第250話 御三家の嗜み

 御三家は、煉の監督の下、射撃室の中に居た。

「このワルサーPPKは、冷戦期、西ドイツやイスラエル等の情報機関で採用され、日本ではSPや皇宮警察が要人警護の際に使用されていました。歴史的にはヒトラーが自殺に用いました」

 性能や特徴等の事に関しては、素人には、初見では、通じ難い。

 なので、分かり易い範囲でのみ、煉は説明する。

「少佐のお気に入りなのは、御座いますか?」

 チェルシーは、銃架の沢山の銃器を見て尋ねた。

「ベレッタかグロックですね。ベレッタは、とても信頼性の高い銃ですし、グロックも見た目が好みですので、使い続けています」

 両方とも映画で使用されている事が多い為、映画通シネフィルには、馴染みのある拳銃かもしれない。

「女性には、どの様な拳銃が合いますか?」

 今度はエマが尋ねた。

 その質問から、「拳銃=男性の物」という心象イメージが強いのだろう。

小型拳銃デリンジャーがよく女性に適した拳銃、と聞きますね。これです」

「「「まぁ……」」」

 その余りの小ささに3人は、声を漏らした。

 てのひら、或いは、ポケットに収まるサイズなのは、初めて見たのだ。

「ただ、これは、昔の話ですので、少なくとも親衛隊は、これを採用していません。ベレッタ、或いは、グロックを採用しています」

「「「……」」」

 御三家は、隊員達のホルスターを見た。

 確かに、全員、ベレッタ或いはグロックだ。

小型拳銃デリンジャーは、小さい分、どうしても装弾数が限られてしまいます。一撃必殺ならばいいですが、相手が複数居ると、どうしても不利になってしまいます」

 西部劇に登場する事が多いレミントン・モデル95・ダブルデリンジャーは、2発しか装弾出来ない。

 隠せる長所はあるものの、いざ有事とされば、宝の持ち腐れであろう。

「親衛隊は、暗殺者では無い為、日々、有事に備えています。小型拳銃しか使えない、という方は昇進の見込みはありません」

「「「……」」」

 3人は、大きく首肯した。

 守ってもらう身としては、装弾数が少ない拳銃より、多い方が安心し易い。

「こちらは、殺傷能力のある拳銃ですので、よろしければ、殺傷能力を極端に抑えたモデルガンならば許可を出せますが」

 母国では、安全圏に居る為、この様な経験は中々出来ない。

「「「お願いします」」」

 三つ子の様に、3人は同時に頭を下げるのであった。


 3人は、煉が選んだベレッタ、グロックを彼の指導の下、撃つ。

・銃声

・薬莢の熱さ

・振動

 等は、どれも本物並だ。

 が、殺傷能力に関しては別だ。

「「「……」」」

 3人に笑顔は無い。

 興奮よりも緊張が勝るのだ。

 射撃が理由―――ではない。

「もう少し、重心を安定させた方が宜しいかと……そうです。合っています」

 指導する煉が近い。

 セクハラ対策の為に体に直接触れる事は無いのだが、息遣いや体温は、触れずとも分かる。

 然も、素人にも分かり易い説明なので、都合が良い。

 これだけでも軍が重宝するのも分かる。

 実績十分、配慮十分、口も上手い。

 女性軍人が、安心して指導を請うのは、当たり前の話だろう。

 軍隊というのは男社会なので、どうしても女性軍人は、暴行の被害に遭う事がある。

 米軍では、

・テイルフック事件  (1991年)

・アバディーン事件  (1996年)

・航空士官学校暴行事件(2003年)

 と不祥事が多発しており、2013年の国防総省の調査では、米軍内部での1年間当たりの暴行事件は、

 見積  :約1万9千件

 捜査対象:1108人

 捜査件数:578件

 軍法会議:96件

 と、見積に比べて、軍法会議に至ったのは、非常に少ない。

 又、国防総省の調査では、空軍で同僚から被害を受けた女性の内、20%未満しか明らかにしておらず、男性が被害者の場合では、15人に1人しか明らかにしていない(*1)。

  近年では、韓国軍でも、その被害が報告されている。

 ―――

『【空軍トップが引責辞任 性被害の女性兵士自殺で―韓国】』(*2)

『【性被害の女性兵士また自殺 空軍に次ぎ海軍、大統領「激怒」―韓国】』(*3)

