都会育ちの美少女が俺の郷土愛をズタボロに引き裂いてくれる日々

竜の心を宿すもの

第1話:代掻《しろか》き

(1)

代掻しろかき:田んぼに水を張り、土をかき混ぜて平らにする作業。田植え前の準備だそうです。


 小説書くの初めてです! 至らぬ点多々あると思いますが、よろしくお願いします!

 書いてる時の作業BGMは ClariS 「ハルラ」でした(名曲です!)。まあ脳内妄想アニメのOPですね(笑)。


**********


〈工事中

 迂回うかい願います〉


 はあ? ・・・イラっときた俺は、チャリにまたがったまま、立て看の向こうを透かし見た。誰もいない。でもちょっと先の方で、サイクリングロードの舗装が引っぺがされている。どうやら年度末によく見る、イミフな補修工事のたぐいらしい。今はまだ五月なんだけど。


 それにしても気の早い初夏の陽気で、日差しがやけにちりちりと暑い。こんな日の午後は、滑らかなこの道をチャリで快走するのが、やっぱ気持ちいい。なのに水を差された気分だ。矢印の示す先を見ると、回り道は、もろ、田んぼの間を抜けるしょぼいあぜ道で、当然舗装はないしデコボコが半端ない。


 しょうがないので、あぜ道をたらたら漕いで行く。小石の衝撃が、いちいちサドル越しに俺のケツを打つ。いてえ。うんざりしつつも、ようやくあぜ道が終わって、やれやれ、と元の舗装路へ戻りかけたときだった。


 工事のこっち側に立ててある、もう一枚の看板のあたりから、「うざっ」とかいう声が聞こえた。かと思ったら、怒りのオーラをなびかせて、何やら黒っぽい物体がいきなり俺の方へ突っ込んできた!


 られるっ。俺が固まったのと、先方が気づいて急ハンドルを切ったのが同時だった。次の瞬間、物体は俺を辛うじて避けながら「ひゃっ」とも「きゃっ」ともつかない奇声を発して、宙に舞った。


 思わず身をすくめた俺の背後で、聞きたくない感じの衝撃音が鳴り響いた。鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ。恐る恐る、そおっと振り返ってみると、田んぼの真ん中にひっくり返ったチャリが見え、・・・そしてその手前に、一人の美少女が、すっくと立って、俺をにらみつけていたのだった。


     *


 あの状況で、彼女が田んぼに頭から突っ込まなかったのは奇跡だ。怪我もしてないようだし。俺は感心したが、それよりもはっとさせられたのは、その美貌だった。どのくらい美しいかというと、ラノベ読者のみなさんが「美少女」と聞いてイメージする姿を十倍してもらえれば、だいたいそれで合ってる。ってそれじゃ足りないって? もっと説明しろと? だったら先を読んでねっ(笑)。


 あの制服は南高だよな。暑いからかブレザーは着てなくて、白のブラウスにチェックのスカートだけど、やっぱうちと違って、この制服かわいいですね。お姉さんって感じでもないから、同じ高1かな。一目見りゃ忘れっこないが、中学でも見たことないぞ。転校生か?


 ところで当の彼女は、その美貌にそぐわないうなり声を発しながら、どうにかチャリを起こして、田んぼから上がってきたところだ。俺は、紳士でしかもすごくいい人なので、すかさず駆け寄った。チャリを引っ張り上げるのに手を貸しながら、「大丈夫? 怪我はない?」と声をかけてみた。


 これがご縁で、お友だちになれたら嬉しい。南高の女子、それも美少女とお知り合いとか! クラスでもドヤ顔できるし・・・俺の顔が、思わずほころぶ。ところが彼女は、笑われたと勘違いしたのか、むっとした顔で開口一番、


「大丈夫じゃないわよ! 見てよこれどうすんのこれっ」


と理不尽な怒りを俺にぶつけてきた。可愛らしいリュックをひょいと下ろして、泥はねがないのをさっと確認したかと思うと、自分の足元を指さしながら、また「ううう~これっ」とうなっている。


 見ればご指摘のとおり、水をなみなみと張った田んぼに――田植え前だったのが不幸中の幸い――みごと没した、泥だらけのローファーとソックス。見るからに気持ち悪そう。実際、一歩歩くごとに、くちゃくちゃと気持ち悪い音を立てている。その不快感はまあ分かります。分かりますが、その後の一言、これは良くないでしょダメでしょ人として!


