第249話 ノルマンディー

 キーガンのまさかの番狂わせジャイアント・キリングにより、BIG4の権力模様は、大逆転する。

 最も勢いのあったイングランド系は2位に転落し、事実上、追放されていたアイルランド系が最上位となった。

「♪ ♪ ♪」

 夜会終了直後、キーガンは軍服を着て、煉の寝所の立哨を行っていた。

 耳を澄ませば、微かにシャルロットの嬌声きょうせいが聞こえるが、それは今では些事さじな事である。

 専属になった事で、いずれは、になる可能性があるからだ。

 幸い、煉のストライクゾーンは、広い。

 特に、ライカやスヴェンと言ったボーイッシュな女性を好む傾向がある為、司やオリビアの許可が下り次第、側室入りは、ほぼ確定だろう。

 深夜1時過ぎ。

 嬌声が止み、煉が出てきた。

「お疲れ」

「はい♡」

「初日から夜勤か?」

「そうですね♡」

「明日は、休め」

 煉の用心棒は今まで、ウルスラ、スヴェン、エレーナ(ライカの場合もあり)の3交代制(1人8時間勤務)であったが、そもそも彼は夜勤をそれ程評価していない為、極力、人数を増やし、1人当たりの勤務時間を短くしたがっていた。

 それがキーガンが加入した事で、4交代制(1人6時間勤務)となった。

 フルタイムよりも早く終われて、しかも、割増賃金な為、部下からは用心棒の人員増加は、受け入れられている。

「御配慮下さり有難う御座います♡ ですが、まだ上がれないので♡」

「分かったよ」

「今から何処へ?」

「シャワーを浴びて寝るよ」

「了解です」

 子犬の様に煉についていく。

 用心棒がこんなのだから、当然、煉の私生活プライベートはあって無い様なものだ。

 それでも前世、傭兵として世界各地を転戦していた煉には、この手は、慣れている。

 同僚の前で堂々と娼婦を抱く者も居た程のだから、今更、如何って事も無い。

 シーラの様な心酔した目で、キーガンはその後を付いていくのであった。


「……」

 チェルシーは、頭を抱えていた。

 エマ、フェリシアも各部屋で、同じ様に過ごしている。

「……先手必勝あるのみ」

 人生は、長い。

 予期せぬ事も当然ある。

 この切り替えの良さが無ければ、超競争社会の貴族社会では、負け続きだ。

 3人は、ほぼ同じ時機で決意し、翌日、面会を申し込むのであった。


 令和4(2022)年6月11日(土曜日)。

 この日も御三家は、煉の部屋に居た。

 と言っても、今回は仕事の見学だ。

 珍しく土曜日でも仕事しているのは、最近、御三家の来日の準備を優先していた為、その分、事務仕事が溜まっていたのであった。

 この他、中野学校の臨時講師もあるのだが、これについては最近、派遣回数が減少傾向にある。

 これは、煉が外交官の仕事を優先している為であって、防衛省も理解を示している。

 そもそも、本業が外交官なのに、無理を押しての業務なので、防衛省も強要する事は出来ない。

 今後、この仕事は、自然消滅となるだろう。

 中野学校にそれ程思い入れが無い煉としては、仕事が一つ減るが、本業がある為、何も問題無い。

 唯一の収穫は、エレーナと知り合い、結婚出来た事だろう。

 チェルシーが、書類に注目する。

「まだまだ電子化されていないのもあるんですわね?」

 そのどれもが国家機密や個人情報に当たる物では無い為、幾ら見られても問題無い物ばかりである。

「電子化してもハッキングされる可能性がある為、電子化には、消極的なんですよ。ハッキング対策の技術は、現在、エストニアとイスラエルから技術提供を受けている途中です。将来的には整備が整い次第、順次移行する予定です」

