第151話 前門の虎後門の狼

 中国の国威発揚に終始した北京五輪は、無事(?)終わった。

 次は、3月4日から13日まで行われるパラリンピックだが、五輪同様、参加国が少ない為、五輪と比べると世界的なニュースになることは少ない。

 2月20日日曜日、午後9時。

 昼の福田殺害の報告書を公安調査庁に送信した俺は、風呂に浸かっていた。

「……」

 久し振りのだった為、無意識に緊張していたのだろう。

 入浴するだけで眠い。

 浴槽に肩まで浸かって、船を漕いでいると、

「失礼しま~す」

 快活かいかつな口調と共にスヴェンが入って来た。

「師匠、御背中流しますよ?」

「有難いが、もう洗い済みだ」

「そうですか?」

 スヴェンは、一糸纏いっしまとわぬ姿を見せ付ける。

 元モサドだけあって、その健康美は恐らく日本一かもしれない。

 掛かり湯をし、入浴する。

 そして俺に尻を向け、足を無理矢理、開かせ、その間にちょこんと体育座り。

 俺の意思を無視する、親不孝な内弟子だ。

 まぁ、良いけど。

「師匠♡」

『見返り美人図』のように振り返る。

「師匠の腕を認めた首相官邸ベイト・アギオンが、師匠に武勇記章の推薦を検討しているようです」

「有難い話だけど、必要無いな」

「そうですか?」

「武勇記章は、イスラエル最高の勲章だよ。イスラエル人でもない俺には、不適格だ」

 この手の話は、よくある。

 多くの場合は、勧誘目当てだ。

 勧誘の数ほど、それだけ能力が認められている証拠の一つだろう。

 スヴェンを抱き締める。

「あ♡」

「無位無官で良いよ。肩書に拘りは無い」

「そうですか?」

「ああ。今のままで十分だよ」

「師匠♡」

「ああ」

 すりガラス越しに2人は愛し合う。


 昔話をしましょう。

 そうですね。

 私―――シーラの秘密を御教えます。

 現代日本では、中々なかなか見掛けないでしょうが、世界中には、路上生活を行う子供達が大勢居ます。

 有名ところで言えば、

①マンホール・チルドレン  例:モンゴル

②コッチェビ        例:北朝鮮

③チャウシェスクの落とし子 例:ルーマニア

 でしょう。

 これらの子供達は、日本人に分かり易く言えば、終戦直後の戦災孤児が近しいでしょうか。

・薄汚れた顔

・親、住所ともに不明

・時々、空き地の土管で寝泊まり

 などする彼らは「浮浪児チビ太」と呼ばれ、昭和30年代までは珍しくなかったそうです。

 現代、このような子供は、居ても直ぐに保護されるでしょう。

 世界の中では、豊かで且つ人権意識が進んだ日本は、その分、幸運と言えると思います。

 所謂、国ガチャでは、日本は、の部類に入ります。

 え?

 何故、断言出来るのか?

 簡単な事です。

 私も共産主義者コミュニスト落とし子ですから。

 

 何度も申し上げる通り、トランシルバニア王国は冷戦期、共産国でした。

 当時の政権は、ルーマニアの多子化政策に影響されて、それをそのまま採用しました。

 その政策とは、

・避妊具販売禁止

・中学生の出産奨励

・45歳未満の女性は子供を4人産むまで中絶禁止

 等。

 当時は、子供が1人増える毎に奨励金が支払われていたのですが、経済悪化につれて、当然、奨励金は払われなくなるにつれて、口減らしの為、捨て子が増加。

 運よく孤児院に保護された子供の多くも、杜撰ずさんな医療体制の下でHIVに感染。

 地下で暮らすようになった子供達も寒さを凌ぐ為、その多くがシンナーに手を出し、その結果、中毒者になりました。

 この多子化政策は、ルーマニアが経済が好調だった時に採用したので、当時の価値観では、成功は当然の事だったのでしょう。

 然し、歴史は語っています。

 名君だったチャウシェスクは、徐々に独裁化。

 最後は、ルーマニアを滅茶苦茶に破壊してしまいました。

 なので、1989年のクリスマスの死刑は、当時の国民感情は理解が出来ます。

 我が国―――トランシルバニアも同じでした。

 多子化政策の御蔭で人手不足は解消されましたが、その分、各家庭では生活費が高くなり、口減らしが横行。

 ルーマニア同様、ストリート・チルドレンが増加。

 一部が愚連隊を作り、治安も悪化。

 その上、時は冷戦末期。

 経済は悪化し、西側諸国からの情報機関が工作活動を活発化させ、まさに内憂外患と言った状況に陥ります。

 私の家系は、そのストリート・チルドレンでした。

 私の先祖は、時にさげすみ、差別を受けながらも強く生きました。

 今でこそ、北海油田の開発により、経済は安定し、保護されるようになりましたが、やはり、それほど時間が経っていない為、元ストリート・チルドレンへの差別は、時にあからさまです。

