第6話 テンダロス逝(い)く
それから、6年半の歳月が流れた。
キーンは12歳になっている。背丈はだいぶ高くなったがまだ骨格は子供のそれで、筋肉などはそれほどついていない。この間、読み書き算数をテンダロスとアイヴィーから習い、テンダロスの書斎にあるほとんどの蔵書は暇に任せて読破している。
ただ、テンダロスは魔術に関する蔵書については、キーンに読むことを固く禁じている。
これは禁呪指定された軍事用大魔術などを記したものが蔵書中にあったためで、個人の魔力量ではとうてい発動が不可能と考えられているのだが、魔力量が膨大というより計り知れないキーンが覚えてしまうと、発動してしまう恐れがあったためである。
また、テンダロスの見るところ、キーンの魔術はこれまでの魔術体系とはまったく異なるため、キーンにとって自分の持つ書物の中の魔術の説明や解説などは有害であると判断したためでもある。
テンダロスは2年ほど前からよく寝込むようになり、一気に老け込んだ。今では体はやせ細り息をするのも苦しそうに見える。テンダロス自身、自分の死期が近いことを悟っている。
ここ半年は、アイヴィーが付き切りでテンダロスを看護しているため、食事の準備以外の家事全般はキーンが受け持っている。屋敷には週に一度食料品や日用品を荷馬車で街から届けてもらっているのだが、急に何かが必要となった時などの買い出しは今ではキーンが一人で
その日の明け方。テンダロスは自身の横たわる寝台の横に控えるアイヴィーに、
「アイヴィー、とうとう
「はい、マスター」
「アイヴィー、いままでありがとう。それとキーンのことを頼む」
「キーンのことはお任せください」
「キーンを呼んでくれるか」
「すぐに」
アイヴィーが立ち上がり、テンダロスの部屋から出ていった。
「ふー、すこし眠くなってきた。……」
テンダロスの閉じられたまぶたは再び開くことはなかった。寝室の中には冬の低い日差しが窓から差し込んでいた。
テンダロスの死を知ったキーンはまぶたに涙を
しばらくして、アイヴィーに自分の母親のことを聞かされ、形見のペンダントを渡されたキーンは黙って自分の部屋に戻って行った。アイヴィーが話し忘れたのか、母の腹から取りあげられた時に左手の甲にあった
テンダロスの遺体はバーロムに運ばれ、簡単な葬儀の後、少数の知人などの見守る中、その墓地に埋葬された。それらの手配はアイヴィーと商業ギルドのギルド長マーサ・ハネリーが行っている。
テンダロスの葬儀も一通り終わり、屋敷に戻ってやっと落ち着いたところで、アイヴィーとキーンの二人は今後のことを話し合っている。
「キーン、今日からあなたが私のマスターです。よろしくお願いします」
「わかった。アイヴィー、よろしく」
「マスター、テンダロスはマスターを魔術学校に行かせようと考えていましたがどうします? 魔術学校ではおそらくマスターには学ぶことなど何もないでしょうが、同い年の友達ができるかも知れません」
「アイヴィー、アイヴィーからマスターと呼ばれると何だか変だから、今まで通りキーンって呼んでくれる」
「はい。キーン」
「やっぱりそっちの方がいい。それで学校のことだけど、じいちゃんが望んだことなら、その学校に行ってみようと思う。同い年の友達というのも興味があるし」
「わかりました。魔術学校は、王都にしかありませんから、王都に住むことになりますが、この屋敷はこのままにしておきましょう」
「裏の庭園と菜園は?」
「手入れはできませんから、残念ですが荒れてしまうでしょう」
「それでいいの?」
「もちろん構いません」
「ありがとう、アイヴィー」
「テンダロスの蔵書や貴重品は地下の隠し倉庫にこれから仕舞えば今日中に片付きます。そのほかの屋敷の片づけは終わっていますから、明日の朝にでも出発しましょう」
「わかった」
翌日、屋敷での最後の食事をとって後片付けを終えた二人は、屋敷の戸締りをしっかり行ったうえ、まずキーンの後見人であるバーロムの商業ギルドのギルド長、マーサ・ハネリーに会うため、バーロムに向かった。
マーサ・ハネリーは何度かテンダロスの見舞いにも屋敷にやってきているし、テンダロスの葬儀の時にも会っているので、キーンにとっても顔見知りである。
マーサ・ハネリーと会った後はそのまま王都までの馬車旅になるため、二人とも大きなリュックを背負っており、キーンは自慢の大剣『龍のアギト』を布に巻いてリュックの後ろに
ここで、大剣『龍のアギト』について、
強化魔術は同じ強化を自分自身に重ね掛けしても二回目以降はほとんど効果がないのだが、対象が
いま、キーンのリュックの後ろに括りつけられた大剣は、元は半年ほど前アイヴィーにその時の背の高さプラスアルファに合わせて作ってもらった木の大剣なのだが、銘を『龍のアギト』と名付けキーンが『強化1000』を3回ほどかけた結果、黒光りする材質不明の大剣になってしまった。
刃があるわけではないため指先で剣身のエッジを触っても指が切れるわけではないが、キーンが振るうとたいていの物が簡単に両断されれてしまう。
キーンはあまり気にしたことは無かったが、実は強化魔術は自分以外の人や生物、
バーロムの南門までは屋敷から片道7キロほどある。そこから、市内に入り、2キロほど大通りを北に進むと通りに面して商業ギルドがある。石造りの大きな建物で、その最上階である4階にギルド長の部屋がある。
「アイヴィーとキーン、いらっしゃい」
「おじゃまします」「おじゃましまーす」
「屋敷の方は落ち着いたみたいね」
「はい。そのことでお願いがあって参りました」
「どういった頼み事?」
「テンダロスの望みもあって、キーンを王都の魔術大学の付属校に入れてやるため私たちは王都にこれから向かいます。この際王都に屋敷も買うつもりです。少なくとも数年間は屋敷を空けることになりますので、留守の間、
「寂しくなるわね。でもそんなことでいいなら、お安い御用よ。他にはないの? そうねえ、テンダロスも亡くなって彼の名まえもあまり意味がないかもしれないから、付属校への推薦状を書いてあげるわ。少しは役に立つと思う。それと王都の商業ギルド本部への紹介状も書いてあげるから、ギルドを通じて家を買うといいわ」
「ありがとうございます」
「すぐに用意するから、お茶でも飲んで少し待っててちょうだい。そうそう、テンダロスの財産はキーンがすべて引き継ぐのよね? ここのギルドで預かっているテンダロスの預金なんかはキーン名義にしておくわ。王都のギルドにもテンダロスの口座をキーンが引き継ぐよう依頼書を添えておくわね」
しばらくして、用意された二通の封筒を仕舞って、二人はマーサ・ハネリーに礼を言ってギルドを後にした。
[あとがき]
フォロー、☆、ハート、感想等ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
これにて第1章終了し、次話から『第2章 魔術大学付属校』となります。
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