第290話 Autonomous Monastic State of the Holy Mountain

『―――ジム容疑者は聖域である、喜びの島に上陸しようとした罪で逮捕されました。

 裁判では、

「俺は、島の出身である」

 と意味不明な主張を行い―――』

 テレビでは、裁判の報道がされていた。

 然し、国民の大多数は、自称・島民の話など、一切興味が無い。

 最近の関心は、王配だ。

「なぁ、王配どう思う?」

「どうも何もな。全く分からんな」

「平民の御出身でありながら、王配まで登り詰めたから相当、有能な方なのだろう」

 そんな声が喫茶店や電車等で、聞こえてくる。

 不敬罪がある為、誹謗中傷は言わずもがな非合法なのだが、それに注意さえすれば何の問題も無い。

「王配は既に、沢山の奥方とも結婚されているらしいな?」

「ああ、日本人にアメリカ人、トルコ人にドイツ人、ロシア人にBIG4……羨ましいものだ」

「噂じゃ、言語学者って話だぜ?」

 相手が外国人ばかりなので、「王配=多言語話者=言語学者説」という構図が成り立っていた。

 無論、あくまでも推測に過ぎないのだが、この手の事が、国内では、都市伝説のように流布されていた。

「どんな顔なんかな?」

 今宵も煉の顔を想像する国民なのであった。


 ブラウンシュヴァイク城に戻った煉は、オリビア達と再会し、夕食を共にする。

「たっくん、医師会長がお喋りでね~。愛想笑いで疲れたよ」

「煉、王配なんでしょ? 彼を罷免に出来ない? 全く話が面白くないのよ」

「公私混同は出来ないよ」

 司と皐月に挟まれつつ、煉は、ステーキを刺身を食べていた。

 この国では、魚を生で食べる文化は無いのだが、日系人や日本趣味ジャポニズムの結果、鮭等、好んで食べるようになった。

 海と接するブラウンシュヴァイクでもよく獲れ、その度に献上品として王室の献立になるくらいだ。

「御二人共、自制して下さいませんか? この国では、わたくしが正妻なのですから」

「御免」

「御免なさい」

 2人は、素直に謝った。

「全く」

 呆れながらも、オリビアは、煉の膝に座り込む。

 玉座は別にあるのだが、彼女は、それよりもこっちの方が心地よいらしい。

「……陛下ヘーカ

「ミアも座りたい?」

「ウン。駄目?」

「良いわよ。レベッカも」

「うん!」

 ミア、レベッカも座った。

 オリビアは股の間、ミアは左膝の上、レベッカは右膝の上、という布陣だ。

「……食事出来ないんだけど?」

「シャルロットに食べさせてもらえれば良いじゃない? ―――シャルロット」

「はい、陛下」

 オリビアの命令を予想していたのか、シャルロットはすぐに来た。

 まさに阿吽の呼吸だ。

 シャルロットは、後ろに回り込むと、煉にその双丘を押し付けて、食事介助を始めた。

 余談だが、煉の左右には、皐月、司が居る為、そこに座る事は出来ない。

 首を斜め後ろにして、非常に食い難い姿勢ではあるものの、シャルロットと交流出来る利点が生まれる。

 愛人であっても、平等に愛するのが、煉の方針である。

「……」

 ふと、ヨナと目が合う。

 正妻と愛人を同席する奇妙な光景に、ぱちくりさせている。

 ミアが耳打ちした。

「(マーチモ愛シテ)」

「了解」

 ミアは、煉に頬擦りした後、ヨナを呼ぶ。

マーチ!」

「!」

「ココココ!」

 シャルロットとは反対の場所を示す。

「デ、デモ……」

陛下ヘーカ! 勅令!」

「ヒ」

 びしっと、言われヨナは、たじたじだ。

 オリビアの顔色を伺う。

「陛下?」

「来なさい。新妻なんでしょ?」

「ハ、ハイ……」

 島に長く居た分、ヨナは、人見知りの傾向が強い。

 一方、ミアは、レベッカと同世代な分、本土の人々とは壁が殆ど無さそうだ。

「失礼シマス」

 娘に後押しされる形で、ヨナは、シャルロットと反対側の席に座る。

 食事介助されつつ、煉は気遣う。

「ヨナ、こっちでの生活、慣れた?」

「ハ、ハイ……」

「新居は、沿岸部に近い山間部にしたからそこで集団生活してくれ」

「! 領地ヲ下サルンデスカ?」

「自治もな。ただ、自由権だけは保障してくれ。それだけが自治共和国の条件だ」

 煉が構想しているのは、島民のアトス自治修道士共和国化だ。

 ギリシャにあるそれは女人禁制で、厳しい規則の下、修道士が暮らし、ギリシャ政府から治外法権の許可を得ている、世界でも珍しい宗教である。

 その女人禁制ぶりは、動物までも対象であり、唯一例外なのは、猫の雌のみ(*1)。

 これはネズミ捕りの為であり(*1)、それ以外は1406年、女人禁制が決まって以来、難民や漂流者を除いて守られ続けている。

 2003年、欧州議会が男女均等指令の下、撤廃するよう要請しても尚だ(*2)。

 地球温暖化で無ければ、島での生活を支援したい所だが、フレイヤが陸を要求したので、煉は、陸上版アトス自治修道士共和国をしようとしていた。

「……」

「自治国内での武装も認める。但し、カルト宗教対策に不定期に監査が入るけどな?」

「何故、ソコマデヨクシテ下サルンデス?」

「平和を望むからだよ」

 宗教は、信者に平穏をもたらすものの、中には過激化する者も後を絶やさない。

 古くは十字軍、直近では、IS等だ。

