第169話 新時代

 2022年3月13日土曜日。

 アメリカ、ホワイトハウス―――大統領執務室オーバルオフィス

「……国務長官、何故、伊藤を手伝わん?」

 ゴールドシュミットは、大統領に詰められていた。

 左派系の政権は伊藤を極右派とみなし、既に後任者の選定作業に入っていた。

 戦後、アメリカの歴代政権が日本に求めているのは、「ホワイトハウスに忠実であること」。

 その為、アメリカに不誠実な首相は、短命だ。

「簡単な話。日本が核武装すれば、《極東の憲兵》の復活ですよ?」

「だが、中露を刺激しているぞ?」

 日本の核武装に、嫌悪感を抱いているのが、この2か国だ。

 2か国の日本大使館前では、ほぼ毎日、反日デモが行われている。

 一方、日本でも中国大使館とロシア大使館前で、伊藤の支持者が集まり、カウンター・デモで対抗している。

 北方領土では、ロシア軍が展開し、尖閣諸島でも人民解放軍の海軍が、接近を繰り返し、日本VS.中露の対立は、深刻化していた。

「大統領、日本を利用するんです。日本が派兵出来ればアメリカ人の戦死者は減る可能性があるんですよ? アフガンを御覧下さい。米軍が撤兵した途端、瞬く間にテロリストの手に落ちました。4日間で6州の州都が陥落しました(*1)。今では、北部同盟は、崩壊。アフガンは、ソマリアになりました」

「……」

「中東政策には、日本を投入するべきです。幸い、中東では、日本の好感度が高い。イラクで日本軍が、イラク人に慕われていたことを知っていますよね? 人権を掲げるならば、より、現地民を理解している日本を投入するべきです」

「……」

 沈黙した老大統領。

 更に、ゴールドシュミットは、続ける。

「伊藤を降板させるのは、6千発を手に入れてからです」

「! それは、私が掲げる核政策とは真逆だぞ?」

「残念ながら大統領。それは、理想論ですよ。2016年、それに去年をお忘れですか?」

「ううむ……」

 2016年、2021年とアメリカは、「核の先制不使用」政策を掲げ、同盟国に理解と賛同を求めた(*2)。

 然し、2回とも、日本等が反対した為、断念した過去を持つ。

「大統領、理想論だけでは、世界は平和に出来ませんよ。キング牧師が、シャーロッツビルを予見出来ましたか? アラファトとラビンが聖地を解決させましたか? バグウォッシュ会議や貴方が慕う元大統領が夢見た核廃絶は、達成出来ましたか?」

「……」

「答えはNOですよね? 大統領、現実を見て下さい。この世界は、貴方が思っているほど甘くなく、虚飾と欺瞞ぎまん利己主義エゴイズムに満ち満ちているんです」


 アメリカの大統領の認知症が進んでいることを、イゴールは察知していた。

「……認知症が大統領とは……世も末だな」

 報告書には、アルツハイマー型認知症と記載されている。

 あのレーガンが患ったものと同種だ。

 高齢者が大統領になるのは、やはり、それなりのリスクを伴う。

 FSBの長官は、複雑そうな表情で言う。

「同志、認知症発症者が核のフットボールを持つのは、危ういことかと」

「……そうだな。もっともだ」

 冷戦以来、長年のライバルであるアメリカの大統領が、認知症とは。

 仮想敵国のロシアとしては、有利に働く一方、寂しいものがある。

「……レーガンの時は、5分間の猶予があったが、今回は、そうもないかもしれないな」

 ————

 1984年8月8日、レーガンは定例ラジオ演説の本番前のマイクロフォンテストで、

『国民の皆様、喜ばしいご報告があります。私は只今ただいまソ連を永遠に葬り去る法案に署名しました。爆撃は5分後に始まります』

 この発言は、当時、放送されなかったのが、後に漏洩され、ソ連のタス通信は、

『アメリカ大統領の比類無き敵対行動に抗議する』

『多くの人の運命を預かる核保有国のトップとして適切な発言では無い』

 と抗議し、チェルネンコも又、

『只今より米軍及び日本軍と交戦状態に入る』

 と報復した(*3)。

 ————

 レーガンの時は冗談で済んだが、現職の大統領は認知症であることから判断力の低下が予想される。

「アメリカに、

・同志アルヒーポフ(1926~1998 キューバ危機を防いだソ連海軍副艦長 )

