第287話 PROPERTY

 病院から出たヨナとミアの母娘は夕方、ブラウンシュヴァイク城に登城する。

「「……!」」

 その煌びやかな外観と内観に2人は、圧倒されるばかりだ。

・シャンデリア

・大理石の机

・美男美女の執事と侍女メイド

 ……

 どれも綺麗な洋装で、皆、着飾っている。

 彼等は2人を見るなり、深々と一礼した。

「「!」」

 2人は、驚いて案内者のレベッカの後ろに隠れた。

「大丈夫だよ~」

 レベッカは、2人と手を繋ぎ、城内に誘う。

「♪」

 鼻歌交じりに歩くレベッカと、

「「……」」

 今にも吐きそうなくらいに緊張している2人。

 そんな3人は、女王が居る部屋に向かうのであった。


「よくぞ来て下さいました」

 玉座に腰かけていたオリビアが、2人の手を取った。

「……」

 人見知りが強いのか、さっとミアは手を引く。

 女王に対する不敬である為、ヨナは、睨むも、

「良いですよ。子供ですからね」

「……」

 オリビアに興味が無いのか、ミアは、室内を見渡す。

「……?」

 真意を察したヨナは、尋ねた。

「陛下、殿下ハ?」

「あ~。煉殿下? 今、仕事中。呼ぼうか?」

「出来レバ。コノ娘モ私モ彼ガ居ナイト不安ナノデ」

「もしかして、求婚しました?」

「ハイ。陛下ニ相談無シデ申シ訳御座イマセン」

「もう、御神託なのは、分かりますがね」

 苦笑のオリビア。

 フレイアを信仰している島民は、好色な一面がある。

 煉に惹かれるのも無理無い話だ。

「御二人のこれまでの貢献から、今回は黙認しますが、今後、島民と殿下の婚姻は、禁止します。ただでさえ殿下は、側室が多いので」

 日本では、司が正室だが、所変われば、彼女は側室に成り下がる。

 ここでは、オリビアが正室なので、当然、司に配慮する事は無い。

「ソレホド、艶福家えんぷくかナノデスカ?」

「時々、殺意を抱くほどね」

「「……」」

 嫉妬に燃えるオリビアに、母娘は生唾を飲み込むのであった。

 

 同時刻。

 煉は緊急対応室シチュエーション・ルームに居た。

「……」

 スヴェン、ナタリー、ウルスラが操作するドローン部隊の動きを眺めていた。

 30機からなるそれは、島の景観に配慮し、空に合わせた青色で統一されている。

 然も、それらはイスラエルの軍需企業が開発した、カメレオンのような体色変化の機能を搭載している為、透明ステルスにもなる事も可能だ。

 ドローン部隊は上陸すると、島の最奥に居たジム達を発見すると、麻酔銃を打ち込む。

「ぐぉ!」

「うわ!」

「ひ!」

 島全体が聖地である為、極力、流血は避けたい煉なりの配慮だ。

 模範にしたのは、アル=ハラムモスク占拠事件(1979年11月20日~12月4日)である。


 1979年11月20日。

 聖モスクを占拠した武装集団200~1千人(文献によってばらつきがある為、正確な人数は不明)は、人質約1千人をとり立てこもった(*1)。

 場所が聖地なだけあって国王は躊躇い、鎮圧の勧告ファトワーを出すのに時間を要し、更に武装集団の抵抗や聖地自体が巨大だったことから、制圧作戦は長期化(*1)。

 この為、サウジアラビアは、国外から特殊任務群SSG(パキスタン)1個大隊や国家憲兵隊治安介入部隊GING2~3人(フランス)を呼び、3か国の作戦となった(*1)。

