第292話 SHADOW QUEEN

 8月3日 1940年リトアニア併合学習(リトアニア大使館)

 8月5日 1940年ラトビア 併合学習(ラトビア大使館) 

 8月6日 1940年エストニア併合学習(エストニア大使館)

 と、オリビアが8月頭、バルト三国の大使館を公務に入れていたのは、北欧版NATO構想の為であった。


 2022年8月6日。

 エストニア大使館で、バルト三国の大使が集まっていた。

 ラトビアの大使が感心しつつ言う。

「まさか陛下が密使とは思いもしませんでした」

「全くですわ。首相も人が悪いです」

 優雅にオリビアは、洋酒をたしなむ。

 その傍らには、素顔の煉が控えていた。

 3人の大使は、時折、視線を向ける。

 彼等の第一印象は、同じであった。

(((若過ぎるな)))

 日本やトランシルヴァニア王国等で数々の戦功を挙げていたことから、歴戦の猛者をイメージしていたのだが、強面の10代の男性だ。

「……」

 作り笑顔を浮かべているが、その目に光は無い。

 相手が大使であっても信用していない。

 そんな目だ。

 和やかな雰囲気の中、リトアニアの大使が核心に触れる。

「陛下は、構想についてはどのようなお考えで?」

「外交のことは政府に任せてあるので」

 さらりとオリビアは、交わす。

 然し、3人の大使は心の中で舌打ちした。

 トランシルヴァニア王国は、立憲君主制の顔をした絶対君主制の国家だ。

 北欧版サウジアラビア、との表現が正しいだろう。

 ロシアを明確に敵に回すこの外交方針に、オリビアが噛んでいない訳が無い。

「非公式で構いませんので、御意見を御聞かせ下されば幸いです」

 大使がここまで強気なのは、場所がエストニア大使館だからだ。

 法律はエストニアのそれが適用される為、トランシルヴァニア王国の不敬罪等の主権は通じない。

 無論、外交的に無礼になる可能性は高いのだが。

 それでも、両国の良好な関係性を考慮すればセーフ、との判断である。

「ええっと……」

 困った素振りを見せたオリビア。

 直後、煉が口を開いた。

「陛下、の御時間です」

「あら、もうそんな時間?」

 オリビアが腕時計で確認する。

 然し、予定より少し早い。

 それでも、煉は、オリビアの隣に立った。

「御三方には、申し訳御座いませんが、陛下は、即位後、多忙でありましてこれ以上の長居は出来ません。御招待して下さり誠に有難う御座いました」

 笑顔であるが、その目は、「それ以上、追及したら国際問題にしますよ?」と告げていた。

 これには、大使も苦笑いだ。

「は。来て下さって、有難う御座いますリエルス・パルディエス

有難う御座いましたスール・アイタッ

「こちらこそ感謝致しますレイスキテ・イシュレイクスティ・デーキングマ

 ラトビア、エストニア、リトアニアの大使は、文字通り腰を折って、謝意を示す。

 と、同時にその額から、煉の気迫に圧倒され、冷や汗が垂れ落ちるのであった。


「助け船有難う御座いますわ♡」

 大使館からの帰りの車内で、オリビアは、煉の肩にもたれ掛かってた。

「部下だからな」

 武装したリムジンを運転するのは、スヴェン。

 助手席には、ウルスラが居る。

 女王、王配と共に後部座席に居るのは、

・司

・シャロン

・シャルロット

・ミア

・レベッカ

・シーラ

 の6人だ。

 そして、最後部の座席にキーガンが居る。

 ナタリー等は、城で待っている状態だ。

 ミアはシートベルトを無視して、煉の膝に乗り、彼の体温を感じている。

「……♡」

 ここに居ることが多いのは、ミアの出自が関係していた。

 島では常夏の下、半裸であったが、本土では服を着なければならない。

 郷に入っては郷に従え。

 本土の文化に馴染む為に慣れない洋服を着ているものの、脱ぎたい衝動に駆られている。

 流石に公然猥褻は出来ない為、それを防ぐ為には、極力、煉に抱き締めてもらい、物理的に自制するという方法であった。

 ミアの頭を撫でつつ、煉は問う。

「シャロン、ミアは順調?」

「ヨナが賢い分、この娘も相当、賢いよ。もう英単語、1200個覚えたから」

 平成24(2012)年4月に改定された学習指導要領によって、それまで中学校3年間で学習する英単語は、900語程度から1200語に増加した(*1)。

 ミアは3年間で覚えるものをこの数日で習得したことになる。

 相当、優秀であろう。

「凄いな」

 褒めると、ミアは、鼻息を荒くする。

「俺、頑張ル。煉ノ為ニ」

「そうか。有難う」

 馴れ初めこそ最悪な形であったが、夫婦になった今は、非常に良好な関係だ。

 レベッカ、シーラが嫉妬するくらいに。

「おいちゃん……」

「……」

 2人から嫉妬の眼差しを受ける。

「スヴェン、安全運転で」

「は」

「レベッカ、シーラ」

「「!」」 

 手招きされ、2人は、笑顔で、膝に座る。

「おいちゃん♡」

「何?」

「私とミア、義理の姉妹になった♡」

「そうなるな」

 ミアを抱き締めて、レベッカは、微笑む。

「ミア~♡」

「レベッカ~♡」

 2人は、抱擁し合う。

