第302話 愛国者の狼狽

「王配の親衛隊の改革は、突撃隊の間でも有名です。そこで是非とも、突撃隊をも王配の指揮下に入る事を提案します」

「俺が指揮するのか? 理由は?」

部局割拠主義セクショナリズム対策の為です。王配の指導力ならば、突撃隊も練度が上がるかと」

「突撃隊は、俺を嫌っているらしいが?」

 煉の言葉に、エルンストは苦笑い。

「……よく御存知で」

 これがオリビアだったら、気を遣って否定していた事だろう。

 肯定なのは、相手が煉だからだ。

 軽視したとも解釈出来るが、別に王族では無い為、余り気を遣う必要は無い。

 むしろ、突撃隊が煉を嫌っている事実にレベッカは、不快感だ。

突撃隊レンジャー、無能」

 否、シャルロットやシーラ等も言葉に出さないものの、眉をひそめている。

 夫を嫌うのだから、当然の話だろう。

「何故、突撃隊は俺が嫌いなんだ?」

「陰謀論ですよ。王配が陛下を騙し、王位を狙うという物語ストーリーです。で同じような事例があった為、突撃隊は過敏なんですよ」

「……ふむ」

 エルンストは濁したが、煉は察した。

 陰謀論、というのは、結構な人々が信じ易い。

 近年でも、新型ウィルス陰謀論者が居るほどだ。

 煉の陞爵しょうしゃくも、その類と見ている者も居ても可笑しくは無い。

「……一本化いっぽんかは望ましいが、突撃隊が反発するのでは?」

「改革には、流血は仕方ないかと。日本も明治維新の際、不平士族の反乱を経て、新時代を構築しました。それと同じことです」

「……随分と俺を買っているようだな?」

「正直に言います。王配は、フランス系のリュミエールです」

「光?」

 問い返した時、シャルロットが煉の手の甲を握った。

 同胞として、エルンストの意見を察したのだろう。

「御存知の通り、フランス系は、その出自ルーツから余程の事が無い限り、出世の道が閉ざされています。ですので、アメリカのアイルランド系のように、警察官や消防、軍人等、命を懸けた危険な職業しかないのです」

「……」

 アイルランド系アメリカ人は、入植時、アメリカ人の圧倒的多数であるイングランド系から、アイルランドが、


・イングランドに支配された地である事

・旧教


 等を理由に不当な待遇を受けた(*1)。

 その結果、軍人等、危険を伴う職業にしか就けなかったのだが、これは、アイルランド系の紋切型ステレオタイプとなり、現代でも一部の映画に登場する消防士等の職業を持つ登場人物のファミリーネームは、アイルランド系となっている(*1)。

 トランシルヴァニア王国でも同様に、国内で制作されている映画で消防士等の登場人物は、殆どがフランス系のファミリーネームだ。

「……俺に政治的な権限は無いぞ?」

「それでも長所はありますよ」

「軍部をほぼ掌握出来る?」

「そう言う事です」

 親衛隊をほぼ手中に収めている煉が、今度は突撃隊をも管理出来るとなると、軍部内において、大きな影響力を持つことが出来る。

 長所メリットは、確かに否定出来ない。

 然し、自分に好意的ではない突撃隊を引き受けるのは、余程の覚悟が要るだろう。

「……身内を売るのか?」

「私は、フランス系の人権向上を目指しています。身内の損得は別物です」

「……俺にその権限は無い。オリビア次第だ」

「承知しています」

 会食は厳かな雰囲気の中、終わった。

 

