第129話 spin

『御覧下さい! 武装警官とテロ組織との間で銃撃戦が行われています! 一部情報によりますと、武装警官の方には、偶然乗り合わせていた某国の駐在武官も加勢している模様です!』

 線路上で行われる激しい銃撃戦を、テレビ局のヘリコプターが生中継していた。

 本当はドローンで撮影出来るのだが、現場近くに原子力発電所がある為、取材といえども飛行させると、小型無人機等飛行禁止法に違反する可能性がある。

 その場合、

・1年以下の懲役 又は、

・50万円以下の罰金

 が発生する。

 平成19(2007)~平成22(2010)年に起きた世界金融危機以降、経費削減でお金が無いテレビ局は当然、支払いたくない。

 又、違反行為した場合、株主や広告主から説明責任が要求される。

 政治家等、不祥事を起こした人々には徹底的に追及するジャーナリズムだが、それが、いざ自分達の番になったら閉口するのが、テレビ局である。

 これほど分かり易い二重基準ダブルスタンダードは、中々無いだろう。

 ヘリコプターには、あらかじめ、チェチェン語に堪能な通訳が記者と共に同乗していた。

 テロリスト達と対話する為に。

 が、記者はそうでも、テロリストにしてみれば、記者には利用価値があるか如何かだ。

「邪魔だ。撃ち落とせ」

「は!」

 RPG-7が用意され、ヘリコプターに照準を定める。

 そして、発射。

 弾頭は、綺麗に弧を描いて、

『あ』

 着弾。

 爆発し、火の粉と破片を撒き散らせつつ、ヘリコプターは墜落していく。

 テレビ局のこの行動は、独断専行だった為、SNSでは一気に叩くネタになった。

 ———

『マスゴミ、ザマァ(爆)』

『残念だが当然』

『マスゴミ絶対殺すマンwww』

 ———

 防犯カメラをズームして、ナタリーは確認する。

『少佐、非戦闘員5人、全員死亡しました』

「多分、警察の制止を振り切って来たんだろ? 殉職だな。名誉なこった』

 煉は、新幹線の屋根にエレーナと寝そべって撃っていた。

 時折、銃弾が米神や、頬を掠め、熱を感じる。

「エレーナ、良い腕だな?」

「有難う御座います」

 1人に対し、何発も撃ち込む煉とは対照的に、エレーナは文字通り、一撃必殺ワンショット・ワンキル

 初弾を外した場合も冷静沈着に修正し、2発目で射殺するので、相当、優秀な狙撃手だ。

 最初、5人だったテロリストだが、その後、伏兵が出現し、全体数では30人。

 前後を挟まれている為、後方から逃げる事は出来ない。

 無線機で問う。

「スヴェン! そっちは如何だ?」

『は。まだです!』

「耐えろ!」

『は!』

 煉とて、今はそれしか言えない。

 双眼鏡で見ると、ムラートが笑っていた。

 目が合うと、何事か、呟く。

今日こんにちは。少佐』

 余裕綽々ぶりだ。

 煉達は、乗客を守りつつなのに対し、テロリストは守る物が無い。

 攻めて攻めて攻め続ければ良いのだ。

「……エレーナ、一時撤退だ」

「は」

 テロ組織から狙われているにも関わらず、この冷静さは、煉も認めざるを得ない。

 一旦、車内に戻った煉達は態勢を立て直す。

「たっ君、跳ね返せる?」

「その予定だ」

 司にキスし、彼女を落ち着かせる。

「血が……」

「ああ、掠り傷だよ」

 消毒液を塗布され、頬に滲みる。

「勝算は?」

「100%」

「無事を祈ってるね」

「ああ。お互いにな」

 再度、キスし、名残惜し気も無く別れる。

 絶対に死なない、という訳ではない。

 急所に被弾すれば、どんなに鍛えても死ぬ可能性がある。

 家族が居る以上、煉は負けてられない。

 もう一度、士気を高めて、包帯を解く。

