第273話 7月20日事件

 2022年7月20日(水曜日)は、盛り沢山な1日となった。

 まず日本時間午前1時。

 シリアの国営放送が伝える。

『―――我が国の重要な役職を担っていた外国人顧問が先程、反体制派のテロにより、殺害されました。軍は先程、反体制派が支配する地域に対し、報復措置を始めました』

 シリア内戦以来、分断されていた国土を、奪還する為にシリア政府は、動いたのだ。

 当然、この外国人顧問は、ナチス最後の大物であるブルンナーであることは、モサドも把握していたが、発表はしない。

 現在、国際社会は、国家によるテロ行為に対して、余り歓迎的な雰囲気ではないから。

 万が一、発表した場合、「モサドの仕業なのでは?」と勘繰られ、反以運動に利用されかねない。

 なので、イスラエルは、今回の一件に関し、静観する構えを採った。

 イスラエルが動かない以上、シリアはやりたい放題が出来る。

 圧倒的な軍事力で反体制派を駆逐していく。


 数時間後、今度は示し合せたように米露の国営放送が、同時に伝えた。

『え~。速報です。ドイツの新政権がトランシルヴァニア王国の合邦を企んでいたことが分かりました』(米国国営放送)


『合邦は独墺合邦アンシュルスをモデルにしており、中欧から北欧にかけて、一大国家が構築され、我が国のカリーニングラード州は、危機的状況に陥る可能性があります』(ロシア国営放送)

 カリーニングラード州はロシア本土から離れている飛び地で、南はポーランド、北は、リトアニアと接している。

 ここは元々、ドイツ領であったのだが、第二次世界大戦後、ソ連がここからドイツ人を追放し、自分の土地とした。

 不凍港であり、NATOに対する重要な拠点でもある為、ヤルタ会談では、ここがポーランドに譲渡する案もあったのだが、


 1996年

 ポーランド、NATO加盟運動開始後、譲渡案は廃案に


 2004年

 ポーランド、リトアニアがEU加盟後、ロシアは益々ますます、態度強硬化。


 2017年

 リトアニアの国防相「ロシアがカリーニングラード州に核兵器を配備した」(*1)


 同年夏

 中露合同軍事演習がバルト海で行われ、中国の昆明級駆逐艦クンミンきゅうくちくかんが入港(*2)


