第133話 Ricardo López

 鉄工所にて。

 拷問に遭った男はその後、焼け焦げた状態で、京都のヤクザに渡される。

「「「……」」」

 その酷い状態にヤクザもドン引きだ。

「少佐、流石にこれじゃ、売り物になりませんよ?」

「申し訳御座いません。つい、なって」

「「「……」」」

 ヤクザの間でも俺の狂暴性は有名なようで、誰も俺を脅したり、攻撃するようなことはない。

 岡田と親しい関係なのも理由だろう。

 ヤクザ達は、溜息を吐いた後、

「違約金は、払って頂きますよ?」

「分かっています」

 シーラが、ジュラルミンケースを開く。

「「「おお」」」

 びっしり詰まった福沢諭吉にヤクザ達は、歓声を上げる。

 暴対法で口座を持てない彼等は、現金主義だ。

「3億円です。お使い下さい」

「……違約金かね?」

「はい。に比べれば安いですが、タダよりかはましでしょう?」

「「「……」」」

 国家を敵に回すな、という裏のメッセージを受け取ったようで、

「……分かった」

 ヤクザが、ジュラルミンケースを受け取った。

「ムラートの野郎は、大江山に居ます」

「大江山?」

「はい。そこで極左とつるみ、匿われています」

「鬼伝説の山ですね?」

 大江山は、和歌に採用されるくらい、有名な山だ。

 登ったことはないが、授業で習った以上、俺も知っている。

「はい。そこで、軍事訓練を行っています」

 昭和44(1969)年11月5日、大菩薩峠だいぼさつとうげ事件が起きた。

 赤軍派が首相官邸と警視庁を襲う為に山梨県の大菩薩峠(標高1897m)の山中で武装訓練を行おうとして、凶器準備集合罪で逮捕され、一気に弱体化した出来事だ。

 この時の様にテロリストは、山で訓練をしているようだ。

「兵隊は?」

「50人です」

「結構居ますね」

「こちらから、兵隊をお貸ししましょうか?」

「いえ、お気遣いなく。これからは、本職の領域なんで」

 本職の前で本職を言うのは、違和感があるが、実際、殺しについては、俺の方が経験者だ。

 ヤクザ達は、俺の度胸の強さに感心する。

「少佐が同業者じゃなくて良かったですよ」

「こちらもです」

 俺達は、別れる。

 ヤクザは、アメリカ政府が危険視するほどの存在だ。

 ある高名な組長が手術の為に渡米した所、ESTAビザ免除プログラムで弾かれ、結局、とんぼ返りを余儀なくされた話がある。

 又、ある元ヤクザによれば、アメリカ政府は、

・和柄の刺青

・指詰め

 の入ったヤクザの入国を極端に嫌う、という。

 両方ともアメリカでは、見られない文化なので、奇異に映り、恐怖心が増すのかもしれない。

 近年では、財務省が特定の暴力団関係者の資金を凍結する等、金融制裁を行っている。

 テロリストでもないのに、そんなことをするのは、それほどの経済力や影響力を心配してのことだろう。

 ロビンソンも俺がヤクザと接触することを好ましく思っていない。

 まさに触らぬ神に祟りなしなのだ。

 鉄工所を出て、車に乗り込む。

 車内では、シャロン、スヴェン、ナタリー、エレーナが待っていた。

「師匠、何処へ?」

「鬼退治だ」


 新幹線の線路を破壊したテロリスト、ムラートは何とか日本人協力者の援助により、入京していた。

 チェチェン人の戦友を殆ど失い、今の同志は国電同時多発ゲリラ事件(1985年11月29日)を起こした極左暴力集団だ。

 彼等はムラートの犯行に、昭和60(1985)年当時を思い出し、参加したのであった。

 既に年金生活者の年代の彼等だが、生活に困窮し、現体制に不満を持ち、人生最後の一花咲かせよう、ともしていた。

「凄いな。日本でこれほど、武器が手に入れるなんて」

「幾らでも抜け道はあるからな」

 テロリストは、わらう。

 頭領・富田は、現役時代、警察官や自衛官を標的に殺傷し、懲役30年の刑に服した。

 今なら無期懲役、或いは死刑だろう。

 昭和は、令和の現在と比べると、結構、罪が軽い所がある。

 国電同時多発ゲリラ事件の約半年前に起きた豊田商事会長刺殺事件(1985年6月18日)の犯人2人はそれぞれ懲役10年と8年。

 生中継のカメラの前で起きた殺人事件にも関わらず、この軽さは今なら司法への非難になっていた事だろう。

 戦後最悪の監禁事件の一つに挙げられる岡田更生館事件(1946~1949)でも、76人(72人とも)もの犠牲者が出たにも関わらず、裁かれたのは、

・業務上横領罪

・私文書偽造罪

 のみ。

・殺人罪

・暴行罪

 は、含まれなかったのだ。

 又、寿産院事件(1944~1948)でも推定85~169人もの犠牲者が居るにも関わらず、犯人達は、

・無罪

・懲役4年→後、懲役2年に減刑。

・懲役8年→後、懲役4年に減刑。

・禁固4年

 と、死者数や事件の内容を考慮すると、余りにも軽過ぎる内容で済んでいる。

 岡田更生館事件、寿産院事件、戦後直後の混乱期だけあって、司法もその程度で済んだのかもしれないが、やはり、現代の感覚だと、違和感を覚えるだろう。

 人生の大半を塀の中で過ごし、出所後は、生活保護で暮らす富田。

 無職だからこそ失うことが無いからこそ、犯罪への抵抗感が薄いのだった。

同志タヴァーリシチ、俺達は市内の寺社仏閣を狙う」

「陽動作戦か?」

「そうだ。あんたは、皇女が憎いんだろう?」

「ああ」

「俺達が攪乱かくらんさせるから、その分、成功し易いだろう?」

 富田率いる過激派は、

・京都寺社等同時放火事件(1993年4月24~25日)

