第348話 王配の苦労

 アニサキスを退治した煉をBIG4とオルガ、シャルロットは惚れ直す。

 一部のアニサキスは、瓶に詰め、急速冷凍で殺した。

「「……」」

 喜びの島出身のヨナ、ミアの母娘はそれに興味津々だ。

 移動しながら四方八方から瓶を眺める。

「島には、この手の寄生虫は居ない?」

「多分……御免、分カラナイ」

 ミアは申し訳無さそうに首を振った。

「良いよ。じゃあ、生魚を食べて苦しんだことは?」

 厚生労働省によれば、アニサキス症は細分化すると、主に二つあり、その詳細は、以下の通り(*1)。


『【急性胃アニサキス】

 原因:アニサキス幼虫が胃壁に刺入して生じる。

 症状:食後数時間後から十数時間後に、

    ・鳩尾みぞおちの激痛

    ・吐き気

    ・嘔吐

【急性腸アニサキス症】

 原因:アニサキスの幼虫が腸壁に刺入して生じる。

 症状:食後十数時間後から数日後に、

    ・激しい下腹部痛

    ・腹膜炎症状

【その他】

 アニサキス幼虫が胃壁等に刺入しない場合でも、アニサキスが抗原となり、

蕁麻疹じんましん

・アナフィラキシー

 などのアレルギー症状を示す場合あり』(*1)


 アニサキスが世界で初めて報告されたのは、1955年、オランダでのことだ(*2)。

 2022年まで、外の世界との交流をほぼ、絶っていた島民には、医学が先進的ではない為、未知の筈だ。

「男、死ヌ。女、丈夫ジョーブ

 えへん、とミアは胸を張る。

 医学が未発達な先住民族には、この手の病気は、非常にたちが悪い。

 大航海時代(15世紀半ば~17世紀半ば)、それまで未交流であった民族同士が、出逢ったことを契機に、感染症も新大陸にもたらされた(*3)。


 例

・コレラ

・インフルエンザ

・マラリア

・麻疹

・ペスト

・猩紅熱

・睡眠病(嗜眠性脳炎)

・天然痘

・結核

・腸チフス

・黄熱

 など


 この結果、免疫を持っていなかった先住民は激減した(*3)。

 このような事例がある為、政府は全島民に対し体調管理しつつ、慎重にワクチン接種を進めている。

(そういえばワクチン接種による副反応は、女性は殆どなく、男性の方が激しめに出る報告があったな)

 母系社会な島では女性の力が強い為、遺伝子レベルでもそうなっていったのだろう。

「……」

 一方、レベッカは眉を顰めて不快感を露わにしている。

「おいちゃん、あれ、えいりあん?」

「寄生虫だよ」

「きせいちゅ~?」

「人間の体の中に入って色々、悪くする問題児だよ」

「いや!」

 瓶の中のアニサキスを睨みつけつつ、煉の膝に飛び乗った。

 同世代のミアとは、真逆の反応だ。

「もんだいじ、きらい!」

「そうだな」

 レベッカの背中を撫でつつ、煉は考える。

(女王が食べるかもしれない物に寄生虫……事故なのか、故意なのか)

 前者だと担当者の不注意だが、後者だと事件だ。

(これは、調査が必要だな)

 未だに怒りに震えるレベッカを必死になだめつつ、煉はそう決意するのであった。


 その後、アニサキスの件は煉からの報せを受けたライカが、本国に報告し、大騒ぎとなった。

 ウラソフは大慌てで取引業者の業務停止を指示し、国家検察庁による家宅捜索が入る。

 組織犯罪対策部マルボウの屈強で強面な男たちが、続々と会社に入っていく。

 初見だと、こちらの方がマフィアっぽいのは、秘密だ。

 そして……


 令和4(2022)年11月12日(土曜日)。

『殿下、CEO最高経営責任者が吐きました。混入は、故意だそうです』

 テレビ電話の向こうのマーティンの背後には、男性が上半身裸で逆さ吊りに遭っていた。

「動機は?」

 話を聞く煉は、シャロン、ナタリー、シーラ、シャルロット、スヴェン、ウルスラ、オルガを侍らせている。

 シャロン、ナタリー、シーラは、膝の上。

 シャルロット、オルガは背後から抱き着き、右脇にはスヴェン、左脇には、ウルスラの図。

 とても人の話を聞くような態度ではないが、マーティンは気にしない。

『共和主義者でした』

「……不敬罪か?」

『はい。死刑です』

 事故であれば、懲役刑や罰金で済んだだろうが、故意であることが判明した以上、死刑は逃れられない。

「分かった。後は任す」

『は』

 テレビ会議を終え、煉は腕組み。

「……シャルロット」

「は」

「国内の共鳴者、あるいは構成員を探しだせ」

「は!」

 シャルロットは、きびきびとした動きで退室していく。

「パパ、探し出した後は?」

死者の国ヘルヘイム行きだよ」


 数日後、新聞が報じる。

『【川に数人の遺体 泥酔者か?】

 昨日、ギョッル川の遊歩道を歩いていた通勤客が遺体を発見した。

 遺体は全員男性で司法解剖の結果、体内からアルコールの成分が発見されたことから、泥酔状態で川に飛び込んだ(あるいは、転落した)もの、と見られる』


 記事を読んだ煉は、満足した顔で膝の上のシーラとナタリーの顎を撫でる。

「♡」

『ちょ―――くすぐったいわよ。バカ』

 シーラは好意的に、ナタリーはツンツンしつつも受け入れる。

 対照的な反応だ。

 先日同様、背後に抱き着いていたオルガが問う。

「殿下、何故、大々的に死刑にしないんですか?」

「死刑だと、人権派がうるさいだろ? 配慮だよ」

「配慮、ですか?」

 オルガの母国、ウクライナでは2000年に死刑が廃止された。

 これはウクライナが加盟を目指しているEUが死刑廃止を加盟の条件の一つに挙げているからである。

 その為、欧州では死刑制度が残っているのは、2023年現在、トランシルヴァニア王国とベラルーシだけだ。

「EUに入りたいのですか?」

「まさか。シティズ・フォー・ライフの日対策の為だよ」

 11月22日いい夫婦の日の8日後の11月30日が、丁度、その日である。

 この日は、世界各地で死刑制度廃止を訴える運動が人権団体を中心に行われている。

 11月30日にその日がなったのは、神聖ローマ帝国皇帝のレオポルド2世(1747~1792 在位:1790~1792)が、理由だ。

 皇帝に即位する前のトスカーナ大公時代、イタリアの法学者、チェーザレ・ベッカリーア(1738~1794)の政治思想書『犯罪と刑罰』(発行年:1764年)を読み、死刑廃止論から影響を受け、1769年に死刑を停止。

 1786年11月30日、欧州で初めて死刑を完全廃止に至った日に因む。

 世界各地で行われるこの行事は、未だ死刑制度が残るトランシルヴァニア王国や日本など、死刑制度を維持している国々が糾弾されやすい。

 もうすぐその日なのに、不敬罪を理由に大々的に執行すれば、悪目立ちしかねない。

 いたずらに人権派を刺激しない、という煉の隠蔽工作が今回の真相のようだ。

「殿下も大変ですね?」

「全くだよ」

 と、言いつつ、煉は、オルガの唇に自身のそれを押し付けるのであった。


[参考文献・出典]

*1:厚生労働省 HP

*2:『化学と生物』 1972年10巻9号 大石圭一

   「Terranova decipiens による急性胃炎の発見 拡大されるアニサキス症」

*3:石弘之『感染症の世界史』KADOKAWA〈角川ソフィア文庫〉2018年1月

   原著2014年

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