第152話 薔薇と愛

 令和4(2022)年2月23日水曜日、天皇誕生日。

 今日は、国民の祝日だ。

 天皇誕生日だけあって、多くの家では、玄関先に日章旗が掲げられる。

 新型ウィルスの経済対策で配布された商品券を手に、多くの客が詰め掛けていた。

 収束しつつあるとはいえども、油断大敵。

・マスク着用

社会的距離戦略ソーシャル・ディスタンス

 の文化は、守られており、更にワクチン・パスポートの御蔭で更に安価で買物出来ることもあり、大賑わいだ。

 我が北大路家も、家族総出で行きたい所だが、生憎、病院である以上、滅多に外出は出来ない。

 京都旅行も無理をしていったのだ。

 急患や終末医療ターミナルの人相手を尻目に大手を振って買物は、行き難い所がある。

「折角の休みだし、何処かに行けば?」

 白衣の皐月が、そう提案する。

「良いよ。土曜日、映画に行くし」

 皐月の肩を揉む俺。

 朝から珈琲を淹れ、サンドイッチを作り、食事中は肩揉み。

 妻(事実婚だが)に尽くす主夫である。

「有難う。もう大丈夫よ」

「そう? 何かすることは?」

「じゃあ、休みなさい」

「はい?」

「司が心配していたわよ。『最近、たっ君の体調がおかしい』って」

「そうかな?」

 我が家では、病院だけあって、

・検温

・血圧測定

・血糖値測定

 等を毎日、行うようになっている。

 高熱の場合、PCR検査ポリメラーゼ連鎖反応も忘れない。

 司が心配するのは、俺の数値が最近、悪いからだろう。

「家長命令よ。休みなさい」

「……分かったよ」

 去り際に皐月と口付け。

「分かってるじゃない?」

だからな」

「そうね」

 破顔一笑で皐月は、耳を赤くするのであった。


 久々に1日オフになった俺は、私室に戻る。

 ベッドには、昨晩、同衾したシャルロットが寝ていた。

 朝7時半。

 祝日なので、もう数時間は、惰眠を貪りたい所だ。

 シャルロットを起こさぬよう、ソファで寝転がる。

 規則正しい生活を送っているが、睡眠の質によっては、昼寝もしたい時がある為、もう少し寝るのも良かろう。

「師匠♡」

「パパ♡」

 ぬっと、顔を出す内弟子2号と愛娘。

「お早う」

「お早う御座います♡」

「お早う、パパ♡」

 2人は、昨晩、別のベッドで寝ていた。

「どった?」

「一緒に寝よ~♡」

「はいです~♡」

 俺の了解を得ずに2人は、俺の両脇に寝転がる。

「パパ、今日、休み?」

「そうなった。少し寝る」

「分かった。お休み」

「ああ、お休み」

 最初にシャロンからキスを貰う。

「お休みなさいです」

「お休み」

 次にスヴェンから。

 たまには、こういう日も良いだろう。

 毎日、走り続けた俺の心身は、無意識の内に休みを求めていたのだろう。

 2人を抱き締めながら、直ぐに微睡まどろむ。

 そして、数分後には寝息を立てているのであった。


 村上率いる反乱軍は、着々と準備を進めていた。

 情報漏洩を避ける為に会合は、少人数で。

 時勢に合わせて、リモート会議も忘れない。

 会議が始まる前、反乱軍の幹部達が、雑談していた。

『売国奴の福田が、行方不明になったらしいぞ?』

『あの大物が?』

『ああ、テレビ業界は、大騒ぎだ。一部の左派系のテレビ番組は、政権批判に使いたい所だが、確固たる証拠が無い為、動くに動けないそうだ』

 行方不明になった=政権の仕業、というのは、余りにも短絡過ぎる為、反体制派のテレビ局としては、そんな陳腐な脚本じゃ、世論を誘導出来ない為、困っているのだろう。

 ここが某国なら記者の行方不明は珍しくない。

 日本には、幸か不幸か、報道の自由があるのだから。

 ———

『【第21条】

 1、

 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 2、

 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない』(*1)

 ———

『犯人は、公安って噂だが、最有力候補は、トランシルバニア王国の大使館職員・北大路煉だ』

『『『……』』』

 村上達の視線が、提示者の画面に集まる。

 提示者は、これ見よがしに、煉の旅券の複写を見せた。

『奴は、日本人だが、何故か高校生にして、特殊部隊の少佐を務め、国王のお気に入りだ。外交官特権でやりたい放題だよ。京都でも活躍したようだし』

『畜生。あれほどの腕があるなら、仲間に引き入れるんだったな』

 反乱軍は昭和維新が失敗したことから、令和維新成功の為には、煉の加入が必要不可欠、と考えていた。

 日本人でありながら、トランシルバニア人であり、ホワイトハウス、クレムリンとも良好な関係を構築している。

『幕僚長、標的に病院を加えれないだろうか?』

『家族と患者を人質にするのか?』

『はい。奴は、そこが弱点です。維新の成功の為には、我々は、マキャベリストになる必要があるかと』

 政変が失敗した後の末路は、悲惨だ。

 直近では、トルコ政変未遂がその例だろう。

 イスラム化を目指す保守政権に対し、危機感を募らせた軍部の一部が『祖国平和協議会』を組織し、挙兵。

・参謀総長    →身柄拘束。

・大統領→大統領機を撃墜寸前まで追尾。

 等、成功しかけたが、結局、

・計画自体の不備

・国際社会及び国民からの反発

 等から失敗した。

 そして、政変に関わった、とされる多くの人々が粛清され、一時は、死刑の復活が検討されたほどだ。

 又、彼等が成功に拘るのは、これが理由ではない。

 前年、2021年2月1日に発生したミャンマー政変も挙兵の動機の一つだ。

 民主派の政権と軍部が対立していたミャンマーでは、2020年11月8日に行われた総選挙で与党・NRD国民民主連盟が、改選議席476議席の内、396議席を獲得しした。