 その日の夕方。

 煉は、オリビアに報告する。

「一本化は、妙案ですわ。ただ、保守派が反発するでしょうね」

「厄介?」

「保守派の親玉・軍部は、革命を指導した英雄ですからね。ただ、勇者様がそれ程、突撃隊から評判が悪いとは思いませんでした」

 ククク、とオリビアは笑う。

 司がメスを取り出した。

は出し切った方が良いよ」

 目が怖い。

 皐月も同意見なようだ。

 煉をあすなろ抱きし、提案する。

「改革には、犠牲が付き物。最後はオリビアが決める事だけどね?」

「……」

 暫定的な女王である為、正式には決定権を有していないが、それは表向きな話だ。

 実際、オリビアには文字通り国を動かす力を有している。

 極論、生殺与奪権もだ。

「勇者様の敵は、私の敵ですわ」

「……有難う」

 煉は別に自分が嫌われようが、関心が無いのだが、妻達にとっては越えてはならない一線レッド・ラインだったようだ。

「ライカ」

「は」

 ベッドの横で立哨りっしょうしていた忠臣に、オリビアは声をかける。

「勅令を。―――『突撃隊は、現刻を以て解散。王配の指揮下に入る』と」

「!」

「御意」

 ライカは、最敬礼して、出て行った。

「強権だな?」

「王配を軽視するのは、反逆者ですわ」

 マリア・テレジア(1717~1780)の様な厳しい視線で答える女帝であった。


 オリビアが強権になれるのは、やはり絶対王政だからだろう。

 幸運にも、革命の指導者であるシルビアの血を引く、オリビアには崇拝者が多い。

 その片親が、正体不明のアメリカ人であってもだ。

 急な命令であったとしても突撃隊は、従わざるを得ない。

 親衛隊と突撃隊の内部対立は、解決を見せた。

 然し、仲が悪い両者を無理矢理仲直りさせても無意味なのは、ユーゴスラビアが証明済みだ。

 突撃隊の強硬派は、抗議の意味を込めて辞職し、軍部の強硬派と繋がった。

 その指導者のラウルは、診断書を眺めていた。

「……」


『Pick's disease』―――『PiD』、和訳すると、認知症の一つ、ピック病である。

 その症状は、以下の通り(*2)。


・情緒障害 例:直前まで笑っていた方が突然泣き出してしまう等

・人格障害 例:温和だった方が怒りっぽくなる等

・自制力低下 例:相手の話は聞かずに一方的に喋る等

・異常行動 例:万引きを繰り返す等

・対人的態度の変化 例:人を馬鹿にしたような態度をとる等

・滞続症状 例:意味もなく同じ内容の言葉や行動を繰り返す


 アルツハイマー病に関しては、進行を遅らせる治療薬の開発が進んでいるが、ピッグ病の有効薬は、2019年時点で未開発だ(*2)。

(認めん……認めんぞ)

 ラウルは、紙を引き裂く。

 ピック病は、40~60代が発症することがある(*2)。

 丁度、年齢的にラウルと合致する世代だ。

(まさか……天下り先が無いのは、これが原因か?)

 天下りは回転扉リボルビングドア法の下、この国では、厳しく制限されているのだが、ピック病の症状の一つ、人格障害によってラウルは攻撃的になっていた。

 ラウル自身、気付いてはいないのだが、これは40代の時からあり、軍部の長老格からは問題視され、定年退職を機に軍部を追い出す、という長期的な計画の下で進められていた。

「……俺は、正常だ」

 自分に言い聞かせるように、何度も何度もラウルは、呟くのであった。


 親衛隊と突撃隊の一体化には、アメリカも喜んでいた。

「これで懸案事項が一つ、解消されたわね」

 同盟国の内部抗争は、仮想敵国の利益だ。

「大統領、これで、あの国は、《北欧の憲兵》になれましたね?」

「ゴールドシュミット。それはまだよ」

 極東は、日本が。

 北欧は、トランシルヴァニア王国に任せると、ロシアを挟み撃ちに出来る。

 問題は、ドイツだ。

 今年初頭のウクライナ危機に於いて、ウクライナは、ドイツに対し、軍艦等の提供を要請したのだが、これに対し、ドイツが送ったのは、ヘルメット5千個であった(*3)。

 その後、国内外の非難を浴びて、ウクライナ支援の為にNATOを増派させた(*4)のだが、カミラはそれ以来、ドイツに対して不信感を強めていた。

 ロシアの包囲網を構築するには、ドイツの協力も必要不可欠だ。

 北欧版NATOが完成された今、一旦、北欧は棚上げしなくてはならない。

「大統領、ラウルのことはどうしましょうか?」

「それについては、婿殿に一任している」

「あの日系人?」

女王クイーン操作コントロール出来る唯一無二の男だ。信頼する他無い」

「は」

 CIAでも高く評価している為、その辺は、ゴールドシュミットも異論はない。

 万が一、攻撃され怪我でもすれば、「アメリカ人が被害に遭った」という介入の大義名分が成り立つ。

 アメリカとしては、介入の口実が欲しい為、攻撃された方が都合が良いが。

「まぁ、久々に少佐の力量、拝見よ」

 カミラは、薄ら笑いを浮かべ、ゴールドシュミットも頷くのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:健康長寿ネットHP 2016年7月26日

*3:JIJI.COM 2022年1月27日

*4:産経新聞 2022年2月8日

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