蓋世ノ巨人

大隊書記長

 敗腐ノ宝 一

「我々は何のために戦ってきたのか」



 潮を含んだ生暖かい風に乗せられてその台詞が流れた。


 戦争というものは忌み嫌いそして憎悪するものと教えられてきたものだろう。


 だがしかしこう教えられたのではないかな?


 戦地にゆく兵士英雄は褒め称え、尊敬し、万世に伝えるものと。

 


「我々は何のために戦ってきたのか」



 そう何度もこの一世紀にも満たない短い生涯に何百回と問い出されてきた。


 戦時中で有れば敗北主義と言う名の無辜の罪で拷を受け質疑が問われる。


 軍国主義による軍法に則るものだ。士気を下げる兵ほどの難敵は存在しない。


 国家第一主義という後世では悪とされるものも当時では一種の催眠術に値し、それは国民すべてにかけられていた。


 と、自身の権威を守らねばならんとする国会の保守派は我々軍を必要悪として今現在蔓延はびこっている。


 そして戦争を知らぬ子に戦争を始めた因果も告げず枯れ木のように死んでいった。


 何とも無責任、何とも徒疎であるか。


 これが敗北した国家方針であると言うならば、敗北した国民の総意であるならばこの国はかつての国ではない。


 ただの私利私欲に塗れる獣の国だ。


 そんな国を守る為に俺の戦友や肉親は死んでいったのかと思うと怒りを通り越して呆れしか無い。


 先日、靖国やすくにけがす輩が現れ、一人の婆が泣く報道を見た。


 彼女の意見を共感できた。


 それと同時に報道組織の腐敗も見て取れる。


 戦前の報道組織も糞で有ったが今も変わらぬとは。


 これではいつまで経っても腐敗した立て直しが出来ぬぞ。


 軍部が作ったとはいえ、命令したとはいえ、プロパガンダを流布していたのは何処の誰だったかを俺は忘れてはいない。


 そして今では政権と芸能の悪事を流す偽善となる。



「悪の小競り合いほどの醜いものは無いな」



 昔、名のある寺で一つの絵を見た。


 その絵は来世を表している物だと坊主は説いた。


 題材は餓鬼道。


 飢えに苦しんだ者をモデルに描いた苦渋の作品。


 餓鬼道とは欲望にかられた者が落ちる地獄の上の道。


 容姿は違うが行いは似て似つかぬものだ。


 金という飯に群がり、取られようとすれば汚職という爪で相手を殺す。



「まぁ、国を抜け出した俺が言えることでは無いが」



 地球と呼ばれる土の塊の星に人の外皮の様に海という塩水が浸っている。


 いや土というのは語弊があった。


 詳しくは個体の鉄が核となりそこから黒餡饅頭のように過大な圧力によって液体と化した鉄と岩石が纏い、数十基米キロメートルの岩盤となって地球は構成されている。


 その上にガラスの素となる砂のケイ素や空気の酸素によって酸化した酸化鉄が地平線を保っていた。


 と、後に公とされた。


 しかし人類は直接見たわけではなく爆弾による反射効果、領域外からの異物によって地球の構成物を仮定しただけに過ぎない。


 霊長類の頂きに立つ人類はいつしか太平洋と呼んでいた。


 名の由来は太平の様に常に穏やかであり一切の無常を感じさせる大海だと。


 大西洋とは違い氷山が千人を食す、多くの奴隷を一瞬で食す、海に生きる財産を食す賊、万人が沈むことしかしない忌み海とは違うと地中海の様に五千年という人類有史の戦を繰り広げる海とは違う意として付けられた。



「だが、それは違うな。地中海ほどの死は呼んではいないが先の大戦により数多くの人が生きる願望を持って底に落ちた。暗い海の底にな」



 迫りくる鉄の鳥より降り注ぐ弾雨の中我々はそれを打ち落とす。


 海に潜む潜水艇により打ち込まれエンジンを焼かれ金属装甲の船艇は塊へ、人は肉へと、海の餌となる。


 致命傷を受けて伏せる者、火傷を負って沈む者、愛船と共にする者を海は無惨にもむさぼり食す。



「俺は運が良かったのだろう。残り少ない補給物資が詰まった荷に捕まり最も近かった島に辿り着いた。その島も戦場ではあったがな」



 そう告げるのは半世紀の雨風によって錆びた骨組みの九七式中戦車チハに腰を下ろした翁。


 白髭を生やし移り変わった東洋人の証のその黒髪は白髪となっていた。


 側から見ればただの老いぼれにしか見えぬ。


 手足を見れば並の翁では無いと、直感で知ることになる。


 歳相応の肉体を払拭ふっしょくする大木の手足には多くの銃槍と剣傷が歴戦の英雄を彷彿ほうふつとさせる。


 その腕で鉄塊を触る様は、まるで孫を連れる様にしか見えない。


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