 ……

 トランシルヴァニア王国は、ドイツ系国家だ。

 現時点では、カリーニングラード州の返還を求めてはいないが、ドイツとの合邦後に民族主義が台頭し、返還を求め始める可能性があった。

 ロシアが危機感を募らせるのは、当然のことである。

 カリーニングラード州を失えば、NATOに対する脅威と不凍港を同時に失い、戦略的には、短所しかない。

 衝撃的な報道は、ドイツ、トランシルヴァニア王国の両国民を動揺させた。

 ドイツの新政権に対する支持率は、一気に低下し、トランシルヴァニア王国でもドイツに対する不信感が高まる。

 経済も株価は、大暴落だ。

 そんな中、トランシルヴァニア王国の国営紙の電子版は、ひっそりと、伝える。


『【ディートリッヒ王子、重病発症により、王位継承権返上】』

 と。


 中東では、シリアが。

 欧州では、ドイツの醜聞が大きく報道され、煉の読み通り、トランシルヴァニア王国の報道は、小さく、国民にも殆ど影響は無かったことは言うまでもない。


 終業式を終えたオリビアは、リムジンの中でその新聞を読んでいた。

「勇者様、重病とは?」

「詳しいことは知らんよ」

「そう……ですか」

 柔道で国際大会に出場するほどの猛者が、重病なのは、驚きだ。

 然も先日、来た時は、健康体そのものに見えた。

「……」

 いぶかしんでいると、運転手のライカが提案する。

「気になるようでしたらお調べしましょうか?」

「……いや、良いわ。個人情報ですから。有難う」

 礼を述べた後、オリビアは、煉に寄りかかる。

 逆側から煉に抱き着く司が労う。

「二人共、御仕事御疲れ様♡」

 司も研修や勉強、看護助手で大忙しな筈だが、2人と比べると、疲労度は軽い。

 2人は、国内外を行き来し、更には、今、オリビアは王位継承の真っただ中。

 煉もその手伝いで、彼女に付きつつ、日頃の仕事も行っている。

 オリビアは極力、睡眠をとっているが、煉はBIG4の饗応役でもある為、当然、睡眠時間は彼女と比べると、少ない。

 それでいて大忙しなのだから、いつ、ぶっ倒れてもおかしくはない。

「向こうでは、少し休むよ」

「分かった。お城、散策していい?」

「良いよ」

 リムジンは大使館前で停車し、皐月達を乗せて、成田国際空港に向かうのであった。


 弔問で一時帰国を果たした煉達には、約1か月振りの祖国だ。

 その日の夜、ブラウンシュヴァイクに着いた一行は、そこのホテルで一晩過ごす。

 1千万人以上居るブラウンシュヴァイクを一望出来るそのホテルの最上階は、1泊100万円もするのだが、領主だけあって、無料である。

 イギリスの上級使用人バトラー(執事)養成学校を卒業した一流の執事達が、煉達をもてなす。

「本日のメニューは、我が国が誇る海鮮料理です。どうぞ」

「有難う」

 オリビアが頭を下げると、執事達は返礼し下がって行く。

 後は、呼び鈴を鳴らすと、10秒以内に来る手筈だ。

「おさかな!」

 レベッカは、大喜びで刺身を頬張る。

 シャルロットは、醤油で汚れたレベッカの頬を手巾で拭いていく。

 ここでも介護なのは、流石だ。

「……」

 皐月は、洋酒を吟味している。

 煉から酒に関しては、厳しく制限されている為、どれにしようか悩みに悩んでいるのだ。

 ナタリー、エレーナは、寿司に夢中だ。

『エレーナ、醤油とって』

「は~い」

 余り接点が無い独露コンビだが、仲は悪くなさそうだ。

 皆がリラックスしている雰囲気の中、煉は、別室で仮眠中だ。

「……」

 抱き締めているのは、抱き枕ではなく、シーラとシャロン。

『『♡』』

 2人とも食事は、そこそこに煉のベッドに忍び込み、夜這いを愉しんでいるのだ。

「……」

 シャロンが頬に口付けすると、

「……」

 シーラも負けじと首筋に行う。

 2人は、弔問で留守にしていた間、非常に寂しく感じていた。

 更に煉が帰国後は、BIG4との逢瀬を優先していた為、独占出来るのは、久々のことだ。

 煉もそのことを気にしていたのか、2人が何をしても気にせず眠り続けている。

 このまま交わりそうな勢いだ。

 然し、そうは問屋が卸さない。

「失礼します」

 扉が開き、キーガンが入って来た。

 彼女は、2人を一瞥すると、ベッドに腰かける。

「……何?」

「少佐の警護に来ました」

「……下着で?」

 キーガンは、上下ともに下着であった。

 鍛え抜かれた腹筋の所為で、妖艶さは、余り無いが、それでも美人なので、煉が側室にするのは、当然のことであろう。

「下着でも仕事は出来ます」

「……側室の癖に強気だね?」

