第132話 TORTURE

 令和4(2022)年1月28日金曜日。

 二条城や御所、東寺、清水寺等、各地を周った司達は夕方、ホテルに入る。

 チェックインし、部屋に入ると、

「御帰り」

「! たっ君?」

 司は喜んで、俺に抱き着く。

 オリビアも驚いていた。

「御怪我は……?」

「治ったよ」

 2本足で立つ俺を見て、司は、大喜び。

「本当?」

「本当だよ」

 骨折した場所だけ痛いが、後は、もう無痛だ。

 アメリカ製の強烈な痛み止めが効いたのだろう。

 訴訟大国のアメリカの薬は、裁判対策の為に効果が強め、とされる。

 慣れていない日本人が服用した場合、強烈な副作用が出るかもしれない。

「たっ君、無理しちゃ駄目だよ?」

「分かってるよ」

 司を抱き寄せて、その手を握る。

「色々、周って来たんだろ?」

「うん!」

「オリビアも楽しめた?」

「はい……」

 あからさまな作り笑顔。

「ん?」

 ライカが、囁く。

「お寺で警策きょうさくを体験したのですが、それがトラウマになってしまったようです」

「あー……」

 分からないではない。

 直日じきじつ直堂じきどうとも)の匙加減によっては、強烈に痛い。

 警策は、「励まし」の意味がある為、直日に悪気は無いのが、下手な場合だと、オリビアのようにトラウマになっても仕方が無いだろう。

「仏教は、厳しい修行のイメージでしたが、まさかこれほどとは」

「仏教でも宗派によっては、な」

「今は違うんですの?」

「余りにも厳しい修行か戒律だと新人が入りたがらないからな。結婚も肉食も許している宗派もある」

 伝統を遵守するのは大事だが、固執し過ぎると、当然、時代と合わなくなっていく。

 イスラム教でもサウジアラビアでは厳格だが、国や地域によっては、飲酒が合法な所もある。

 キリスト教もカトリックが腐り過ぎた為にプロテスタントが誕生し、牧師の結婚が可能になった。

 女性も牧師になる事が出来る。

 一方、カトリックは、プロテスタントと比べてると、が遅い。

 ローマ教皇が、カトリック教会で司祭に次ぐ職位である助祭に女性を登用する「女性助祭」の可能性ついて、する委員会を設置したのが、2016年のこと(*1)。

 キリスト教が生まれて2千年以上経って、可能性を研究・検討する段階なので、実現には、更に時間がかかるだろう。

 これだけ改革が遅いのは、やはり保守派からの反発が予想される。

 アメリカでは、キリスト教右派が保守政党の支持基盤になっているほど大票田だ。

 場合によっては、政治を大きく動かすことが出来る彼等を敵に回すのは、不味い。

 保守派の存在が、改革し難い最大の理由だろう。

「ライカ、湿布を」

「は」

 オリビアは、ライカに肩を抱かれ、奥の部屋へ。

「……」

 シーラが心配そうに俺を見上げた。

「大丈夫だよ。有難う」

 その頭を撫でて、安心させる。

『……』

 珍しくナタリーも心配そうだ。

 若しかしたら、俺のに気付いているのかもしれない。

「ナタリーも楽しめたか?」

『ええ。貴方のお金だからね』

 今日も、切れ味抜群ですわ。

 シーラがムッとした為、彼女を力強く抱き寄せて、衝突を未然に防ぐ。

「じゃあ、残りの予定も俺に奢られてくれ」

『分かったわ。散財するから』

 ナタリーは、微笑むのであった。


 煉達の宿泊室は、大部屋だが、その中に寝室が五つもある特殊な造りだ。