 島出身者と本土の人では、文化的な隔たりがある為、中々、仲良く出来なさそうな感じがあるのだが、これほど波長が合うのだから問題はなさそうだ。

「……」

 シーラが見上げた。

 肩揉みましょうか? と。

「気持ちは有難いけど、大丈夫だよ。―――キーガン」

「は」

「済まんが、肩揉み頼む」

「は♡」

 指名されたキーガンは、警戒心を一時、解き、後ろから手を伸ばし、肩揉みを始めた。

 こういう仕事は、用心棒ボディーガードではなく、秘書官であるシャルロットの仕事の為、彼女は、渋い顔だ。

「旦那様?」

「位置的にキーガンが最適だっただけだよ。他意は無い」

 擁護しつつ、シーラの頭を撫でる。

「義妹だから遠慮は不必要だよ」

「……」

 不満げな表情だが、シーラは頷いた。

 リムジンはゆっくり進む。


 トランシルヴァニア王国の王室には、他の皇室や王室同様馬車がある。

 それを整備するのも侍女メイドの仕事だ。

 リムジンが車庫に入る中、侍女達が馬車をホースで洗っていた。

「パパ、馬車ってもう少し豪華絢爛にならない?」

 シャロンが首を傾げつつ尋ねた。

「《黄金の馬車》みたいな?」

「うん」

《黄金の馬車》は、オランダ王室伝統の馬車であり、その名の通り、黄金色をしている。

 その側面の絵には、有色人種が白人女性に跪いて献上品を差し出す様子が描かれており、「植民地時代のオランダを美化している」との批判を受け、2022年1月14日に王室から使用の停止が発表された(*2)。

 絵こそ問題だが、その豪華絢爛な外観は、人々が思い描く王室のそれだろう。

「そういうのは、オリビアが決めることだな」

わたくし?」

 いきなり振られたオリビアは、動揺した。

「俺は王配だからね。そういうのは、決められんよ」

「……勇者様は、あのような馬車が御好みなんですか?」

「全然。質素で良いよ。断頭台ギロチンに送られたくないから」

 英国王室は大地主でもある為で、豪華な生活をしてもそれは全て自費だ。

 それを理解している為、英国民も、それに反感を持つ者は少ない。

 一方、皇室は収入源が国民の税金なので、多くの国民が予想するよりも遥かに質素な生活を送られている。

 その為、事情は違うにしても、イギリスと同様、国民との関係は良好だ。

 サウジアラビア王室も又、同じである。

 サウジアラビアは、国民の生活が豊かな分、王室批判に行き辛い。

 生活が安定している場合、日本でもバブル経済の時代、政治不信が少なかったように、国民の政府に対する感情は、悪くならないものだ。

 逆に強権的な統治を行った場合、フランス革命や直近では、ネパール王室のように王制が倒れることも考えられる。

 王族であっても謙虚になることで王室を維持する、というのが煉の考えだ。

「馬車よりも、夏季休暇、どうする?」

「海!」

 司が叫んだ。

 予定では11~14日までの4日間、夏季休暇を予定している。

 今まで公務で詰まっている分、この期間だけは、はっちゃけても罰は当たらないだろう。

「海? オリビアは?」

「賛成ですわ。泳ぎたいですし」

「じゃあ、決定だな」

 夏場、山にも行く人が居るが、煉達は断然、海派だ。

 山だと登る必要があるし、何より蚊や毛虫等の害虫と出遭う可能性がある。

 その分、海だと、登らなくても良いし、沖に出なければ、海蛇や鮫等と出遭うことは殆ど無い。

 最も注意する必要があるのは、離岸流くらいだろう。

「海! 海!」

 レベッカはミアと手を繋いで踊っている。

 島出身のミアは海に見慣れている為、困惑顔だが、義姉の戯れに付き合っている分、良い義妹だろう。

「シャルロット、綺麗な海、探しておいてくれ」

「は♡」

 大役を任されたシャルロットは、この日1番の笑顔を見せるのであった。


 煉達が夏季休暇を海に決めた後、軍部は、大忙しだ。

 国防省にて、幹部達は話し合っていた。

「どこの海になりそうだ?」

「分からん。決めるのは、あの愛人だから」

「良いか? 禁軍との衝突は避けるんだぞ? 廂軍しょうぐんに飛ばされたくなければ」

 軍部が恐れているのは、禁軍(近衛兵)と国軍との衝突だ。

 その場での女王一家の監視が露見すれば、禁軍との武力衝突は避けられない。

 北欧一の軍事大国であるトランシルヴァニア王国では、軍人は尊敬される職業だが、王室に歯向かったとなると、たちまち大逆罪だ。

 多くの将軍は処刑され、優秀な下士官でも場合によっては廂軍(=地方軍)所属となり、立身出世の道は事実上、断つことになりかねない。

 それでも軍部が監視を止めないのは、女王一家に外国人が多いからだ。

 念には念を入れよ、の精神の下、万が一に備えて監視をしているのである。

 自分達の首と引き換えに。

「優秀な軍人である王配のことだ。監視には、十分気を付けた方が良い」

「そうだな」

 王室と軍部の微妙な関係性に休暇は無いことに、幹部達は嘆息するのであった。


[参考文献・出典]

*1:まなビタミンHP  2016年6月30日

*2:共同通信     2022年1月15日

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