 軍人になってからは、減りましたが、やはり、差別は中々無くなりません。

 そんな中、私の希望は、少佐です。

「……」

 少佐の写真集を眺めています。

 少佐は、秘密主義者で明治天皇や西郷隆盛のように写真嫌いで有名ですが、身分上、貴族なので、陛下の勅令には逆らう事は難しい。

 公式な場では、幾ら嫌がっても、撮影を拒否することは、ほぼ不可能です

 その時に撮られた写真を私はかき集めて、密かに写真集を作っていました。

 御本人の許可を得ていない為、当然、非合法は、重々承知ではありますが。

『恋は盲目』。

 少佐に恋した女性は、大抵、周りが見えなくなるのです。

「少佐♡」

 思いを馳せて、写真の口とキス。

 変態感は否めませんが、私はスヴェン並に少佐に関しては、痴女であります。

 命令されれば、どんな変態行為でも、喜んで行うでしょう。

 写真が唾液塗れになった所で、ようやく止めます。

「……ふぅ」

 一呼吸吐いた後、休息していると、

 ♪ ♪ ♪

「!」

 突如、スマートフォンが鳴り、私は心臓発作を起こしそうなくらい、驚きました。

 確認すると、相手は、シャロンでした。

「……もしもし?」

『シーラ。今、大丈夫?』

「う、うん……」

 落ち着かせつつ、私は居住まいを正します。

『26日、空いてる?』

「うん。空いてるよ」

『じゃあさ。朝割引モーニング・ショー行こうよ。パパも一緒だよ』

「! 少佐も、ですか?」

『うん。「久々に映画観たい」って言ってたから一緒に行く事になったの。皐月と司は、病院があるから無理だけど、エレーナ、シャルロット、スヴェンも行くみたいよ』

「……ナタリーは?」

『さぁ? 今、パパが誘いに行ってるから―――』

「行く。少佐は、ナタリーの部屋?」

『多分―――』

「分かった。有難う」

 電話を切って、ボサボサの髪をくしで直し、私は、直ぐに部屋を出ました。

 シャロンには悪いが、事態は緊急を要します。

 同僚ではあるものの、ナタリーと少佐が2人きりで会うのは、嫌でしたから。


『朝割引なんてのあるのね?』

 俺の誘いにナタリーは、意外にも好感触だった。

『料金は?』

「誘ったんだから当然、俺持ちよ」

『有難う……そのシーラも誘ったの?』

「今、シャロンが聞いてるよ。来るか如何かは知らん」

『……そう』

 珍しく、嬉しそうに笑う。

 今日は、機嫌が良いらしい。

『映画は、決まっているの?』

「いや、大所帯だから、流石に一つの映画を全員で観るかどうか分からない。だから、映画館までは、皆で行って、そこで観たい者同士で、それぞれ好みの映画を見に行くことを考えている」

 現在の参加者は、

・俺

・オリビア

・ライカ

・シャロン

・エレーナ

・シャルロット

・スヴェン

 の7人。

 ナタリー、シーラが加われば、合計9人だ。

 9人の嗜好が一致することは、難しいだろう。

 なので、そのような、臨機応変な方法が採られたのである。

『貴方は、何観るの?』

「『ADMIRAL TOGO』」

『ああ、あの話題作の」

 俺が観たいのは、『ADMIRAL TOGO』。

 その名の通り、東郷平八郎を題材とした日本とトルコの合作映画だ。

 日土合作は、平成27(2015)年に公開された『海難1890』(日土友好125周年記念)以来、7年振り2作目になる。

 両国は、エルトゥールル号遭難事件以来、良好な関係を保ち、今回の映画も日土友好130周年を記念して制作されたのが、公開予定だった令和2(2020)年が、新型ウィルスにより延びに延び、結局、公開予定から2年経った今年、ようやく日の目を見ることになったのである。

 余談だが、この映画はロシアから評判が悪い。

 日露戦争を題材にしている分、ロシアが悪役なので、ロシアでは、上映禁止の憂き目に遭っている。

「ナタリーは?」

『ううんとね』

 スマートフォンでググる。

『これ』

 ナタリーが見せたのは、『皮膚スキン』という映画であった。

 粗筋は以下の通り。

 -——

『アラバマ州で活動していたKKKのジャックは、ある日、突然、有色人種だけの異世界に飛ばされてしまい、そこで差別に遭ってしまう。

 拷問を受け、改心するも、時既に遅し。

 皮膚が剥がされて、ジャックの命は風前の灯に。

 果たして、ジャックは、生きて帰ってこられるのだろうか……?』

 ———

 HPで内容の殆どを公開している感は否定出来ないが、ちょっとそそるものがある。

 異世界転生は、日本からの影響だろうか。

「面白そうだな?」

『でしょう?』

 うふふと、ナタリーは微笑む。

 何だその顔も出来るじゃないか。

 実子のように見ていると、―――ピンポーン。

「シャロンかな?」

『開けて頂戴』

「へいへい。御嬢様」

 言われた通り、扉を開ける。

「(少佐!)」

「おお?」

 開けた途端にシーラに抱き着かれた。

「どった?」

「(……何でもないです)」

 ナタリーを睨んだ後、俺の胸筋に顔を埋める。

『……』

 あれれ?

 オカシイゾ?

 後方から殺気が漏れているような。

 シーラは、俺の背中に手を回し、そこから一歩も動かない様にする。

『ち……ち……ち……』

 舌打ちが止まらないんですけど?

 英仏の植民地支配に巻き込まれ、緩衝国になったタイのような気分だ。

 如何やら、俺の想像以上に2人は、仲が悪いようだ。

 仕事上では、喧嘩しないのに。

 不思議がる俺にナタリーは、足蹴りするのであった。

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