「そっちは長年、伝統的な暮らしをしてきた。それを尊重する。でも本土の国民には、理解し難い文化もある可能性がある。そうなった時、衝突を避けたいんだ」

 島民は、約1万人。

 数こそ本土に劣り、然も貧弱な武器しかない。

 本土の人々が攻撃すれば、一溜まりも無いだろう。

「だから、君達の武装と自衛権は許可する。但し、武装した状態で自治国外に出れば、こっちも相応の対応を採るがな」

「……ハ」

 これだけ譲歩しているのだから、ヨナには不満は無い。

 続いてオリビアが説明に入る。

「移住者1万人については、急がせませんわ。各々の判断により、移住時期を決めて頂きますわ」

「……感謝シマス」

 女王と王配の配慮に、ヨナは、ただただ頭を下げるのであった。


 島長であるヨナは島に帰らなければならない為、その日の夜、煉は高速艇で送る。

「……船ヲ操舵出来ンデスカ?」

「上手くは無いけどね」

 微笑む煉の隣には、ヨナが。

 彼女は、城に残る予定なのだが、負けを認めて以降、愛玩動物ペット並に懐いている。

 それが面白くないのが、シーラとシャロンだ。

「「……」」

 夜の航海クルージングデートと思いきや、煉を独占しているのは、新参者なのだから。

 然も、先進的な文化や常識が通じ難い先住民族だ。

 になった以上、喧嘩は避けたいのだが、やはり、行動は時に目に余るものがある。

 例えば今のように。

「操舵、上手イ」

「有難う」

 膝に乗ったミアは、深く座り、煉の操舵を眺めている。

 同席しているのは、勿論、レベッカだ。

「ミアと姉妹シスター!」

 嬉しそうに抱き着く。

修道女シスター?」

「そっちじゃなくて姉妹シスターの方だよ。私がお姉ちゃんで、ミアが妹」

「オ姉……チャン?」

「ぐは!」

 レベッカは、鼻血を撒き散らして大興奮だ。

 今までは、オリビアの義妹であったが、今度は自分に妹が出来たのである。

「おいちゃん、ミアをメイドにしたい!」

「レベッカ専属の?」

「うん! 良い?」

「ミア次第だよ」

「……

「ガーン!」

 ぷいっと、顔を背けられ、目に見えて、レベッカは、ショックを受ける。 

 自分で擬音を口に出す程に。

 喜びの島の浜辺に上陸すると、ヨナが下りた。

「後日、又、城ニ上ガリマス」

「分かった」

 ヨナは、煉の頬にキスする。

「……積極的だな?」

「夫婦デスカラ」

 頬を朱色に染めて、ぺこり。

 恥ずかしさを隠すようにそそくさと上陸していく。

「……スヴェン」

「は」

 後方に控えていたスヴェンが、ドローンを数機、飛ばす。

「……煉、アレハ?」

「ヨナを守る為だよ」

 ミアにはそう説明するが、実際には、島の監視も兼ねている。

(嫉妬深い)

 シャルロットは、想われるミアを羨ましく思うのであった。


 城に帰ると、寝室で、オリビアと司、皐月が待っていた。

 1人ずつ煉とキスした後、ベッドに誘う。

 シャロン、レベッカ、ミア、シーラも一緒だ。

 10人は同時に寝れる大きなベッドがあるのは、一夫多妻制の特徴の一つであろう。

「たっくん、お疲れ様」

 正妻を差し置いて、司は、小鳥キスを頬に浴びせかける。

 慣れない医師会との会食だ。

 相当、神経を使ったのかもしれない。

 皐月もぐったりとした状態だ。

「煉~♡ ……zzz」

 煉の背中にのしかかり、そのままいびきを掻き始める。

 重いが、振り解く事は出来ない。

 皐月の求愛を否定することになるから。

 皐月に応えつつ、煉は、司とオリビアに挟まれた。

「もう、この国では、わたくしが正妻なのに~」

 オリビアは、ひどく不満げだ。

「分かってるよ」

 煉に額にキスされるも、余り機嫌は変わらない。

「たっくん」

「あいよ」

 阿吽の呼吸で、煉は、オリビアを抱き寄せ、その腰に手を回す。

「女王陛下に忠誠と愛を」

「……口では、なんとでも言えますわ」

「だったら、証拠を見せるよ」

「証拠って―――きゃ!」

 そのまま押し倒され、項にキスされる。

「え? ここで?」

「そうだよ。夫婦なんだから?」

 煉は笑顔で言うと、そのまま覆い被さった。


「……」

 初めて見る情事に、ミアは、興味津々だった。

「……ミアちゃん、初めて?」

 司が尋ねる。

「こういうの?」

「……ウン」

「たっくんは、ね。結構、獣なんだよ」

「獣?」

「軍人さんだからね。色々、ストレスも多いからその分、私達が守ってあげないといけないの」

「……マモル」

 オリビアが忙しい間、後輩への教育的指導は、司の任務だ。

「嫉妬とかない?」

嫉妬ジェラシー?」

「うん。たっくんが、他の女性とイチャイチャしている時、腹立たない?」

「……怒ル」

「そう。それが嫉妬なの。ミアちゃんにはある?」

「……」

 ミアは、煉を凝視した。

 自分ではない者を愛している夫。

 段々とムカムカしてきたことはいうまでもない。

「……

「じゃあ、参加する?」

「スル!」

 ミアが頷いた時、オリビアの嬌声が木霊こだますのであった。


[参考文献・出典]

*1:BBC 2016年5月17日

*2:ウィキペディア


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