「あなたねえ! なんで突っ込んでくるのよ!」


 俺は唖然とした。こうまで平然と事実をねじ曲げるとは。突っ込んできたのはそっちだろ、と切り返そうとしたそのとき、だが、俺の視線は、彼女の脚にぐぐっと引き付けられてしまった。具体的には、ちょっとめくれ上がったスカートからのぞいてるあたりに。


 ひ、膝が見えてる! そしてあの部分は、膝の上だから、定義上「太もも」ですよね? 美少女のふ・と・も・も・・・。


     *


 言うまでもないが、男子にとって、女子のスカート丈問題は宇宙より重い。一方、この片田舎――もとい地方中核都市に存在する数少ない欠点の一つは、校則が妙に厳しいことで、特に制服のスカート丈にうるさい。ゆえに男子は、日常的に女子の膝に飢えている。もちろんその上のハイパーステージにもだ。


 ま、確かに、体育の時間とかは、遠目でも女子の脚をそこそこ鑑賞できるわけだし(そのための体育だし)、放課後に駅前あたりに行けば、校則ゆるめな他校の女子がスカートを折って、たむろってたりする(そのための駅前だし)。なので、膝上にまったくご縁がないわけじゃないが、それはまた別腹。


 今、この人気ひとけのないのどかな田園風景の真っただ中で、美少女と二人きり――そういうシチュにおいて、普段固く禁じられているはずの領域が、突如目の前に出現するっていう、この事案のインパクトは大きい!


     *


 ところで唐突ですが質問です。みなさんは、こういう都市伝説を耳にしたことはないでしょうか? つまりあれです。「男子がどんなに素早く、かつ、さり気なく実行したとしても、そのえっちな目線は完璧に女子にバレている!」っていう、例の怪談話です。


 言っておきますが、俺はその手のバカげた超常現象や迷信を、一切信じておりません。でっち上げです。我ら男子を畏縮させるための陰謀です。・・・なのに、わけが分かりません! どうして、なぜに今、彼女は俺の視線に即座に気づいて、あんな侮蔑の表情を浮かべたのでしょうか? 「男ってもう、どいつもこいつも救いがたいスケベ野郎ばっかね! 見てんのちゃんと分かってんだからこのエロガキが」的な。


     *


 ・・・で彼女は、露骨にそういう侮蔑の表情を浮かべたまま、俺の視線の先を追って自分の脚もとを見おろした。


 ところが実は、今この瞬間に限って言えば、俺が彼女の脚を見ていたのは、まったく別次元の理由からだったのだ。彼女は、俺が注目するその一点を、自分でもまじまじと凝視して、凍りついた。


 太ももに謎の生命体が付着していた。


     *


「な・・・なにこれ・・・」


 だが俺は、その生命体に見覚えがあった。


「ヒルですね」

「ひ・・・ひる?」


 俺は冷静に解説した。


「ヒル。ナメクジみたいなやつ。血吸うやつ」


     *


 言い訳をさせてください。本来なら、曲がりなりにも地方中核都市のシティボーイである俺が、ヒルを見る機会などない。あろうはずがない。だが事実として、俺はそれを見たことがあった。


 いきなりで悪いが回想モード突入。俺の小学校にはむべき風習が残っていた。その名を「体験学習」という。想像してほしい。年端もいかない、いたいけな児童たちが、田んぼの中で格子状に整列し、足を水に浸して、田植えをさせられている光景を。思い出しても涙が止まらない。まさに現代の野麦峠。


 その辛苦のさなか、一人の女子が、突然悲鳴を上げた。だが、農家のおばちゃんはまったく動じることなく、「あ、ヒルだね~」と言うと、女の子の足から、慣れた手つきでそれをぺりっとはがして放り投げた。遠くでぽちゃんと水音がした。子供心に、


「いいのか、そんなことして! 隣の田んぼのおばちゃんに迷惑じゃね?」


と、大人のモラルの低さを憂えたことを覚えている。(そういえばあのときの犠牲者も女子だった。ヒルの変態野郎!)


 その子がまだべそをかいているので、おばちゃんは、ガハハと豪快に笑って、


「だいじょぶ! おばちゃんなんか、ホレ!」


と自分の足のところをめくってみせた。ヒルが六匹ついていた。おばちゃんは一匹ずつ、はがしては放り投げた。そのたびに、ぽちゃんと水音がした。これがトラウマになり、俺はその後しばらく夢でうなされた。


     *


 ・・・というわけなので、俺がヒルを知っているのは偶然だ。決して、地元民がみなヒルと親しいわけじゃない。大事なことだから、これはきちんと説明しなきゃ、とか思う間もあらばこそ、


「ひる・・・」


 震え声で脚を指さしているその顔から、すうっと血の気が引いた。そして彼女はなんと、気を失ってしまったんだ。


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