 大人数で泊っても、寝る時は、1人の方が良い客層に合わせているのである。

 一匹狼のナタリーには、この配慮は有難い。

 レポートを書き、夕食を1人で摂って、さっさと入浴し、ベッドに入る。

 ほぼ1日中、京都を周ったのだ。

 体力が無い情報将校には、厳しい話であった。

『……はぁ』

 ベッドの中で溜息を吐く。 

 煉の前で素直になれない自分に苛々。

 周っている最中は何でも無いが、それ以外だと意図的に彼等を避けるのは、煉の愛妻に配慮しているのかもしれない。

 若しくは、ナタリー自身が、イチャイチャを見たくないのか。

 又は、その両方か。

 兎にも角にも、煉と一緒に居るのは心地良いのに、今日は、朝から、夕方、再会するまで、絶不調であった。

 逆に夕方、再会すると、心が満たされた。

 若しかしたら、シャルロットのように依存しているのかもしれない。

『はぁ……』

 溜息が止まらない。

 悩みはまだある。

 仕事のことだ。

 日中、ナタリーは、煉から情報収集に関する命令を待っていた。

 スターリンのように敵対者を許さない煉のことだ。

 その為、必ず何かしら命令が来る、と思っていたのだが、来なかった、ということは代替策を用意したのだろう。

 無論、修学旅行中なので配慮したのは分かる。

 それでも、部下なのだから、頼って欲しかったのが、本音だ。

 時刻を見る。

 午後8時。

 まだ遅くは無いのだが、生活音が聴こえない為、若しかしたら、皆も就寝したのかもしれない。

『……』

 水を飲みたくなった為、一旦、ベッドを出て行く。

 寝室から、大広間へ。

 明るいが、誰も居ない。

 皆、それぞれ寝室に入ったのだろう。

 部屋数が限られている為、必然的に煉の部屋に、

・司

・オリビア

・シャロン

・皐月

・シャルロット

・スヴェン

 辺りが、集まっているのだろう。

 冷蔵庫からペットボトルを出し、コップに注いでいると、

「よう」

『!』

 驚いて、ペットボトルを落としてしまう。

 蓋を締めてなかった為、床は水浸しだ。

「おいおい」

 煉は呆れつつ、タオルで拭き取る。

『あ、有難う』

 自分のミスなのだが、行う前に煉が済ました。

 何処までも優しくて親切な男だ。

 悪人面以外は、モテる理由が分かる。

『あ、あれ?』

「うん?」

『如何して……軍服なの?』

 煉が来ているのは、米軍の通常勤務服サービス・ドレス・ユニフォーム

 白い軍帽に黒いジャケットは、日系人米兵に見えるだろう。

「ちょっくら外勤でな?」

『ムラートの居場所、分かったの?』

「そういうこった」

『情報源は?』

「府内のヤクザ」

『……私は、もうお払い箱?』

「全然。今回は、気を遣っただけだよ」

『……そう?』

 確認が取れて、ナタリーは安堵する。

 シーラが何回も失敗しても許すくらい、優しい煉だが、毎回許すとは限らない。

 安心したナタリーの頬を涙が伝う。

「大丈夫か?」

『多分』

「悩み事があるなら、相談してくれ。答えれる場合は、答えるから」

『……じゃ、じゃあさ』

「うん?」

『今後は、極力、私以外の情報通に頼らないで欲しい』

「何故?」

『その……私の自尊心に関わることだから』

「自尊心で飯が食えるか」

『!』

「冗談だよ」

 煉は微笑む。

 一瞬、ショックを与えさせて、直後に喜ばせる。

(悪党)