 衣擦れの音にエレーナは、驚いた。

「少佐?」

「良いんだ」

 頭から血が垂れ、腕も所々、あざだらけ。

 左肘も真っ赤だ。

 骨にひびが入っているのかもしれない。

 外れていた肩関節も、無理矢理嵌める。

 無理をすれば、脱臼癖がついてしまうかもしれない危険な行為だ。

「少佐?」

「これほどの劣勢は、モガディシオを思い出すぜ」

「……」

 エレーナには分からないが、今の煉は、邪悪な笑みを浮かべているのだろう。

 皇帝ツァーリを前にした様に、彼女は硬直する。

 煉は手榴弾を思いっ切り振り被り、遠投。

 約100m先で爆発した。

 緊急停止の際に負傷し、それほど動けない、と思われていた煉のこの行動に、ムラートは、動揺した。

「あの野郎、重傷じゃなかったのか?」

「司令官! 大変です!」

 部下が空を指差す。

「な!」

 空全体を覆い尽くさんばかりのAH-64 アパッチ。

 煩い羽音も、驚く程の無音だ。

 ステルス戦闘機ならぬ、ステルス攻撃ヘリコプターである。

 機体の国旗は、日の丸―――ではなく、スカンディナヴィア十字ノルディック・クロスを表していた。

・搭載段数最大1200発

・最大射程約3千m

 のM230 30mm機関砲チェーン・ガンが火を噴く。

 ドドドドドドドドド……

「「「!」」」

 テロリスト達は逃げる間もなく、肉塊と化していく。

 あれだと轢死とほぼ変わらないのかもしれない。

「糞!」

 ムラートは、何とか横っ飛びし、避ける。

 然し、一緒に居た部下は、首と胴体が物理的に離れることになった。

「撃て~!」

 後方のテロリスト達がRPG-7を用意するも、AGM-114 ヘルファイアの餌食になる。

「何だあれは?」

「援軍です」

 いつの間にか、ライカが横に立っていた。

「突撃隊です」

「……よく許可が下りたな」

 日本の領土内である以上、日本の自衛隊や警視庁の特殊部隊が担当の筈なのだが。

「北海油田万歳ですよ。一応、日本の面子にも配慮しています」

 後方には、少し警視庁のSAT特殊急襲部隊が、ちらり。

 申し訳程度に出動している。

 表向きは、日本とトランシルバニア王国の合同救出作戦の様だが、人数や武器の本気度から察するに、事実上、トランシルバニア王国突撃隊の独壇場だ。

 アパッチが線路上に着陸し、屈強な軍人達が、降りて来る。

 彼等は、周囲を警戒しつつ、新幹線を取り囲んだ。

 2mはあろう、大男が、煉の前に立つ。

親衛隊隊長兼貴族少佐マヨーア煉勲爵士サー・レンですよね?」

「ええ。貴方は?」

「申し遅れました」

 男は、跪く。

「突撃隊隊長のラインハルトと申します。横田より加勢しに来ました。準備で遅れて申し訳御座いません」

「横田?」

 ライカが、説明する。

「同盟により、横田に軍が駐留しているんですよ」

 日本とトランシルバニア王国の同盟は、日米同盟よりも対等な関係だ。

 日本にはトランシルバニア王国軍がトランシルバニア王国には、自衛隊が駐留し、相互、又は、いずれかが第三国から攻撃を受けた場合、連携することが条約で交わされている。

 それは、

・北方領土

・竹島

・尖閣諸島

 も防衛の対象である。

「何故、横田なんだ?」

「米軍も国連軍も駐留しており、設備が充実しているからなんですよ」

 横田基地は、航空自衛隊と米空軍の基地なのだが、平成19(2007)年以降は、国連軍後方司令部(1957~2007年までは、座間)がある。

「主権侵害では?」

 どの国も他国での活動は、その国の同意が無い限り、主権侵害に成り得る。