・平安神宮放火事件   (1976年1月6日)

 の様な事件を画策していた。

 根っからの共産主義者である彼等は、神仏の全てを否定している。

 その為、如何なる宗教施設もテロの対象なのだ。

 組織名は、『日本革命軍』。

 その名の通り、革命を目指す武装勢力だ。

 日本では世界トップクラスに厳しい銃規制の御蔭で中々、一般人が銃器を手にすることは難しい。

 入手する場合には、猟師か、警察官等の公務員になるしかないだろう。

 然し、どちらにせよ、銃器に関しては厳しい審査がある為、結局の所、難しいのは変わらないのだが。

 その時、

「うわ」

 富田は、顔をしかめた。

 ムラートも思わず目を逸らす。

 暗闇の中に突如、アパッチが登場したのだ。

 本来、激しい羽音がする筈なのだが、まるでステルス機のように無音であった為、気付くのに遅れた。

 アパッチは、ヘルファイアで隠れ家アジトの山小屋を破壊。

 それと同時にピックアップトラックで煉達が到着。

 荷台に載ったまま、銃撃を始めた。

「糞! 散らばれ!」

 桶狭間の戦いのような急襲だった為、日本革命軍は寝耳に水だ。

 次々と討ち取られていく。

 真夜中にも関わらず、正確に撃たれるのは、ゴーグル型暗視スコープの為だ。

 煉はシャロンと。

 スヴェンは、エレーナと組んで活動している。

 煉とシャロンは、ベレッタで突撃し、スヴェンとエレーナは、ドラグノフ狙撃銃で後方支援だ。

 今回の作戦は、トランシルバニア王国の単独であった。

 外国が他国の領土内で軍事活動するのは、イスラエル軍がウガンダで行ったエンテベ空港奇襲作戦(1976年7月3日)以来だろう。

 この時は人質救出作戦だったが、今回は軍事作戦の為、若干の違いはあるにせよ。

 煉達は、容赦しない。

 非武装であったテロリスト達を虐殺していく。

(師匠♡ 格好良い♡)

 狙撃しつつ、スヴェンは、惚れ惚れしていた。

 スコープの中の煉は、水を得た魚のように生き生きと動いている。

「スヴェン、何見てるの?」

「師匠ですよ」

「余裕だね?」

「逃してないよ」

 そう言って、スヴェンは撃つ。

 元モサドだけあって、その腕は一級品だ。

 エレーナよりも上であろう。

 エレーナも撃ちつつ、尋ねる。

「私には、見えないから少佐の良さが分からない。イケメンなの?」

 狙撃しつつ、ガールズトークが始まる。

「御世辞にもイケメンとは言い難いですね」

「あら、そうなの?」

「どっちかというと、悪人面です」

 煉に妄信するスヴェンだが、意外にも美的感覚は、一般的だ。

 美男子と不細工を見分けるくらい出来ている。

「貴女は、愛人なの?」

「そうですね。内弟子兼愛人、という感じです」

「籍は入れないの?」

「妻になると、現場に立つ機会が少なくなると思いますから」

 愛妻家・煉は、妻を心配させたくないが為に平気で嘘を吐き、観戦武官にもさせい。

 司、オリビアが、非戦闘員なのだからでもあるが、恐らく、シャロンとも正式に結婚すれば、相棒バディを解消するだろう。

 それくらい家族思いなのだ。

 スヴェンが望んでいるのは、煉との結婚ではなく、現状維持。

 愛人のままだと、この状態を維持出来るだろう。

「……私も少佐を好きになった方が良い?」

「と、言うと?」

「チームのメンバー、全員が、少佐のこと大好きだから」

「そうですね」

 スヴェンは、苦笑いしつつ、又、1人、撃つ。

「でも、それは、ルールじゃないですよ。好きも嫌うも自由です。師匠は、寛容であり、貴族ですから、今の収入だと、100人の女性を簡単に養えるでしょう」

「……貴女は、嫌じゃないの? 恋敵が増えて」

「嫌ですよ」

 怒りを込めて、もう1人、射殺。

「でも、それ以上に師匠と離れ離れになりたくないんです」

 引き金に更に力が込められる。

「師匠と別れるくらいなら、私は、師匠を殺して後を追いますよ」

「……」

 妄信的な愛は、時に人を壊す。

 世界的人気な歌手のストーカー、リカルド・ロペスは、彼女が結婚したことを逆恨みし、彼女の自宅に開いたら酸が発射される特殊な本を送った。

 そして、その作業工程と自殺までを映像で記録した。

 幸運にも、その本はロペスの住むフロリダから、歌手の住むロンドンに郵送される際にロンドン警視庁が押収した為、歌手に被害が及ぶことは無かった。

 スヴェンは、ロペスのようなストーカーだろう。

「……貴女の恋を応援するわ」

「有難う御座います♡」

 スヴェンは微笑んで応え、狙撃を続けるのであった。

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