第125話 そうだ 京都、行こう。

 新冷戦時代に突入した米露だが、全く共闘しない訳ではない。

 場合によっては、タッグを組む。

 ―――

『【米国と連携、麻薬密輸摘発 ロシア情報機関が発表】』(*1)

 ――

 それは、対テロ戦争でも同じであり……

「少佐、裏が取れた。大規模なテロ計画を実行予定のチェチェン独立派ジョハルを制圧した」

「……」

「その際、少佐の報告書が見付かった」

「俺?」

「ああ。如何やらFSBに二重諜報員ダブルが、居た様だ」

「粛清?」

「さぁな。ロシア御得意の流刑かもしれん」

「……」

 俺は、ロビンソンから報告書を受け取る。

 原本は、FSBが保管しているようで、これは複写であった。

「気を付けろ。奴等は、東京マラソンを狙っている」

「! 3月の?」

「ああ。第2のボストンにする気だ」

 吐き捨てる様にロビンソンは言う。

 ―――2013年4月15日午後2時45分頃(日本時間16日午前3時45分)。

 第117回ボストンマラソンをテロが襲った。

 最終的な死者数は5人(一般人3人、警官1人、犯人1人)。

 負傷者299人(一般人282人、警官16人犯人1人)。

 犯人は2人組でその内、1人は逃走中に死亡。

 もう1人は、逮捕され、2020年8月3日時点で裁判中である。

「……北京は?」

 東京マラソンの前に北京冬季五輪が2月4~20日まである。

 どちらかというと、国際マラソンよりも五輪の方が、テロの標的としては適当だろう。

「北京は知っての通り、中国が監視国家だから、テロは難しい。後、不参加ボイコットで注目度が下がっているからな」

「あー……」

 中国と比べて、日本はテロへの免疫が殆ど無い。

 戦後、日本は、

・極左過激派

・右翼

・カルト教団

 が事件を起こしても、イスラム過激派のそれはおおやけには起きていない。

 IS自称「イスラム国」やアルカイダからテロの標的の一つとして名指しされてはいるものの、現実問題、地理的問題等から欧米程の大規模なテロ事件は、未発生だ。

 万が一、起きた場合、適切に対応出来るかどうかは、透明である。

「……東京マラソンは、アメリカ人も出場予定だ。CIAは、公安と連携しているよ」

「分かった」

「あと、ナタリーの事なんだが」

「ナタリー?」

「ああ、最近、構ってないだろ? ねてるぞ?」

 まじか。

 あいつに拗ねる、という感情があったのか(失礼)。

としての助言だ。良いな?」

「へいへい」

 《貴族》は、アメリカを相手に取引する事もある。

 ロビンソンの機嫌を損ねば、大事な依頼人を失う事になる。

 これは、所属先のトランシルバニア王国も親米国として問題視するだろう。

 俺は頭を掻きつつ、同意するのであった。


 大使館を出て、スヴェンが運転手の車に乗り込む。

「……」

 助手席にシーラが座っており、彼女は俺が座った途端、態々わざわざ、後部座席に移動してきた。

「♡ ♡ ♡」

 俺の手を握って、手の甲をさわさわ。

 疲れを癒そうとマッサージしている様だ。

「有難う。気持ち良いよ」

「♡ ♡ ♡」

 熱烈に頬にキスしてくる。

 熱過ぎて尊い。

 この娘、ラテン系だったっけ?

「師匠、御嬢様が御待ちです」

「了解」

 会話がもう貴族っぽい。

 車が走り出す。

 心は平民のつもりなのだが、オリビアと一緒に居る時間が無く、振る舞いが身分相応になっているのかもしれない。

(外交儀礼、学ばないかんかも)