 心底、ナタリーは、思う。

 若しかしたら、生粋の艶福家なのかもしれない。

 前世では、愛妻家で資料によれば、余り女性関係は、派手でなかったとされる。

 その分、現世では、モテる様に調されているのだろう。

 でなければ、司一筋でありながら、沢山の女性を囲うのは、矛盾を感じざるを得ない。

「でも良かったよ。そんなに誇りに思っているんだな?」

『……当り前よ。世界一の諜報員を目指しているんだから』

「分かった。じゃあ、今後は、独占契約だな」

『年間10億円で良いわよ』

「安いな」

『は?』

「もうちょい吹っ掛けるのかと」

『そんなことしないわよ』

 ふん、と鼻を鳴らし、ナタリーは、ロシア帽を被る。

「ん?」

『何よ?』

「出るの?」

『そうよ。悪い?』

「いや、行ってらっしゃい―――」

『馬鹿。貴方とよ』

「は?」

『外勤でしょ? 私も行くわ』

「いや、さっき泣いて―――」

『泣いてないわ。汗よ』

「でも―――」

『悪い?』

 腰に両手を当てて、詰め寄る。

「……分かったよ」

 煉は、根負けした様子で頷く。

「じゃあ、行こうか?」

『場所は?』

「飛び地だよ」


 日本には国内に外国領は、存在しない。

 但し、事実上の国外がある。

・米軍基地

・外国大使館

 だ。

 この二つは、日本の司法機関の権力は、中々及ばない。

 その為、ここで起きた犯罪は警察が関知しても捜査は難しい。

 2018年の在イスタンブール・サウジアラビア王国総領事館に於けるサウジ人記者殺害事件でも、トルコ警察はサウジアラビアの許可無しに館内での捜査活動が出来なかった。

 殺人事件であっても、国際法に基づき、守られているのだ。

 数時間後、俺は、

・シャロン

・スヴェン

・シーラ

・ナタリー

・エレーナ

 を連れて、名誉領事館に戻っていた。

 その地下の一室には、日本人協力者が、椅子に縛り付けられていた。

「ふー! ふー!」

 暴れるも、猿轡で叫べない。

「ラインハルト、よく捕まえたな?」

「公安との共同作戦の結果です」

 ラインハルトは、胸を張る。

 俺が来る前に拷問していたのか、その顔には、返り血が付着していた。

 男の方をよく見ると、蛮刀マチェーテで全身を切り刻まれていた。

 腕には、失血死しないよう輸血されている。

 これでは、中々、死ぬのは、難しい。

「よく、向こうも許したな?」

「外患誘致罪でどの道、死刑ですから」

 ―――

『【外患誘致罪】

 第81条

 外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する』

 ―――

 戦前、戦後を通じて、一度たりとも適用された事が無い、日本の司法史上、最もレアな刑法だ。

 正確には、戦時中のゾルゲ事件(1941~1942)の際、外患誘致罪での起訴が検討されたが、この時は、見送られ、代わりに、

・治安維持法

・国防保安法

 が適用され、ロシア人諜報員と日本人協力者は、死刑になった(*2)。

 今回、適用されれば、日本史上初めてのことになるのだが、今回も又、見送られ、俺達にようだ。

(北海油田の為のか)

 俺は、指を鳴らし、男の前に立つ。

「パパ、どう痛めつけるの?」

「ウォーターボーディングだよ」

「あら、怖い」

 と、言いつつ、シャロンは蛇口を捻り、バケツに水を入れる。

「シャロン、違うよ」

「え?」

 俺は、指を鳴らす。

 すると、スヴェンが、同じサイズのバケツを持って来た。

「師匠、海水です」

「出来具合は?」

「死海くらいです」

「上出来だ」

「「「「……」」」」

 シャロン、シーラ、ナタリー、エレーナは沈黙した。

 今から何が行われるか理解したからだ。

「シーラ、撮影を」

「……」

 震えつつ、シーラはカメラを回す。

『そのビデオ、何するの?』

「ダークウェブで売るんだよ。殺人ビデオスナッフ・フィルムを高く売れる」

『……』

 世の中には、普通のAVじゃ満足出来ない変態が居る。

 その為、このような殺人ビデオは、それ相応に需要があるのだ。

 エレーナは、右肩から左肩に十字を切る。

 ロシア正教式だ。

 因みに逆ver.だとカトリック式になる(*3)。

「ナタリー、この馬鹿の口座から全額引き落とせ。家も売り払え」

『は』

「シャロン、豚脂ラード持って来い」

「何するの?」

「BBQだよ」

 地下室は密閉され、叫び声も死臭も漏れない。

 そして、何より外交特権で守られている。

 完全犯罪の完成だ。

 男にラインハルトが、自白剤を打つ。

「が!」

 それまで暴れていた男は、瞬時に脱力。

 目の焦点が合わない。

 涎も止まらない。

「俺の質問に答えろ。残党は、あと、何人だ?」

「じゅ、じゅう……い、ち」

「良い子だ」

 感覚が麻痺したことを良い事に、俺は傷口に海水を塗り込み始める。

 自白剤が切れた時、一気に痛みが来るのだ。

 その激痛は想像に難くない。

 男は、持っている情報を全て吐くのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:tenki.jp 『知っているようで知らない、“神父”と“牧師”の違い』

       2018年2月24日

*2:刑事事件弁護士ナビ『死刑のみの外観誘致罪を解説|定義や関連犯罪・過去の

             事例を紹介』 2016年8月3日

*3:ロシア・ビヨンド 『ロシア正教の特徴とその意味は:十字の切り方、ドーム

             の形態、色、数など』 2020年1月19日

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