第130話 Shamil Basayev

 1994年12月11日に開戦した第一次チェチェン紛争は、独立派の初代大統領が戦死したものの事実上、独立派の勝利により、翌年8月31日に幕を閉じた。

 大国のロシアがベトナムのアメリカの様に、敗戦したのは、ソ連崩壊に伴い軍事力が弱体化していたことが一因だった。

 ロシアはこの時の反省を次に活かす。

 1999年8月26日に開戦した第二次チェチェン紛争では、第一次の時以上に非戦闘員に死者が出て、西側諸国から非難されようとも一切、気にすることなく、力で押し続け、非難を繰り返すアメリカに対しては、当時のロシアの大統領が、

『アメリカの大統領はロシアが核兵器の完全な備蓄を保有する偉大な大国であることを忘れているようだ』(*1)

 と事実上、核戦争を示唆する発言まで行っている。

 それまでアメリカと蜜月関係を構築していた「親米派」とされた大統領が、ここまで踏み込んだ発言をしたのは、第一次の苦い敗戦が原因だろう。

 ロシアは、チェチェンの独立を許さないのは、

①石油のルートがグロズヌイを通ること

②周辺のイスラム化の懸念

③独立を許した場合、ドミノ理論式に他の共和国(ここでいう共和国とは、ロシアを

 構成する共和国のこと)にも独立運動が飛び火する可能性があること

 が、挙げられている。

 この内、①については、2000年に迂回路が完成した為、現在では、②③が主な理由だろう。

 独立派の指導者は、当然、ロシアの仇敵として狙われ、2006年7月10日、チェチェン共和国の隣国の一つであるイングーシ共和国で活動中、ロシア軍に爆殺された。

 1999年、時の大統領が、

『我々は何処にでもテロリストを追いに行く。

 空港で……空港ということはつまり……ああ違う、トイレで捕まえるのだ。

 例えトイレに隠れていても、息の根を止めてやる』

 と発言した通り、ロシアに敵対したテロリストは壮絶な最期となった。

 因みに何故、トイレが引き合いに出されたか、というと、ロシアのトイレは日本のそれよりも恐ろしく不衛生なのだ。

 ある駐在員の妻曰く、一般的なトイレは、

『①臭い

 ②トイレットペーパーはない

 ③便座もない

 ④あっても足跡やその他のマテリアルで汚れている

 ⑤便器の中も汚い

 ⑥足元も汚れている

 ⑦使用済みペーパーを流せないトイレでは、傍にゴミ箱が備え付けられているが、

  その中もその周囲もカオス』(*2)

 と、散々な状況である事を証言している。

 それほど汚いトイレに隠れていても見付け出し、最終的には殺害する、というロシアのこの明確な姿勢は、分かり易いだろう。

 何としても独立をしたいチェチェン人独立派と、テロと独立は許さないロシア。

 両者がどれほど平和的な交渉をしても平行線のままだろう。

 ムラートもシャミル同様、代々、反露な一族であった。

 それが、更に明確になったのは、第二次チェチェン紛争のロシアの猛攻である。

 この時、ムラートは一族の大多数を失い、以後、イスラム過激派に接近。

 チェチェン独立派を自称し、穏健派から追放されても尚、反露を掲げているのであった。

(どんだけ敗北を重ねても……最後には、勝てば良い……次こそは必ず)

 辛くも逃げおおせたムラートは、森の中で休んでいた。

 突撃隊の参戦により、仲間の多くは死んだ。

 恐らく、逮捕された者は居ないだろう。

(糞ったれ)

 唾を吐き、足を引き摺って歩く。

 向かうのは、京都だ。

 壊れかけの通信機を取り出し、協力者であるロシアンマフィアのチェチェン人を呼ぶ。

 イデオロギーに無関係無く金さえ支払えば、何だってするのが、マフィアだ。

 傭兵と同じ人種、と言っても良いだろう。

(……エレーナ、待ってろよ)

 その目は、血の様に赤かったことは言うまでもない。

 

[参考文献・出典]

*1:AP通信 1999年12月9日

*2:NEWS PICKS ロシア、トイレの汚さと「社会主義」の関係 2015年4月26日

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