第193話 分断国家と王政復古

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『【第33条 軍隊】

 王国は軍隊を創設・整備し、イスラム教義、二聖礼拝堂モスク、社会と祖国の防衛の任に当たらしめる』(*1)

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 この文言の違和感に気付く人は、居るだろうか?

 比較対象に自衛隊のを紹介しよう。

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『【自衛隊の任務 第3条】

 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つ為、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする』

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 自衛隊の場合は、国防に専念し、その対象には、当然ながら国民も含まれている。

 これに対し、サウジアラビア軍は、

 1、イスラム教義

 2、二聖礼拝堂(マスジド・ハラーム、預言者の礼拝堂)

 3、社会と祖国

 の防衛を任務としている。

 三つ目の中に「国民」も含まれている、という解釈も出来るだろうが、国民や領土よりもイスラム教義を最優先にするのは、聖地を管理するサウジアラビアならではだろう。

 ……

 2022年4月2日(土曜日)。

 スイス、ジュネーブの高級ホテルにて、4か国の代表者が集まっていた。

 アメリカ、サウジアラビアとロシア、イランの国家元首達である。

 それぞれの出席者は、以下の通り。

 アメリカ&サウジアラビア  ロシア&イラン

・カミラ  (大統領)   ・イゴール(大統領)

・ファイサル(国王兼首相) ・モハンマド(大統領)

 本来ならば、サウジアラビアとイランの問題なので、両国だけで片付けたいのだが両国の親玉である米露がそんな事を許す筈が無かった。

 お通夜のようなムードの中、口火を切ったのは、モハンマドであった。

 浅黒い肌で口髭を生やし、人懐っこい笑みを浮かべている彼はイラン革命以降、反米、イスラム化を重んじる体制の中では数少ない、親米派の自由主義者だ。

「大統領、NATO北大西洋条約機構を撤退させて頂きたい。日本のことわざです。『二度あることは三度ある』、ソ連、米軍に続いて、次はNATOが餌食になるかと」

「大丈夫よ。NATOは本格的な軍事介入する事は無いし。あるとすれば、人道支援くらいよ」

 足を組んでカミラは、リラックスした状態で煙草を吸っている。

 人前で喫煙するのは、流石に無礼ではあるが、誰も口にはしない。

 恐れているのか、呆れているのか。人それぞれだろう。

 一方、民族衣装のトーブを着たファイサルも負けてはいない。

「同胞で争うのは、利益が無い。ここは、一つ。各国で共同管理は如何でしょうか?」

 アフガニスタンに眠る地下資源は、以下の通り(*3)。

・石炭           4億t

・鉄鋼          100億t

・銅 金 モルブデン鉱山 3千万t

・銅           2千万t

・大理石         300億㎥

・天然ガス        1・18~19・15億㎥

・石油          3.91~35.6bbl

・コンデンセート     1・26~13・3bbl

 無論、これは、現時点で判っているだけの数字であり、今後、調査が進めば、更に上回るかもしれない。

 脱石油政策を進めるサウジアラビアにとって、なアフガニスタンの地下資源は、非常に魅力的であった。

 現在の鉱山の管理者は、タリバンと中国とされている。

 中国の企業が2008年、アフガニスタンの鉱山と契約した事を皮切りにアフガニスタンに中国の資本が入って来た。

 2016年には、両者の関係が如実に表れる出来事があった。

 2016年5月21日、当時のタリバンの最高指導者が米軍に殺害される。

 この2か月後の7月18~22日まで、タリバンの代表が訪中時、救援を要請する代わりに銅山の採掘権を中国に譲渡した、とされている。

 事実か確認が出来ていないのは、タリバン側からの発表だけで、中国は何もノーリアクションなのだ。

 当時のアフガニスタン政府は、「テロ組織の戯言たわごと」と嘲笑ちょうしょうしていたが、2021年カブール陥落後は、嗤う余裕が無くなった。

 新政府は事実上、タリバンなので、国内の統治は基本的に彼等次第なのだ。

 カブール陥落時、多くの大使館が閉鎖に追い込まれたが、中露のそれは、通常運転だ。

 2021年7月28日には、外相とタリバンの高官が会談(*4)し、組閣でも中国は評価(*5)する等、その蜜月さは、分かり易い。

 タリバンはイランとも関係が疑われており、その敵国であるサウジアラビアや新冷戦の相手であるアメリカも又、中国、イラン、タリバンの関係性を危険視していた。

「共同管理? 殿下、それは帝国主義的ではありませんか?」

 イランは、真っ向から反対する立場だ。

 カミラが、間を置かずに提案する。

「ですが、それは、平和な事なんですよ? アフガニスタンは、1990年代以降、合法的な政治的指導者はありません。北部を西側が、南部を両国が統治すればいいのではないでしょうか? ワハーン回廊を緩衝地帯として」