 や、

・同志ペトロフ(1939~2017 1983年、米の誤動作による攻撃情報を誤検知と判断

                   し、報復措置を採らず)

 のような良心的愛国者が居るのか?」

「居ません」

「はっきり言うな?」

「大統領、御言葉ですが、今まで居ましたか?」

「はっはっはっはっは。それもそうだな」

 イゴールは大笑いし、一旦、間を作った後、

「長官、べノナ文書ファイルの遺産を使え」

 ———

『【ベノナ(ベノナ計画プロジェクト

 後のUKUSA協定や国際的監視網の起源となるもの。

 1943年から1980年まで37年間の長期に渡って、

・アメリカ合衆国陸軍情報部(通称アーリントンホール、後のNSA国家安全保障局)

・イギリスの政府暗号学校(後のGCHQ政府通信本部

 が協力して行った、ソ連と米国内に多数存在したソ連スパイとの間で有線電信により交信された多数の暗号電文を解読する極秘プロジェクト(シギント)の名称。

 解読されたファイル群をヴェノナ文書ファイルと呼称する事もある』(*3)

 ———

「は」

 アメリカには、ロシアに無い弱点がある。

 人種差別だ。

 戦前の大日本帝国の右翼団体の一つ、『黒龍会』もこれに注目し、中根中なかねなか(1870~1945?)が1930年代~1940年代にかけて、米国内で黒人解放運動を主導(*4)。

『日本人は黒人と同じく有色人種であり、白人社会で抑圧されてきた同胞である。

 そして、日本は白人と戦っている』

 と黒人社会を扇動し、暴動を頻発させた。

 その中で最も激しかったのは、デトロイト人種暴動(1943年)である。

 この時、アメリカの兵器生産拠点であったデトロイトを3日間機能停止にさせることに成功した。

 彼以外にも大日本帝国の支援によって活動した工作員・疋田保一による『黒人宣伝プロパガンダ政策』でも暴動を発生させている。

 ロシアもこの成功例に倣い、アメリカを人種的に分断させようとしていた。

 昨今のアフリカ系住民に対する白人警官の暴力事件と、2021年に起きた合衆国議会議事堂事件も、裏でロシアが糸を引いていた。

 アメリカ同様、多民族国家であるロシアでも、このようなことは起きる可能性があるが、アメリカほどの自由権が無いロシアでは暴動が起きても、強権で

 戦前は公民権法が無く、強権で弾圧することが出来たが、今は人権思想の向上から、無視は出来ない。

 現在、ロシアの工作が成功している為、今後は政権を転覆させることは十分にあり得る筈だ。

「冷戦では負けたが、新冷戦で勝つのは、ロシアだ」

 イゴールは、三色旗に勝利を誓うのであった。


 アメリカでは、内部の対立。

 ロシアでは、対米政策の重視が進む中、日本では、来たるべき国民投票への準備が着々と進められていた。

『―――「性的少数者は家族が出来ない分、不幸せ」という意見がありますが、私自身、そうは思いません。女性同士の夫婦であれば、人工授精、男性同士の夫婦であれば、養子という選択肢が御座います』

『『『……』』』

 与党議員の熱心な説明に、芸能人は傾聴している。

 最近では、LGBTへの理解が広まり、パートナーシップ宣誓制度を各自治体が導入している。

 然し、中々進まない自治体もある。

 それは、山口県宇部市だ。

 保守王国・山口県の一角を担う都市の為か、パブリックコメントを行った市民の多くは、この制度に反対派で制度自体は決まっているものの、導入が見送られているのが現状だ(*5)。

 与党としては保守王国の牙城を崩したい為、このような選挙区でも票を集めたい。

 だからこそ、議員が直々にテレビ出演し、制度を説明しているのであった。


[参考文献・出典]

*1:JIJI.COM 2021年8月9日

*2:共同通信 2021年8月9日

*3:ウィキペディア 一部改定

*4:出井康博 『日本から救世主(メシア)が来た』 新潮社 2001年

*5:朝日新聞デジタル 2021年3月4日

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