「成程」

「少佐は、本当にテニスがお好きなんですね?」

 壁に立てかけられたスポーツバッグとラケットに、エマは、興味津々だ。

 仕事人間、との噂がある為、執務室には仕事以外の物は置いていない、と勝手に思っていた為にギャップ萌えである。

「ああ、そうですね。好きですよ」

 それ程、集中力が要る仕事では無い為、煉も回答出来る程、余裕があった。

 前世では、野球中心であったが、現世では、オリビアの影響で始めたテニスだ。

 毎日したい程だが、仕事や家族サービスとの兼ね合いもあって、週2位でしか出来ないが。

 時間があれば、もう少し増やしたい程である。

「……」

 フェリシアは、トルコ等から贈られた刀剣や勲章に視線を奪われていた。

「……宝物に興味がありますか?」

「あ、はい……」

「煉はニコリと笑い、控えていたシャロンに目配せ。

「は~い」

 間の抜けた返事でシャロンは応じると、トルコとロシア、それぞれから贈られた小刀ヤタアン発射スペツナズナイフを用意した。

 女性が多い分、小刀はトルコには悪いが、模造刀に加工し直し、発射ナイフの方は誤射しない様に細工してある。

 この為、御三家が触れても問題は無い。

「「「……」」」

 初めて見る人を殺せる武器(小刀は模造刀なので、刺殺は出来ても斬殺は出来ない仕様になっている)に興味津々だ。

「触っても?」

 エマの問いを受けたシャロンが、煉を見た。

「良いですよ。ただ、両方ともですので、使用方法は、十分、御注意下さい」

「「「はい」」」

 そう言われたら恐怖感が出てきて、簡単には、手を出し辛い。

 残業が一通り目途が経った時、煉は、提案する。

「もし宜しければ、射撃見ますか?」

「射撃?」

 エマが、聞き返す。

「それは……失礼ですが、この国では合法でしたっけ?」

 日本で銃が限られた者でしか所持が許可されていない事は、トランシルヴァニア王国でも有名な話だ。

 この世界的に厳格な制度が、日本が世界トップクラスで平和な理由の一つであろう。

「エマ様、ここは、祖国ですよ。日本の司法は、及びません」

「あ……」

 天然な所が出たのか、エマは真っ赤になって俯く。

 そんな愛らしい様子に煉は、微笑み返す。

 2人の距離が、グッと縮まった証拠だ。


 親衛隊の訓練場に着くと、何人かの隊員が自主練を行っていた。

 事前に、「公的な場以外、行き過ぎた礼儀は不要」との布告が出されている為、隊員達が煉達に気付いても、会釈する程度である。

「少佐も自主練ですか?」

 ウルスラが話しかけてきた。

 肌の露出を極端に排除した全身タイツは、彼女の信仰心の表れである。

 逆に体の線がはっきりしている為、その分、煉は、満足しているのは、秘密だ。

「そうだよ。射撃訓練の観戦を御所望だ」

「分かりました。準備します―――」

「いや、大丈夫だ。今日は、非番だろ?」

「はい」

「じゃあ、俺達に構うな。自分の時間を大切にしろ」

 以前の煉は、「その分、残業代出すから付き合え」とのスタンスだったが、最近では、それは、減少傾向だ。

 これは、本国の経理課から「残業代等の特別手当多過ぎ」とこっ酷く叱られた為である。

 シャルロットやシーラは、煉が直接雇用している為、経理課は痛くも痒くもないが、親衛隊は、国家公務員である。

 その給料を支払っているのは、オリビアなのであるが、元を正せば、国民の血税なので、必要以上に予算を圧迫している事は言うまでも無い。

 その為、煉はやり方を変え、通常の勤務時間以外の時は、部下を休ませる方針にしている。

 残業代等の特別手当が減る分、休みが増えた為、親衛隊としては、複雑な感じだ。

「は。では、私はここで」

「うん。お疲れ」

 後ろ髪を引かれるウルスラ。

 仕事とはいえ、夫が美女を3人も連れて練り歩いているのだ。

 心が掻き乱されない訳が無い。

「ウルスラ」

「はい? ―――!」

 振り返ったウルスラは、その唇を奪われた。

「「「!」」」

 御三家も驚く。