 ―――

 日本では、これ程ではないが、セクハラが報道されている。

 ―――

『【セクハラ更迭の空将補を停職=部下の体触る、依願退職へ」 】』(*4)

『【セクハラで空将補停職処分 複数隊員が被害、退職意向】』(*5)

 ―――

 セクハラでも暴行でも、女性側の心の傷は、深い為、どちらも重罪である。

 トランシルヴァニア王国では、女性軍人の人権を守る為に、

・緊急避難

・双方の合意

 等、特別な事情が無い限り、男性が女性に触れる事は、禁じている。

 これは、逆に痴漢等の冤罪を防ぐ事が出来る為、男性の人権も保護している、と言えるだろう。

 煉はそれを忠実に遵守しているだけなのだが、御三家には非常に紳士的に見えた事は言うまでもない。

 幸い、トランシルヴァニア軍では、現時点でその様な防衛不祥事は、起きていない。

「「「……」」」

 3人は、立射で煉の指示通り撃つ。

 人型マン・ターゲットが通常よりも身近にある為、外す事は少ない。

 それでも、何発かは、明後日の方向に逸れていく。

 全弾、撃ち尽くした3人は、爽快感を覚えていた。

「……アメリカ人が、拳銃を手放したくない気持ちが少し、分かりましたわ」

 銃口から出る硝煙を、チェルシーは、ふっと、吹いてみせる。

「では、貴国でも合法化を?」

「それは、陛下の御心次第ですわ。国民が受け入れれば、可能になるかもしれませんが、アメリカでの現状を考えると、現実的には、困難でしょうね。行うにしても、我が領内だけかと」

 民主主義者らしい見解だ。

 王室の権力が強いトランシルヴァニア王国では、独裁国家と見られ易い。

 これは恐らく同じ油田を有し、大富豪なサウード家が支配する絶対君主制のサウジアラビアがある為、それと混同するのかもしれない。


 ただ、両国は違う。

              地域  民族     :宗教   :国家体制

 サウジアラビア    :アジア:アラブ人    :イスラム教:絶対君主

 トランシルヴァニア王国:欧州 :アングロサクソン:キリスト教:立憲君主



「自分の領地内であれば、所持や発砲も自由なんですか?」

「そうですね。陛下が御認め下されば、私兵も配備する事は出来るかと。但し、軍備ですから。何でもかんでも許可が出るのは、ほぼ無いでしょうが」

「……成程」

 言葉の裏を返せば、許可さえ出れば、女性の王侯貴族であっても武装は可能の様だ。

 女性王侯貴族は籠の中の鳥、と思っていた煉には、意外である。

「失礼します」

 スヴェンが、一礼して入って来た。

 男装している為、男性軍人に見えるが、その実は女性であり、れっきとした煉の愛人である。

 スヴェンは、御三家をちらりと見た後、煉に耳打ち。

「(薔薇ローズに虫が付きました)」

「……分かった」

 薔薇ローズというのは、BIG4の暗号名である。

 由来は、イギリスの国花から来ている。

 これが、単体になると、それぞれ、


 チェルシー(イングランド系)→テューダー・ローズ

 エマ   (ウェールズ系) →喇叭水仙ラッパ・スイセン

               (又は、韮葱リーキ

 *韮葱にらねぎだと、失礼に当たる可能性が高い為、煉は前者を採用。

 フェリシア(スコットランド系)→アザミ

 キーガン (アイルランド系) →シャムロック(北アイルドランドとアイルランドで採用)


