第339話 ヴィシヴァンカと花嫁

 令和4(2022)年11月3日(木曜日)。

 この日は、文化の日で国民の祝日だ。

 朝からカンカン照りで、気温としては逆に暑いくらいである。

 その日の午前中、煉に報告書が届けられる。

 ヨナの証言をシャルロットが文書化したものだ。

 扉を利用してレベッカが、ひょっこり。

「おいちゃん、おしごとちゅ~?」

「そうだよ」

「お休みなのに?」

「大丈夫。すぐ終わるよ」

 速読し、報告書は、ごみ箱に放る。

 この手の機密文書は、そのまま捨てられる訳がなく、焼却炉で灰になるのが、だ。

 レベッカを抱っこし、その額を撫でる。

「今日はどうしたい? お姫様」

「んん、おさんぽ」

「殿下、それは駄目です」

 秘書官のシャルロットが、すぐに止めた。

「え~? なんで~?」

「王配殿下は、暫くは外出禁止です」

「浮気?」

 すっと、レベッカの目が厳しくなる。

「まぁ、そんなことです」

「シャルロット―――」

「一部事実では? オルガ嬢と恋仲ですよね?」

「友人だよ」

「ですが、ウクライナ紙は、報じていますよ」

「何?」

 慌ててパソコンを開き、ウクライナ紙を見る。


『【トランシルヴァニア王国王配、ウクライナ人との恋】

 多妻で知られるトランシルヴァニア王国の王配が、新しい恋に落ちた。

 お相手は、駐日ウクライナ大使館で勤務している駐在武官。

 先日のテロ未遂事件の際、車に同乗し、共闘したことから一気に仲が縮まった模様。

 王配殿下はこれまで、オリビア女王陛下の他に日本人やイスラエル人、トルコ人、ドイツ人、フランス人、アメリカ人、イギリス人などと婚姻関係を結んでおり、東欧系は初と思われる。

 本紙の取材に対し、トランシルヴァニア王国は無回答であるが、我が国の大統領府は、

「もし、事実であるならば、両国の友好が益々深まる良い機会」

 と肯定的に捉えている。


 一夫多妻の有名な事例:人数は妻妾、或いは正室と側室を合わせた記録

 徳川家斉   (江戸幕府11代将軍   1773~1841)     16人(*1)

 シオナ・チャナ(インド人キリスト教宗派指導者 1945~2021) 39人(*2)

 チンギス・ハン(モンゴル帝国初代皇帝 1162? ~1127?)   40人(*1)

 アクク・デンジャー(ケニア人実業家 1918~2010)      120人(*1)

 