 本国でも、煉は情熱的な愛妻家である事は、周知の事実なのだが、まさかこれ程とは思ってもみなかった。

 10秒程、キスした後、煉は離れた。

「じゃあな」

「……はい♡」

 惚けたウルスラは、腰砕けに遭った様に、跪く。

「あーあ。パパったら、又、夜這いにかけられるよ?」

「その時は、迎撃するだけだよ。シャロン、済まんが、ウルスラを医務室で寝かせてくれ」

「は~い」

 シャロンは、ウルスラをおんぶして去っていく。

 チェルシーがおずおずと口を開いた。

「……その、いつもこんな感じなんですか?」

「御見苦しい所を見せてしまいましたね。恥ずかしい話、日常です」

 隠すと、余計馬鹿を見る。

 煉は素直に認めた。

 御三家は、初めて見る夫婦のやり取りに、カルチャーショックを受けていた。

 事前情報で知っていたとはいえ、目前で将来、夫になるかもしれない男性が、他の女性とキスをするのは、正直、気分が悪い。

「「「……」」」

 自分達の反応が異常なのか、と御三家は親衛隊の反応を伺う。

 煉の言う通り、日常的な光景なのか、誰もが気にも留めていない。

 各自、訓練に励むのみだ。

 若しかしたら、この中から、ライカやシーラの様に、御手付きにあう可能性があるかもしれない為、その日の為にポイントを稼いでおこう、という魂胆の隊員も中には、居るかもしれないが。

 兎にも角にも、誰も気にしていない以上、本当に日常茶飯事らしい。

 チェルシー、エマ、フェリシアは、それぞれ思う。

(嫁入りしたら、こうなるのかな?)

(恥ずかしいけれど、愛されないよりマシかな?)

(こんだけスキンシップが激しいなら、夫婦喧嘩も少ない訳だね)

 お見合いだと、お互いを知る時間が少ない分、相性が合わなければ最悪だ。

 政略結婚が多い、貴族社会では、仮面夫婦がざらにあるのだが、少なくとも、煉とその妻達は、滅茶苦茶、鴛鴦おしどり夫婦な事が分かる。

「では、ご案内します」

 あっけらかんとした様子で、煉は、射撃室の扉を押し開けるのであった。


 ドン! ドン!

 立射スタンディングで、煉は、ブローニング・ハイパワーを打ちまくる。

 標的の人型マン・ターゲットは、沢山の風穴を開けていく。

「「「……」」」

 イヤーマフとゴーグルを装着し、御三家は、離れた場所からその様子を眺めていた。

 北欧最大の軍事大国なので、射撃をたしなむ者は多いのだが、間近で見るのは、初めてなので、御三家は興味津々である。

 華麗にガン・スピンを決め、銃架に収めたと同時に得点が表示される。


『95/100』


 命中率だけでなく、立射の姿勢まで評価されるモードの為、20発全弾、頭又は心臓に撃ち込んでも、厳しめの査定だ。

 パチパチパチパチ……

 煉が振り返ると、シーラとレベッカが、両目を爛々らんらんと輝かせていた。

 2人とも御三家同様、イヤーマフ等を装着しているが、余りにも興奮したのか、二つとも少しずれている。

「おいおい、ちゃんと着けろよ? 危ないよ」

 注意するが、余り厳しくは無い。

「だ!」

「♡」

 分かった、と敬礼する2人だが、何処まで理解しているかは謎だ。

 大きく嘆息した後、煉は2人を抱き抱える。

「シーラはともかく、レベッカ。君はこういう所に来ちゃ駄目だよ」

「どうちて?」

「危ないからだよ。最悪、死ぬかもしれないから。無暗に入っちゃ駄目だよ」

 努めて優しい口調だ。

「しぬのはやだ」

「そうだろ?」

「うん。きをつける」

「良い子だ」

 2人は、指切りで約束を交わす。

 関係上、2人は婚約者同士なのだが、それを知らぬ者が見れば、保護者と子供と誤認するだろう。

 御三家は、それぞれ思う。

(子供にも優しい……子育てにも前向きって感じ?)

(シャロン様を前世で余り看る事が出来なかった分、現世では、積極的なのかな?)

(いいなぁ。レベッカ様)

 3人の視線を感じたレベッカは破顔し、チャーチルの様なVサインを作るのであった。

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