 となっている。

 国花だと、万一、本人に露見しても女性に花の名前が付いている為、悪いはしないだろう。

 喇叭水仙は、名前からして愛称っぽくは無いが、国花である為、エマは、表向きには、嫌悪感を出す可能性は低い。

 全てBIG4に配慮を重ねた結果である。

 虫、というのは、良くない報せだ。

 煉は、確認する。

「(害虫の種類は?)」

「(はえです)」

「(分かった)」

 大きく頷いてから、煉は、笑顔でBIG4を見た。

「少し急用が出来ましたので、小一時間程、席を外します。その間、このスヴェンが代理になります故、御所望があれば、遠慮なくお申し付け下さい」

「「「……は」」」

 先程のやりとりに不穏な空気を察したのだろう。

 御三家は、明らかに心配気だ。

 その様子に、煉はすぐに方針転換を図る。

「もし、御興味がありましたら、付いてきますか? 内容によっては、御目を汚す事になるかもしれませんが」

 余り殺人の場面を女性に見せたくない煉だが、愛人に任すのもまた失礼だ。

 饗応役である以上、仕事を見せるのも、又、仕事である。

「蠅は何処に居る?」

「中庭です。御案内致します」

 そういって、スヴェンは、御三家に「自分が愛人です♡」と言わんばかりに目配せするのであった。


 煉が定めた「蠅」というのは、吹聴屋パパラッチの事だ。

 花(=王侯貴族)にたかる蠅(=吹聴屋パパラッチ)というのが、先程のスヴェンの隠語の正体である。

 この蠅が、「雀蜂スズメバチ」だと、「攻撃的」=「テロリスト」となる。

 ただ、大使館を襲う馬鹿は、早々居ない為、この隠語が使用されるのは、少ない筈だ。

 中庭に出てきた煉、御三家、スヴェンを向かいのビルの屋上に居る吹聴屋パパラッチが望遠レンズで撮影していた。

「……」

 位置を確認した煉は、持っていた槍を地面に突き立てる。

「「「!」」」

 御三家は、驚くも、スヴェンが微笑んだ為、その矛先が自分達ではない事を悟った。

「エマ様」

「は、はい」

 突如、名指しされたエマは、びくつく。

 槍を持った軍人に話しかけられるのは、初めての事だからだ。

「槍投げの世界記録を御存知ですか?」

 急に始まったクイズだが、スポーツ観戦が趣味なエマには、簡単な問題である。

「えっと、女子が72m28、男子が98m48だったかと」

「正解です」

 にんまり笑うと、煉は、槍投げの姿勢に入る。

 そして、数歩、駆けた後、思いっきり振り被って、投げた。

 非常に美しいフォームだ。

 現役の選手と見紛ってもおかしくはないだろう。

 2・7m、800gの槍は、美しいを描き、吹聴屋の胴を貫く。

「「「!」」」

 幸いな事に、遠距離な分、断末魔は聞こえず、返り血も見えなかった。

 明らかに貫通した事が視認出来ただけだ。

「……吹聴屋、ですか?」

 いの一番に尋ねたのは、フェリシアであった。

 その表情は、殺人が目の前であったにも関わらず、何処か嬉しそうだ。

「そうですね」

「少佐、御三方、失礼します」

 一礼し、スヴェンは去っていく。

 死体の回収に向かった様だ。

 早く回収せねば、大使館の敷地外での殺人事件である。

 警視庁が動かざるを得ない。

 フェリシアがにじり寄る。

 多汗症の為、普段はそんな事絶対にしないのだが、それを忘れる位、煉が英雄ヒーローの様に見えるのだろう。

「先程の仕事も駐在武官の範囲内なのですか?」

 法律的には、大使館外での事なので、主権侵害である可能性が高い。

 一般的な駐在武官の仕事内容は、

・軍事に関する情報交換

・情報収集

 である(*6)。

 その為、今のは、他国の駐在武官と比べると、明らかな越権行為であり、最悪、国際問題にもなりかねない事だ。

 フェリシアの懸念に対し、煉は微笑で返す。

「一般的な仕事とは大きく掛け離れていますが、自分の場合は、陛下より厳命を頂いている為、例え無礼であっても敵対行為と見なします」

「……吹聴屋でも敵である、と?」

「はい。ウェールズ公妃プリンセス・オブ・ウェールズの様な悲劇は望んでいないんで」

「「「……」」」

 ウェールズ公妃は、トランシルヴァニア王国でも人気の高い人物であった。

 特に英系の王侯貴族の間では、1996年8月28日の離婚確定判決後、公妃を招待する動きもあった程だ。

 公妃が国際慈善活動を選び、丁重に断った為、それは破談になったが、若し、招待が実現し、そのまま移住していれば、少なくとも後の悲劇は結果論だが、無かったかもしれない。

 煉は、改めて宣言する。

「護衛対象者を守る為には、自分は喜んで手を汚します。それが例え殺人であってもです」

 

[参考文献・出典]

 *1:ニューズウィーク 2011年4月3日

 *2:JIJI.COM 2021年6月4日

 *3:JIJI.COM 2021年8月13日

 *4:時事通信 2008年11月25日

 *5:共同通信 2013年12月13日

 *6:ウィキペディア

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