 王配殿下は、日本人なので日本記録とこのままのペースだと、日本記録と思われる徳川家斉の記録は、抜くと思われる。

 また王室は、王配殿下の個人情報を殆ど公開していない為、未公表の正室や側室、愛人が居る可能性もある為、実際には、十数人以上居てもおかしくはない。

 兎にも角にも、世界平和に貢献している(?)王配殿下の恋に注目だ』


 ウクライナ紙の報道は、トランシルヴァニア王国の主権外だ。

 不敬罪で処罰或いは、報道規制はできない。

 煉は、眉を顰めた。

ウクライナ保安庁スルージュバ・ベスペークィ・ウクライィーヌィ脚本シナリオ?」

「恐らく……」

「おいちゃんの浮気者!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」

 腕を噛まれ、煉は大絶叫するのであった。


 午後、オルガが来る。

 彼女が着ているのは、花柄をモチーフにし、白地のシャツに赤や青などの伝統的な色糸いろいとを使い大地と繋がりを表したヴィシヴァンカ(*3)。

「殿下、申し訳御座いません」

「……何があった?」

 尋ねる煉の顔中は、歯形でまみれている。

 シャロンやミア、レベッカに噛まれた結果だ。

「……殿下に抱擁されましたよね?」

「ああ、あの時な」

 車内から飛び出した時、煉はオルガを抱き締めた。

 当時、落ち込んでいた彼女の動きが遅かった為、やむを得ずの行動だったのだが。

「それがなんだ?」

「これを御覧下さい」

 すっと、オルガは、写真を見せた。

 ドローンで撮影されたであろうそれは、煉とオルガがあの時、熱い抱擁を交わしている瞬間であった。

「「「……」」」

 シャロン、ミア、レベッカは再び怒り出し、煉を小突いたり、肘鉄したり、つねったりと忙しい。

「これが決定打となりました」

「……撮影者カメラマンは?」

「国営紙です。偶然、ドローンで撮影中に撮れたようで」

「……」

「これが大統領府に伝わり、引くに引けなくなった形です」

「……」

「国営紙はその写真も掲載しようとしましたが、流石に貴国に配慮して見送りました。元データは削除され、複写コピーもしていませんので、世界でこれ1枚しかありません」

「……分かったよ。オリビア、司、どう思う?」

 話を振られた2人は、苦笑いだ。

わたくしは良いと思いますが……司様、どう思います?」

「良いよ。全然」

 司は余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ。

 正妻としての寛容な態度らしい。

「ただ、もうそろそろ締め切って欲しい感じかな? 私の愛される機会も少なくなるし」

 それから、乾いた笑みを見せる。

「……はい」

 オルガは、平身低頭するばかりであった。


 事実無根と突っねることも出来なくはないが、オリビアが承諾したのは、外交が理由だ。

 ウクライナは、世界有数の農業大国である。

 ウクライナの復興が遅れれば遅れるほど、世界経済に悪影響が出かねない。

 トランシルヴァニア王国もまた、貿易相手国なので、現状は赤字だ。

 それを黒字転換するには、並大抵のことではない。

 その日の夜。

 煉はオリビア、レベッカ、ライカ、シャルロット、BIG4の8人と夜を共にしていた。

「殿下♡」

 ライカは、煉に抱き着く。

 煉の左右の腕を枕にしているのは、レベッカ、シャルロットだ。

 2人は、腕枕にテンションが高い。

「おいちゃん♡」

「殿下♡」

 胸部に横たえているのは、オリビアとライカだ。

 オリビアは、お気に入りの家臣の頭を撫でる。

 溢れた4人だが、相手が王族ならば、参加出来ることだけでも光栄なことだ。

 フェリシアは、レベッカが蹴飛ばした毛布を再び掛け直すと、ベッドに入った。

「すまんな。お世話をさせて」

「いえいえ。光栄なことですから」

 微笑んでフェリシアは、煉の左手を握った。

 因みに右手は、読書中のエマが占領している。

 王族を挟んで貴族の冷戦が行われていた。

「チェルシー、そろそろ寝たら?」

「この体勢で十分ですわ♡」

 煉を膝枕にしていたチェルシーが、彼の頬を撫でる。

 キーガンは、ベッド脇で立哨している為、BIG4の中では、1番、良い位置ポジションかもしれない。

「そう? 寝れる?」

「殿下の寝顔を一晩中見れますから♡」

「……そうか」

 若干、ドン引きしつつも、最後にキーガンを見た。

「そろそろ、寝な?」

「は」

 そこでキーガンは、警戒態勢を解き、ベッドに入ってくる。

「キーガン、貴女はそこよ」

「は」

 オリビアの指示通り、キーガンは、煉の両足にしがみついた。

「……動けないんだが?」

「勝手に動くの禁止」

「トイレは?」

「知らない」

 オリビアは、そっぽを向くと共に不貞寝を決める。

 外交で側室を許したが、1人の女性としてはあまり気持ちのいいものではないようだ。

(困った女王陛下だな)

 苦笑交じりに煉は、その頭を撫でるのであった。


 [参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:ロイター 2021年6月15日

*3:せかch  2017年10月11日

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