第319話 憂う娘、想う母
令和4(2022)年9月24日(土曜日)。
学校も公務も無い休日である。
然し、この日は意外にも忙しかった。
「西陣織?」
「みたいだな」
大使館に届いたのは、沢山の着物であった。
送り主は、超党派の議員で構成される『谷町議員連盟』。
オリビア達が非公式に千秋楽に来る、という話を相撲協会辺りから聞いて、日ト友好の為に贈ったのだ。
議員がこのような贈り物をするのは、選挙違反に当たる可能性が考えられるが、オリビア達は外国人であり、投票権を持っていない。
明日行くメンバーの中でも日本人である皐月、司は賄賂で心が揺らぐほどの精神力の持ち主ではないし、大票田を悪用する気は更々無い。
ロシア系日本人であるエレーナも、キッチリとした性格なので、賄賂は通じない。
そう言う事もあって、計算上の贈り物と思われた。
余談だが、好角家の事を『
議員連盟の名前にこの谷町の名前が付いたのは、好角家である事をアピールする一面もある為だろう。
『相撲って、
テレビ中継を観ると、観客の一部が和装なので、ナタリーのように疑問を持つ者も居るのは、可笑しくは無い。
西洋では、クラシックコンサートや
「無いよ。歌舞伎とかだとあるかもしれないけど」
『じゃあ、入りやすい感じかな?』
「歌舞伎と比べるとそうかもな」
厳密に言えば、相撲では『和装day』なる特別日があり、この日、和装で来た観客には割引などの特典がある(*1)。
これもまた、洋装で着ても白眼視される事は殆ど無い為、他の伝統的な文化よりも敷居が低い、と言えるだろう。
「へぇ~」
エレーナも興味津々だ。
「そんなに気になるなら試着したらどうだ? 沢山あるんだし」
「そうだね。そうするよ」
エレーナが1着選ぶ。
「皆って
「司、教えて~」
「りょ~か~い」
皐月は、午前中は診察中なのでこの時間帯に頼れるのは、司しかいない。
ヨナ、ミアも和装を羽織ってみる。
「「……」」
島には無い文化だ。
煉の前に立ち、「似合っている?」と目で尋ねる。
「羽織っているだけだからな。司に着方、教わった方が良いよ」
「……ハイ」
ヨナは項垂れて、更衣室に歩き出す。
「
ミアは、腰に手を当てて仁王立ち。
「
「そう?」
「ウン。謝ル」
「分かった」
他意は無かったのだが、ミアが怒るほどの事だ。
トボトボと歩くヨナの手を取り、膝に乗せる。
「殿下?」
「さっきの言い方は悪かった。似合っているよ」
「……!」
謝られたヨナは、大きく目を見開いた。
「こういうのは着方があってね。適当な着方をすると、反感を買う可能性があるんだ。だから、ちょっと言い方が冷たかったね」
「……ハイ♡」
煉の真意が伝わり、ヨナは笑顔になる。
こういう
「……」
ヨナが機嫌を取り戻した
母親を優先する辺り、皐月に配慮する司と類似点を持つ。
(優しい子だ)
ヨナを抱き締めつつ、煉はミアを優しい表情で見送るのであった。
女性陣はヨナを除いて皆、着替えに行った為、部屋には、彼女と煉だけが残った。
暫くイチャイチャした後、ヨナが膝の上で対面になる。
「殿下ハ、ソロソロ忙シクナル」
「予言か?」
「ウン」
「内容は?」
「『
「……具体的には?」
「
再び
抽象的なので、当然、島民以外の人々には伝わり難く、詐欺師と思われるかもしれない。
然し、巫女として、ヨナの言語能力でもそれが限界であった。
「それで十分だよ」
それ以上、追及せず、また怒る事も無く煉は微笑む。
「ヨナのことは信頼しているから何も問題無いよ」
「……有難ウ御座イマス」
ここまで信頼されていると、逆に恥ずかしいくらいだ。
ヨナは抱き着いて、キス出来そうな距離で尋ねる。
「娘トハ最近、ドーデスカ?」
「ミア? 何かあったのか?」
「ミア、私ニ配慮シテ、殿下ト距離、作ロートシテイル」
(司とは大違いだな)
司も一時期、皐月に配慮して距離を作ろうとしたが結局、我慢出来ず、元の鞘に収まった。
一方、ミアの場合は相当、母親思いなようで、ヨナの幸せを優先しているようだ。
(だからさっきは、無理に怒ったのか)
真実を知り、煉は感心しきりだ。
「ミアは良い子だな。子育ての成果だな?」
「ハイ。大変デシタ」
照れ笑いのヨナの額にキスする。
「じゃあ、配慮に則って、ヨナが先に幸せにならないとな?」
「有難ウゴザイマス♡ デモ、私トシテハ、娘ヲ先ニシテ欲シイデス」
「分かってるよ」
母は娘の幸せを願い、娘は母の幸せを願う。
美しい光景に煉も目尻が緩む。
ヨナを抱擁し、その背中を撫でた。
「明日は、色んな所周る筈だから。見学とデート、楽しもう」
「……ハイ♡」
司とオリビアが明日は1日、国技館に居る為、煉を独占出来る好機だ。
ヨナは、ミアの為にも煉と愛し合うことを改めて誓うのであった。
[参考文献・出典]
*1:初心者でも安心の着付け教室ガイド HP
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