 ナチスの残党を追ったモサドも、アルゼンチンでアイヒマンを拘束し、したが、イスラエルとアルゼンチンの間で国際問題になった。

 モサドのは民族の自尊心に関わり、合法的な手続きを採った場合、残党に察知される恐れがあった為、致し方無い側面もあるのだが。

 今回のトランシルバニア王国の場合は、合法的に日本に外交的圧力をかけ、屈服させたのだろう。

 資源が乏しい日本は、北海油田の産出国であるトランシルバニア王国に強きに出る事が出来ない。

 アメリカがサウジアラビアに優しい様に。

 突撃隊の活躍により、形勢は一気に逆転。

 ムラート達は、撤退するのであった。


 新幹線の線路が破壊された事により、輸送網に支障が来たし、又、遅延や運休も続発。

 日本経済は、大混乱に陥った。

 されど、煉達の活躍により、乗員乗客に怪我人は出ても、死亡者は出なかったのは、不幸中の幸いだろう。

 乗員乗客の中で最も重傷であった煉は、最寄りの病院に運ばれ、治療を受けた。

 最初、医者に皐月が自薦したが、「感情的になっている以上、適切な治療は困難」という病院側の判断により、現地の医者が行った。

 表向きにはその様な理由だが、識別救急トリアージの見地から、最優先に行われるべき患者に対し、治療を行わず、軽度な他の患者を最優先にしたのが、問題視されたのが、実際の所である。

「御免ね。我が子なのに」

「全然」

 肩や足をギプスで固定された煉は、気遣う。

「若し、俺の処置を最優先にしていたら、それはそれで『公私混同』という輩が居るかもしれない。あの時は、俺が同意した上での事だ。仕方が無いよ」

「……有難う」

 皐月は、煉に抱き着いて涙ぐむ。

 流石に院内なので、キスはしない。

 煉以外の怪我人を診つつ、皐月は、我が子であり、事実婚の夫を心配していたのだ。

 家族を心配しない母(妻)が何処に居ようか。

「……母さん、痛い」

「御免。でも、こうしていたい」

「……分かったよ」

 前夫をテロで亡くしている為、その辺の所は、他人よりも過敏な筈だ。

 煉は、皐月を抱き締め返しつつ、

「皆も無事で良かったよ」

 女性陣を見渡す。

 幸い、怪我人は0だ。

「……」

 シーラとシャルロットが、煉の服の裾を摘まんでは離さない。

 ある意味、正妻以上に愛情深いだろう。

 泣きじゃくる皐月の背中を擦りつつ、煉は、提案した。

「じゃあ、今夜、行こうか?」

「? たっ君、何処へ?」

「京都」

「え? 勇者様、まだ修学旅行、続ける気ですか?」

「そうだよ」

 あっけらかんとした顔だ。

「たっ君、大丈夫なの?」

「治療してもらったから大丈夫だよ」

 修学旅行の解約キャンセルは、難しい。

 この時機を逃すと、後は、もう春休みくらいしかない。

「煉、絶対安静―――」

「母さんと一緒だから」

「あ……」

 皐月の反対意見を抱擁と言論で封殺。

 皐月を宥めつつ、煉は続ける。

「ライカ、車用意出来るか?」

「はい。御用意出来ますが、道路は、共に渋滞かと」

「そうか……」

 新幹線が不通になった為、その分、輸送車両が多くなり、結果的に道路が渋滞するのは、自明の理だ。

「ですので、CH-47Jなら御用意出来るかと」

「じゃあ、それで頼む」

 大型輸送用ヘリコプターのCH-47Jは、乗員が5人(操縦士2名、機上整備員1名、空中輸送員2名)+48人と、大人数に対応出来る(*1)。

「たっ君ってその体でも旅行が好きなんだね?」

「そういう物さ」

 心配する司にキスし、母娘を同時に安心させる煉であった。


[参考文献・出典]

 *1:航空自衛隊 HP

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