 人民解放軍が踏破に挑戦したワハーン回廊は、過去、緩衝地帯として使用された歴史がある。

 1890年、日本ではエルトゥールル号遭難事件(9月16日)が起きた年にイギリス人陸軍将校のフランシス・ヤングハズバンド(1863~1942)が新疆省(現・新疆ウイグル自治区)からの帰り道、ワハーン回廊でロシア帝国軍に拘束された。

 翌年、戦争が起きた後、この地は英露間の緩衝地帯に設定された。

 余談だが、ヤングハンズバンドは、1904年に西蔵チベット探検した際、彼と探検隊は、西蔵人600~5千人(*6)を虐殺した。

 このような人物が、KCSIインド星勲章KCIEインド帝国勲章を受章しているのだから、当時の人権意識の希薄さが分かるだろう。

中国人キターイェツが怒るぞ?」

「中国には、ワハーン回廊から撤退してもらう代わりに南部の一部を譲渡します」

 アフガニスタン分割―――正統な政府が無い以上、諸外国から侵略されるのは、自明の理だ。

 イゴールが問う。

「北部はどうする?」

「バーラクザイ朝を復権させるわ」

「……民族主義は大丈夫なのか?」

 バーラクザイ朝(1826~1973)は、アフガン人に国民意識を根付かせた王朝だ。

「それを抑えるのが、王家の仕事ですわ。イギリス人がスリランカでタミル人を、ベルギー人とドイツ人がフツ族を重用したように、分断統治の成功は歴史が証明しています。それに日本も、戦後、天皇エンペラーを保護した事で、国民の反発が抑えられ、占領政策が上手く行きました。王族を政治利用するのは、長所メリットしかないですわ」

「「……」」

 イゴール、モハンマドからは反論が出ない。

 アメリカの提案に乗るのはしゃくだが、理に適っている。

 それに両国とも、アフガニスタンの資源が目当てであって、国民の人権には興味が無い。

 こうして、アフガニスタンは分断国家になる事が内定した。


 2021年現在、世界で分断国家になっているのは、

・中国と台湾

・北朝鮮と韓国

 の2例のみだ。

 過去にはベトナム、イエメン、ドイツがそれに含まれているが、

・南北ベトナム 1976年7月2日(南北政府が統合)

 尚、ベトナム政府は、サイゴン陥落の1975年4月30日を統一日と認識している。

・南北イエメン 1990年5月22日

・東西ドイツ  1990年10月3日

 と、冷戦中に方法はどうであれ、解決済みだ。

 日本も例外ではない。

 戦後、連合国軍による分割統治が計画されていた。

 その内容は、以下の通り。

・ソ連  :北海道、東北地方

・アメリカ:本州中央(関東、信越、東海、北陸、近畿)

・中華民国:四国

・イギリス:西日本(中国、九州)

・蘇米中英:東京

 東京が4カ国による統治なのは、ベルリンと同じだ。

 ベルリンも戦後、東西に分けられ、

・ソ連  :東ベルリン

・米英仏 :西ベルリン

 が管理した。

 連合国軍の一員であるフランスが日本まで来れなかったのは、WWIIで相当な被害を受け、態々わざわざ極東まで派兵する余裕が無かった為だろう。

 日本の計画が成立しなかったのは、ソ連が欲を出し過ぎたのが、原因と思われる。

 ヤルタ会談でソ連は、対日参戦の見返りに北方領土占領が認められた。

 然し、終戦日の翌日の8月16日、スターリンはトルーマンに対し、北海道の半分の割譲を要求した(*7)。

 8月18日、トルーマンは、これを拒否し、アメリカによる単独統治を実行(実際には、英豪新印からなるBCOF英連邦占領軍と共同)。

 怒ったスターリンは、シベリア抑留を行った。

 更に戦後、ソ連は日本分割統治を強く求めたが、マッカーサーが拒否(*8)した為、結局、日本がドイツのような悲劇を送る事は無かった。

 結果論ではあるが、アフガニスタンの悲劇の始まりは、1973年のムハンマド・ダーウードによる政変クーデターであろう。

 それから49年後の2022年、バーラクザイ朝が政治利用されているとはいえ、この地に復活を果たすのであった。


[参考文献・出典]

 *1:サウジアラビア王国 統治基本法 1992年

 *2:自衛隊法

 *3:中国商務部等 『対外投資合作国別(地区)指南 阿富汗(2020版)』 

 *4:NHK 2021年7月29日

 *5:日テレNEWS24 2021年9月8日

 *6:ウィキペディア 死亡者の開きがあるのは、諸説ある為。

 *7:五百旗頭真『米国の日本占領政策』下 中央公論社 1986年

 *8:『地図で読むビジュアル日本史』 日本文芸社 2011年

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