「あのね、それはパパの過剰反応なの。過保護なのよ、うちのパパ。私はね、男の子にちやほやされるのは嫌いじゃないのよ。イケメンを周りにはべらせたりとか、けっこう好きなの! だけど、なんか、ちょっとストーカーっぽいのが一人いて、うちまで押しかけてきたのね。それで、パパが心配しちゃったわけ」

「なるほど」

「で、こっち来てみたら、女子高じゃない。悪くはないけどさあ。校則以外は。みんないい子だけど。でも女子ばっかりで、もう飽きてきちゃった。田舎退屈だし」


 なるほどね。確かに親の都合で生活環境が激変すれば、馴染めないのも当然だよな。だけど、ここで引き下がったらオフィシャルアンバサダーじゃねえ! 俺はここぞとばかり、大きく息を吸って、


「分かるよそれ! よく分かる。だけどまだひと月だろ? 探せばここにだって、東京にはないような良いところが、いっぱいあるさ! 俺も手伝うからさ! しょげてばかりいないで、この街の素敵な場所を、ひとつ残らず、二人で一緒に見つけ出していこうぜ! 輝く未来のために!」


 おお。超かっこいい。なんか感動系ドラマの最終回みたい。俺は、自分のセリフに思いっきし酔った。まあ本来はイケメン用のセリフだけどな。だが、実はその裏で、冷徹な計算もはたらいていた。


 例の組織。脅されてすっかりびびったが、ひょっとするとあいつら、意外とゆるふわな連中なのかも。今回は、変な写真がいきなり出てきたんでパニクったんだろうが、たぶん普段は、ミカを常時監視なんかしていなくて、けっこう放置プレーなんじゃないか? でなけりゃ、昨日のヒル・失神発生時点で、俺は、既に田んぼに沈められていたはずだ。


 ということは、――むやみに監視におびえる必要はないってことだ。これって実はやっぱり、俺にとって、千載一遇のチャンスかも知れない。オフィシャルアンバサダーとしてうまく立ち回って点数を稼げば、公務員試験の勉強すらしなくていいかも。うふ。栄光の未来へとまっしぐらだ! そのためにはとにかく、何としてでもミカに取り入って、あらゆる機会を捉えて、この街をアピールすることだ。この東京大好き女にいくらバカにされても、平身低頭、プライドもかなぐり捨てるぜ! まあ俺には元から男のプライドなんてないけどな。


 このミカ様にしても、この街で、男子との接点が欲しくて、俺と仲良くしようってわけだろ。俺を足掛かりにして、北高のイケメン男子を芋づる式にゲットしようという魂胆かも。そうならそうで、こっちにも好都合だ。ウィンウィンだよね、これ?


 とか思いながら、ふとミカの顔を見て、俺は驚愕した。・・・なんと! うるうるしてる! まさか、あのクサいセリフが心に響いちゃったんですか? まじで? これ笑い飛ばすとこでしょ?


「・・・ありがと山本くん。なんか嬉しい。ちょっと元気出た」


 ミカさん・・・かわいいぃ! よっしゃあ! ミカの反応は予想外だが、むしろプラスだ。この調子でがんがん行くぜ!


「よかった! それでこそミカさんだよ。じゃあ早速、来週あたりから、自信をもってお勧めできる最高の場所へと案内してあげるねっ。そうだな・・・どこがいいかなっ・・・」


 得意分野だ! 俺の頭の中に、既に十や二十の選択肢はデフォで存在する。それで足りなければ、常日頃つねひごろ愛読している県や市のホームページを覗いてネタを仕入れればいい。下見に一回行くとしても、二週間に一か所は行ける。毎月二か所、一年で24の名所を回れる計算だ。これだけコンスタントに行けば、絶対に、この街が好きになる! そうだよ、そうに決まってる! 完璧だ。俺はほくそ笑んだ。


 さて。最初はどこにしよう? 最初は大事だよね。・・・やっぱ、この街といえば、あの美麗に連なる山並み、かな。遥か地平線と空との境界上にそびえ立つ、限りなく透明に近いブルーに彩られた神秘の山々。中心部の繁華街からでも、くっきりはっきり見えるから、よそ者はみな例外なく驚き、感動する。決まりだねっ。


 電車・ケーブルカー・バスを乗り継いで、標高2キロの場所まで行ける。今の時期はちょうどベストシーズン。険しい山々を背景に、巨大な雪の壁が見られるぞ! 世界的に超有名だ。雪のない南国から、ツアー客が大挙して押し寄せてくるんだ。


 あの絶景に心を打たれない者はない。ミカもきっと、一目見て、茫然と立ち尽くす。その美しい横顔を、一筋の涙が流れ落ちてゆく。長年の東京生活で、耐えきれないほどにすさんで疲れ切ったその心も、白銀のパウダースノーを優しく受けながら、静かに、ゆっくりと癒されていく。・・・そして、彼女は言うだろう。


「山本くん・・・私、この街が好きになっちゃいそう。そして、あなたのことも・・・」


 そして俺の首に、そっと腕を回し――。


「・・・なに一人で、にやけてるのよ」


 ミカが俺の顔を覗き込んだ。びっくりしたあ!


