第319話 憂う娘、想う母

 令和4(2022)年9月24日(土曜日)。

 学校も公務も無い休日である。

 然し、この日は意外にも忙しかった。

「西陣織?」

「みたいだな」

 大使館に届いたのは、沢山の着物であった。

 送り主は、超党派の議員で構成される『谷町議員連盟』。

 オリビア達が非公式に千秋楽に来る、という話を相撲協会辺りから聞いて、日ト友好の為に贈ったのだ。

 議員がこのような贈り物をするのは、選挙違反に当たる可能性が考えられるが、オリビア達は外国人であり、投票権を持っていない。

 明日行くメンバーの中でも日本人である皐月、司は賄賂で心が揺らぐほどの精神力の持ち主ではないし、大票田を悪用する気は更々無い。

 ロシア系日本人であるエレーナも、キッチリとした性格なので、賄賂は通じない。

 そう言う事もあって、計算上の贈り物と思われた。

 余談だが、好角家の事を『谷町タニマチ』と言うのは、好角家で力士を支援した医師・薄恕一すすきじょいち(1867~1956)が大阪市南区(現・中央区)に住んでいた事が語源、とされている(人物に関しては、同じく医師の萩谷義則(1847~ 1902)説もある)。

 議員連盟の名前にこの谷町の名前が付いたのは、好角家である事をアピールする一面もある為だろう。

『相撲って、服装規定ドレスコードあるの?』

 テレビ中継を観ると、観客の一部が和装なので、ナタリーのように疑問を持つ者も居るのは、可笑しくは無い。

 西洋では、クラシックコンサートや歌劇オペラに服装規定が存在するから、それに当てはめて考えたのかもしれない。

「無いよ。歌舞伎とかだとあるかもしれないけど」

『じゃあ、入りやすい感じかな?』

「歌舞伎と比べるとそうかもな」

 厳密に言えば、相撲では『和装day』なる特別日があり、この日、和装で来た観客には割引などの特典がある(*1)。

 これもまた、洋装で着ても白眼視される事は殆ど無い為、他の伝統的な文化よりも敷居が低い、と言えるだろう。

「へぇ~」

 エレーナも興味津々だ。

「そんなに気になるなら試着したらどうだ? 沢山あるんだし」

「そうだね。そうするよ」

 エレーナが1着選ぶ。

「皆って着方きかた分かる?」

「司、教えて~」

「りょ~か~い」

 皐月は、午前中は診察中なのでこの時間帯に頼れるのは、司しかいない。

 ヨナ、ミアも和装を羽織ってみる。

「「……」」

 島には無い文化だ。

 煉の前に立ち、「似合っている?」と目で尋ねる。

「羽織っているだけだからな。司に着方、教わった方が良いよ」

「……ハイ」

 ヨナは項垂れて、更衣室に歩き出す。

殿下デンカ

 ミアは、腰に手を当てて仁王立ち。

マーチニ冷タイ」

「そう?」

「ウン。謝ル」

「分かった」

 他意は無かったのだが、ミアが怒るほどの事だ。

 トボトボと歩くヨナの手を取り、膝に乗せる。

「殿下?」

「さっきの言い方は悪かった。似合っているよ」

「……!」

 謝られたヨナは、大きく目を見開いた。

「こういうのは着方があってね。適当な着方をすると、反感を買う可能性があるんだ。だから、ちょっと言い方が冷たかったね」

「……ハイ♡」

 煉の真意が伝わり、ヨナは笑顔になる。

 こういうれ違いの積み重ねが将来、離婚になる可能性がある為、煉が配慮を忘れないのは、当然の事だろう。

「……」

 ヨナが機嫌を取り戻した時機タイミングでミアは、去っていく。

 母親を優先する辺り、皐月に配慮する司と類似点を持つ。

(優しい子だ)

 ヨナを抱き締めつつ、煉はミアを優しい表情で見送るのであった。


 女性陣はヨナを除いて皆、着替えに行った為、部屋には、彼女と煉だけが残った。

 暫くイチャイチャした後、ヨナが膝の上で対面になる。

「殿下ハ、ソロソロ忙シクナル」

「予言か?」

「ウン」

「内容は?」

「『暴力バイオレンス』、『ティア』、『怒リアンガー』」

「……具体的には?」

分カラナイノー……御免」

 再び項垂うなだれる。

 抽象的なので、当然、島民以外の人々には伝わり難く、詐欺師と思われるかもしれない。

 然し、巫女として、ヨナの言語能力でもそれが限界であった。

「それで十分だよ」

 それ以上、追及せず、また怒る事も無く煉は微笑む。

「ヨナのことは信頼しているから何も問題無いよ」

「……有難ウ御座イマス」

 ここまで信頼されていると、逆に恥ずかしいくらいだ。

 ヨナは抱き着いて、キス出来そうな距離で尋ねる。

「娘トハ最近、ドーデスカ?」

「ミア? 何かあったのか?」

「ミア、私ニ配慮シテ、殿下ト距離、作ロートシテイル」

(司とは大違いだな)

 司も一時期、皐月に配慮して距離を作ろうとしたが結局、我慢出来ず、元の鞘に収まった。

 一方、ミアの場合は相当、母親思いなようで、ヨナの幸せを優先しているようだ。

(だからさっきは、無理に怒ったのか)

 真実を知り、煉は感心しきりだ。

「ミアは良い子だな。子育ての成果だな?」

「ハイ。大変デシタ」

 照れ笑いのヨナの額にキスする。

「じゃあ、配慮に則って、ヨナが先に幸せにならないとな?」

「有難ウゴザイマス♡ デモ、私トシテハ、娘ヲ先ニシテ欲シイデス」

「分かってるよ」

 母は娘の幸せを願い、娘は母の幸せを願う。

 美しい光景に煉も目尻が緩む。

 ヨナを抱擁し、その背中を撫でた。

「明日は、色んな所周る筈だから。見学とデート、楽しもう」

「……ハイ♡」

 司とオリビアが明日は1日、国技館に居る為、煉を独占出来る好機だ。

 ヨナは、ミアの為にも煉と愛し合うことを改めて誓うのであった。


[参考文献・出典]

*1:初心者でも安心の着付け教室ガイド HP

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