「済みません」

 謝っても尚、キーガンは、離れない。

「生意気」

 シャロンが睨んだ直後、煉が目を開けた。

「シャロン、止めろ」

「! パパ?」

「キーガンは、俺専属の用心棒だ。仕事をしているだけだよ」

「……でも、下着だけど?」

「そりゃあ本人のやり方だ。それで結果を残せば、文句は無いよ」

「……」

 煉は基本的に結果を重要視する為、過程に関しては、余り気にしない。

 極論全裸であっても、仕事さえすれば文句は無い。

 無論公共の場等では、服装規定ドレスコードは、遵守するが。

「キーガン、休みを与えていたが?」

「見ての通り、回復しました。今日より復帰したいと思います」

 ケネディが事件を起こして以降、キーガンの職務は、一旦、停止となっていた。

 本人に非がある訳ではないのだが、そのままの状態だと、親衛隊から白眼視される場合が考えられた為、時間を置いていたのだ。

 その間は、側室として接していた為、2人の間に距離が出来てはいない。

「分かった」

 欠伸を漏らしつつ、煉は2人を抱っこしたまま起き上がる。

「シャロン、キスは良いが、長い。窒息死させる気?」

「あ、気付いてたんだ?」

「全く……シーラ、噛むな。痛い」

「……」

 注意され、シーラは項垂れる。

 言葉こそないが、反省しているのは、誰の目で見ても明らかだ。

 煉は嘆息しつつ、2人を抱っこし、席を空ける。

「じゃあ、警護、頼むよ」

「はい♡」

 用心棒ボディーガードとは思えないほど、喜色満面でキーガンは、頷くのであった。


 煉が過ごす寝室は、彼の嗜好に合わせたのか、非常に質素な内装だ。

 シャンデリア等の調度品は無い。

 あるのは、本棚や机、そしてベッドのみ。

 とても領主とは思えないほど、高級な物は、何一つ無い。

『国民の館』で有名なチャウシェスク夫妻等の独裁者は、高級品を好むが、煉は逆に、そのような類には一切、興味を示さない。

 そんな部屋だが、意外と女性陣からは、好評だ。

「少佐は、最小限主義者ミニマリストなんですか?」

「どうしてそう思う?」

「この様な御部屋を好むので」

 キーガンは、部屋を見渡す。

 公爵という地位であり、1千万人の領民を有しておきながら、非常にこの質素は、最小限主義ミニマリズムを感じざるを得ない。

「単純に高級品には、興味無いんだよ。あっても、心は満たされるかもしれないが、腹の足しにはならん。高級食材だって、不味い場合もある。高級=良いとは限らんよ」

 シャロンとシーラをバックハグしつつ、煉は大きな欠伸を漏らす。

「パパ、眠たいんだけど?」

「俺を夜這いした罰だ。眠らせないよ」

「え~……♡」

 不満げだが、笑顔が隠せない。

 煉の言葉を額面通り、受け取れば、今晩、彼を独占出来るのだから。

 因みにシーラの方は、既に熟睡している。

「……zzz」

 煉の腕を器用に枕にし、寝息を立てている。

 2人の愛されようにキーガンは、羨ましく感じた。

「……少佐、私も御二人のようになれますか?」

「もうなれてるよ」

「……そうでしょうか?」

「自信無い?」

「その……女性らしくない為」

「ふむ……」

 改めて煉は、凝視する。

 司、オリビア、シャロン等と比べると筋肉質で、男性人気は少ないだろう。

 同じような外見と体躯であるライカも同じような悩みを抱えていた。

 煉との営みが頻繁になるにつれて、それは、緩和されつつあるが。

 スヴェンもボーイッシュだ。

 然し、彼女の場合は、そんな悩みを微塵も見せず、ただ只管ひたすらに煉を偏愛している。

 愛情が悩みを軽減させているのかもしれない。

「愛してなかったら最初から結婚しないよ」

 キーガンに微笑むと、その手を取り、脇に侍らす。

「……」

 それでも不安らしく、笑顔は無い。

「パパ」

「分かったよ」

 シーラを寝かせると、煉は、キーガンに覆い被さった。

「! 少佐?」

「寝起きで力加減が難しいが、そこは、許してくれ」

「! え、でも―――」

「まぁまぁ♡」

 シャロンが邪悪な笑みを浮かべた。

「!」

 その表情は、何度か見た煉の悪魔的なそれだ。

 前世では、父娘だったのだが、現世でも父娘そっくりだ。

「キーガンちゃん、可愛い♡」

「……!」

 シャロンのひょうの様な雰囲気に、キーガンの震えは止まらなかった。


[参考文献・出典]

 *1:『読売新聞』朝刊2017年5月19日

 *2:読売新聞』朝刊2017年7月22日

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