 この時、フランス人隊員がキリスト教徒だった為、臨時的にイスラム教に改宗する、という手続きが採られた(*1)。

 当時の公式発表では、

     死者 拘束者  負傷者

 武装集団 75人 170人

 鎮圧軍  60人     約200人

 とされらが、こちらも諸説ある為、正確な人数は、判っていない(*1)。

 拘束者の内、68人は翌年、テレビ中継の下、公開処刑となった(*1)。


 この事件では致し方無く流血になったが、煉は島民の信仰対象にある聖地では、殺傷を避け、睡眠薬で意識を奪い、本土に移送後、処罰する作戦を採用したのだ。

 30人をものの信者達を数分で眠らせると、今度は親衛隊が上陸する。

 島民に配慮して女性で構成されたその部隊は、1人ずつ拘束していくと、そのまま引きずって船に乗せる。

 そして、僅か10分で島を離れた。

 あくまでも最小限での軍事作戦だ。

 全てが終わったことを確認した煉は、小さく呟いた。

奴を捕えたWe got Him

「♡」

 メイドの制服ユニフォームを着たシーラが、拍手で賞賛する。

「有難う。皆も御疲れ様」

 シーラを抱っこした後、労うと、操縦者パイロットの3人は、安堵の息を零す。

「師匠、疲れました♡」

「少佐、御疲れ様です♡」

『ふぅ~』

 3人は、ヘッドセットを外し、振り向いた。

 スヴェン、ウルスラは、真っ先に煉に抱き着きに行こうとするも、

「まだ駄目よ」

 パンX2と、エレーナからせんを食らう。

「報告書が先。ほら、ナタリーを見習いなさい」

 2人と違ってナタリーは、もう報告書に取り掛かっていた。

 軍部に提出するものだが、今回は島長しまおさであるリナにも提出しなければならない為、内容に関しては、島民に配慮した書き方をしなくてはならない。

 その為、普段なら、信任している為、指導監督は、居ないのだが、今回は、エレーナがその職務を熟していた。

「済まんな。エレーナ」

「全然。久し振りの仕事だからね。張り切っちゃうよ」

 親衛隊の狙撃手教官以外の仕事は、久々なので、エレーナは、やる気満々だ。

「じゃあ、頼んだ」

「了解、殿下」

 余り「殿下」というのは慣れていない為、違和感があるが、立場上、それ以外は示しがつかない為、煉は、嫌々、その敬称を受け入れていた。

 シャルロットが耳打ちする。

「(殿下、陛下がお呼びです)」

「分かった」

 シーラを抱っこしたまま、部屋を出ていく。

「そういえば、司と皐月は?」

「我が国の医師会主催の宴会に御出席しています」

「忙しいな」

「皐月様は、東洋一の名医ですからね」

 シャルロットは、我がことのように胸を張る。

 親友とその親が、人気者なのだ。

 自分も少しくらい、鼻を高くしても良いだろう。

「BIG3は?」

「シャロン様と一緒にヨナ様達と会談中です」

「分かった」

 家族となったのだから顔合わせは、必要不可欠だ。

 唯一、護衛に徹するキーガンを見た。

 彼女は、緊急対応室には入らず、ずっと廊下で待っていた。

 一緒に入れば良い、とも思うが、万が一、襲撃者に備えてのことだ。

 彼女の忠誠心は、やはりスヴェンやウルスラ並に高い。

「キーガン」

「は」

「母娘の呪術に関しては、どう思う?」

「……本物かと」

「やっぱり?」

「はい。文献によれば、王室専属の呪術師として、権謀術数渦巻く19世紀から20世紀にかけて非常に活躍したようです。ロシア帝国の滅亡も呪術師によるものだとか」

「……」

 オカルティズムな内容だが、実際、王室と呪術師との関係は深い。

 独ソであっても島を攻めきれなかった所を見ると、人間には分かり辛いが存在するのであろう。

「後は、胡散臭く無い事です。呪術師は、施しを拒否します。『商売ではない』と」

「……それは凄いな」

 あれほどの呪術を持ち合わせていたら、商業化しても可笑しくは無いのだが、現状の生活に満足し、無給で働くのは、高潔さを感じる。

・大国が攻めきれない

・代々、無給

 等の点からは、信憑性が高いことは言わざるを得ないだろう。

 特に無神論者のソ連に事実上、勝っているポイントは、極めて高い。

 大広間に入ると、オリビア達が既に夕食を始めていた。

 今日の献立は、ノルウェー料理であった(*1)。

羊肉とキャベツのシチューフォーリコール

豚ばら肉を皮つきのままローストしたものリッベ:祝宴料理。

仔羊の肉を使った祝宴料理フォーレルル

塩漬けの羊の腿肉を蒸しあげたものピンネ・ヒョット:西ノルウェー発祥の祝宴料理。

豚の頭のパテスィルテ:独起源。

干鱈を水に浸け、灰汁で戻したものルートフィスク:蒸すか弱火で茹でて食べる。

魚のスープフィスクスッペ

魚の練り物フィスクカーケ

鰊を玉葱と共に酢と砂糖でマリネしたものスーシル

クレープ風のパンケーキパンネカーケ

ジャムを塗ったスポンジケーキブルートカーケ

ライスプリンリスクレーム:降誕祭のデザート。

焼きプリンカラメルプディング

「「♡」」

 レベッカ、ミアはカラメルプティングに夢中だ。

 何杯も御代わりし、その度に侍女が忙しなく動いている。

「陛下」

「! 殿下!」

 慎ましい様子でシチューを食べていたオリビアが、勢いよく立ち上がった。

 公務では、見せない真の姿だ。

 ライカが、オリビアの隣席の椅子を引く。

「どうぞ」

「有難う」

 王配として、女王の隣は当然のことである。

 が、

「ウウー……」

 ミアが露骨に不快感を示す。

 所有物が、自分より遠い場所に居るのだ。

「ミア! 陛下、申シ訳御座イマセン」

「構わないわ」

 正妻としての器を見せる為、オリビアは寛容だ。

 それでも、煉の手をしっかりと握る。

 先住民族の少女にうつつを抜かすな、と。

(分かってるって)

 煉も握り返して答える。

 夫婦の絆は強い。

 オリビアの許可が出たことで、ミアは、

「♡」

 上機嫌で、煉の膝に座る。

 煉を所有物、と見ている為だろう。

「「「……」」」

 島の文化を事前に聴いていたが、BIG4やシャロン、シャルロットは、渋面だ。

 愛する人が物扱いされるのは、正直、不快である。

 オリビアが、怒りを我慢して尋ねる。

「ミア、殿下のこと、好き?」

「物ダカラ好意ジャナクテ、愛着」

「……そう」

 王配に対する侮辱とも解釈出来る発言だが、何度も言う様に島と本土の文化は、違う。

 教育を受けていない先住民族に先進的な価値観が備わっていない為、これを咎めるのは、難しい話だ。

 その位置のまま、ミアは、プリンを食べ出す。

 幸せな顔で。

「「……」」

 煉とオリビアは、顔を見合わせて苦笑いするのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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