「はいっ!?」

「あのね。言っときますけど、私は、山とか嫌いですからね」


     *


「・・・は?」


 いったい何をおっしゃっているのですか。あんたは。


「山とか雪とか、大嫌い」

「それはまた・・・どうして?」

「昔、子供のころ、そっち系のとこに住んでたことがあるのよ。スイスの。ツェルマットとかサンモリッツ。死ぬほどスキーやらさせられたわ。も~嫌い。だいっきらい。ここも、冬、雪降るんでしょ? 今からうんざり」

「・・・そうですか・・・」

「どうしたのその顔? なんか、また泣きそうなんだけど。あなた、まさか、私を山なんかに連れてくつもりだったんじゃないでしょうね?」


 なんですか? そのジト目。さっきのうるうるを返せ! 俺に返せ!


「・・・いえ・・・」

「だったらいいけど。それから私、大自然とかも興味ないから。全然」

「ごぶっ」

「むせた? 大丈夫?」

「ごぶっ。大丈夫ですっ。でもミカさん。大都会で、すさんで疲れ切った心には、やはり何といっても、大自然の癒しパワーが――」

「はあ? 何言ってるの? すさんでないから私。疲れてないから。私、都会大好き少女だから。人混みとか好き。人がいっぱいいるとこ好きなの。しゃれたお店とか。銀座とか。表参道とか。代官山とか。原宿とか。お台場とか。そういう感じのとこ、ある? ここに」

「・・・ないですね・・・」

「じゃあ、いったい、私をどこへ連れてくつもりだったの?」


 俺は頭を抱えた。


 詰んだ。完璧に構築されたはずの、俺の精緻なナビ計画が、轟音を立てて崩れてゆく。小都市+大自然の絶妙バランスが売りのこの街から、大自然を抜いたら、いったい何が残るってんだ。逆さに振っても原宿とか絶対出てきませんから。


 ええい! ここが生命線だ。ポイントオブノーリターン。ここを死守しない限り、俺の明日はない! 公務員枠はない! 俺は、捨て身の説得工作に出た。


 曰く――ミカさん。その発言は、さすがにちょっと、思慮に欠けるのではありますまいか。お若いのにそんなに視野が狭いことでは、これから先、将来が思いやられます。もっと遠くを見る目をお持ちなさい。いつかきっと、後悔なさいますよ。


 人間などというものはですね、万物の霊長などと言って、普段いばっておりますけれども、所詮はマザー・ネイチャーから生を授かった、よちよち歩きの赤ん坊に過ぎないのでございます。あなたのお好きな、一見華やかな、そこかしこのお買い物プレイスなどというものは、結局のところは、虚栄の市――物質文明の成れの果てに他なりません。


 あなたさまが、その生を全うして土に還るそのとき、必ずや、若かりしあの日に、かの青年の説得に耳を傾けておけばよかったと。かの青年の言うごとく、思い切って大自然の懐に飛び込み、その癒しの魔術を、しかと堪能すべきであったと。そのように、後悔なさるに相違ありません。そのことが、あらかじめ分かっているからこそ、わたくしは今ここで、あなたの魂に向かって、こうして語り続けているのです。でありますから――


「も~・・・よくもまあ、こう、たらたらぺらぺらと、薄っぺらい言葉が次から次へと出てくるわね。あきれるの通り越して感心しちゃう。ある意味、才能だけど。何の才能か分かんない才能よね。もうそれ、伝道師入ってるわよ山本くん」

「やっと分かっていただけましたかミカさん」

「全然分かってないけど、もういい。根負けした。行けばいんでしょ大自然。分かったわよ。行くから! 行きますよ、もう」


     *


 〈マモ~レ〉の外へ出ると、もう暗かった。一人でチャリのミカを帰すのはちょっと心配だったが、歩道のある明るい道を選んで行くからと言って、さっさと走って行ってしまった。まあ治安は良いですから。東京と違って。


 その後ろ姿を見送っていると、どっと疲れが来た。今日いちにち、こんなに緊迫した時を過ごしたのは生まれて初めてじゃないかな。だがさいは投げられた。ご令嬢をどこへお連れするかは、熟慮して、また連絡する手はずになっている。


 「蜃気楼の海岸」とか、どうですかね? 後でググろうっと。ちょっと楽しみになってきた。だって、ゆるふわ組織の目をかいくぐって、実質、美少女とデートですよね、これって。ちょっと、むふふの展開とか期待しちゃったりして。むふふ。


「いてっ」


 頭に何かが当たった。足元に転がったものを見ると――BB弾だ。危ないな! 人の顔に向けて撃っちゃダメでしょ。見まわしたが人影はない。同時に、ポケットの中でケータイが振動した。


 ラインに、知らないアカウントから着信があった。おかしいな。もう「友だち」になっている。そんな覚えはないのに。アカウント名は一文字――〈P〉だけだった。メッセージも短い。ただ一言、


〈甘く見るな〉


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