 この結果に軍部は反発。

 年が明けた2月に遂に挙兵した、という訳であった。

 当然、民意を覆すこの蛮行は、国際社会の反発を招き、日米印等が、政府を支持。

 一方、軍部は、彼等とは敵対関係にある中国やロシアに接近する等し、ミャンマーは、諸外国の代理戦争の舞台になりつつある。

 反乱軍曰く、

・北朝鮮

・ロシア

・中国

 と独裁国家に包囲される日本は、強権的な軍事独裁政権で国民を束ねなければならない――ーと考えている。

 当然、多くの国民は、そんなことを望んでいない為、非合法を承知で政変クーデターを選んだのであった。

『幕僚長、奴は、土曜日、朝割引モーニング・ショーで、病院には居ません。病院を占拠することは可能です』

『それは良いが、成功率はどのくらいなんだ?』

『問題は、目の前の大使館ですね。駐在武官がどう対応するか』

『『『あー……』』』

 北大路病院の目前にあるトランシルバニア王国は、北欧最大手の軍事大国だけあって、駐在武官の練度が高い。

 一度、KKKからの攻撃を許したものの、基本的には、侵入者を許さない。

『攻撃目標には、加える。ただ、大使館が動きを見せたら撤退するんだ。無駄に敵は増やしたくない』

 反乱軍は、反共を掲げている。

 世界トップクラスのは反共主義を掲げるトランシルバニア王国とは、その辺の所は、共通している為、理解してくれるだろう。

『分かった。病院も占拠しろ。それと少佐の動きも注意しろ。逆上して奪還してくる可能性がある』

『『『は』』』

 反乱軍の計画は、着々と進む。


 反乱軍の事は公安に任せている為、俺がその情報を知る由もない。

 昼まで惰眠を貪った後、

・司

・オリビア

・シャロン

・シャルロット

・エレーナ

 の5人とランチだ。

「たっ君、はい、あーん♡」

「おいおい、焦げてるぞ?」

「うん♡」

「勇者様、わたくしのは、上手く出来ましたよ」

「おー、旨そうだ」

 厚焼き玉子を頬張る。

 少し甘い。

「美味しいよ」

「有難う御座いますわ♡」

 次に司の作った分。

 焦げてる部分が気にはなるが、不味くは無い。

 オリビア御手製の物より少し、しょっぱい。

 こちらは、塩が多めのようだ。

「パパ、デレデレし過ぎ。私のも食べてよ」

 シャロンが目玉焼きをアピール。

「分かってるよ。ただ、卵は飽きたよ」

「え~……」

 唇を尖らせるシャロン。

 それに、俺達は、笑った。

「大丈夫。後で食べるよ」

「本当?」

「本当」

 シャロンを抱っこして、その頬にキス。

 前世での唯一の娘だ。

 今は、事実上、妻の1人だが、大事にしなければならない。

「それで少佐、映画、決まったの?」

「いや。未定」

「たっ君、早く決めた方が良いよ。朝とはいえども、土曜日だから混雑するかもだから」

「了解。因みにエレーナは、何だったっけ?」

「『100日間泣いた猫』。シャルロットと一緒だよ」

「そうだったな」

 シャルロットを見ると、「2票獲得」と言った感じで嬉しそうだ。

「アニメ映画だけど、興味ある?」

「抵抗は無いよ」

・ドキュメンタリー

・アクション

・アニメ

・サスペンス

 何でも掛かって来いだ。

 シャルロットの手を握る。

 正妻が居る中で、愛人を優先するのは、良くは無い。

「シャルロット、土曜日、楽しみにしているからな?」

「分かってるって♡」

 俺達の雰囲気にオリビアが、眉を顰める。

「何ですの?」

「シャルロット」

「うん。―――殿下、私は、映画館がほぼ初めてなんです」

「え? そうなの?」

 司も驚いた。

「若しかして、家で観る派?」

「いえ、そういう訳では……その束縛された生活だったので」

「「「「あー……」」」」

 司、オリビア、シャロン、エレーナの言葉が重なる。

 シャルロットは、前夫との夫婦生活でDV家庭内暴力を受けていた。

 自由に映画館に行ける、等、夢のまた夢であろう。

 その分、今回、嬉しいのだ。

「じゃあ、今回の主役は、シャルロットだね」

「そうですわね」

「パパ、そういう事で」

「新婚だけど、愛人に譲ろう」

 4人は、潔く撤退する。

「え? え? え?」

「だそうだ」

 俺は、シャルロットを抱き寄せる。

「司の言う通り、君が主役だよ。土曜日、宜しくな?」

「良いの?」

「良いよ」

「……有難う」

 相当、嬉しかったのか、泣き出すシャルロット。

 前夫との夫婦生活では考えられなかったことだ。

 4人は、優しくその頭を撫でる。

 北大路家にシャルロットを嫌う者は居ない。

 その様子は、まさにそれを物語る象徴的な光景であろう。


[参考文献・出典]

 *1:e-Gov法令検索

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