 オリビアに迷惑が掛からない様に、気を引き締めるのであった。


 帰宅すると、司が抱き着く。

「たっ君、修学旅行、何処行く~?」

「修学旅行?」

「うん」

 滅茶苦茶、テンションが高い。

 耳鳴りがする位に。

「もうそんな時期か」

 一般的な修学旅行のシーズンは、高校2年生の10~12月だ。

 特に10月を採用している学校は多い。

 次いで卒業旅行として1~3月。

 3番目が5~6月だ。

 6月になるのは、行事が少ない事から選ばれ易い(*2)。

 一昨年度は新型ウィルスの所為で修学旅行は、中止又は延期となり、明神学院も被害を受けた。

 生徒達は、貴重な思い出を奪われた訳だ。

 その点、俺達の代はワクチンが広まり、集団免疫がついている為、その心配は無い。

「たっ君、何処行きたい?」

 明神学院は学生数が多い為、修学旅行は選択制だ。

 生徒達が各々集団グループを作り、自分達で予算を組み、行先を決め、予定を考えていく。

 余った生徒は、1人旅でも良い。

 極論、修学旅行に行かなくても許される。

「京都かな?」

「定番だね」

「司は?」

「一緒。私も京都が良い。禅寺周ってみたい」

「ZEN」

 オリビアも禅宗に興味津々だ。

 集団なので、用紙に人数分書き込む。

「俺と司とオリビア、ライカにシーラ」

「?」

 シーラが、首を傾げた。

 私も? と。

「嫌?」

「!」

 激しく首を振る。

「シーラも参加出来るんですか?」

「申請させすれば、何人でも可能だからね」

「それって、私も参加出来るの?」

 シャロンが、両目を爛々らんらんと輝かせる。

「そのつもりだよ。シャルロットもエレーナも参加予定だ」

「あら、私も含まれているんだ?」

ヤー?」

 2人は意外そうな顔だ。

 まさか、参加資格があろうとは思ってもみなかったのだろう。

「折角だし、家族旅行で。母さんも良い?」

「勿論」

 頷いた皐月は、既に観光雑誌を捲っていた。

 気分は、もう京都である。

「じゃあ、決まりだな。あと、シーラ」

「?」

「ナタリーにも連絡を」

「?」

 どうして?

 と、再び首を傾げる。

 その一動作全てが、天使だ。

「メンバーだからな。皆で楽しもう」

「……」

 数秒、難しい顔をした後、シーラは頷くのであった。


 旅費は、全て少佐が出す為、反対はし難い。

 だけれども、私は正直な所、ナタリーが参加するのは余り良く思っていない。

 少佐に失礼な態度だし、何より素直じゃないかいから。

 それでも命令なので従う。

 ナタリーにメールで伝えると、彼女から返信が届く。

『了解』

 たった2文字。

 これだけでも腹が立つ。

 少佐に感謝は無いのか。

 不快に感じていると、少佐が前を通る。

 シャロンを背負って、報告書を読んでいた。

 まるで二宮金次郎だ。

「(少佐)」

「うん?」

 振り返ってくれた。

 どれだけか細い声でも気付いてくれる。

 やっぱり、私には、この人しか居ない。

 スマートフォンの画面を見せる。

「おお、有難う」

 無礼な文面でも、少佐は怒らない。

 それ程、ナタリーの事を気に入っているのか。

 単純に、言葉遣いに興味が無いのか。

 少佐はシャロンを下ろし、私の頭を撫でる。

「シーラ。有難うな。何時も」

「♡」

 謝意だけで私は、機嫌を直す。

 単純だが、少佐は私の義兄であり、上官であり、父親の様な存在であり……想い人だ。

 ナタリーの事など一瞬に忘れて、私は不可視の尻尾を振り、甘えるのであった。


「……」

『そんなに嫌なら、断れば良いじゃない?』

 皐月は簡単に言う。

 行きたくないのは山々だ。

 あの人と一緒だから。

 でも、他人の金で旅行出来るのは、正直、魅力だ。

 皐月は、続ける。

『旅を機に仲良くなれば良いだけの話。好きなんでしょ?』

『……好きじゃ―――』

『じゃあ、嫌いなの?』

『……』

 その2択だと、当然、前者だ。

 一緒に居ると、楽しいし、苦痛ではない。

『さっさと素直になりなさいよ。煉は、受け入れてくれるから』

『……でも』

 私が躊躇うのは、理由がある。

 ―――汚れた体だ。

 過去に性犯罪に遭った女性を、純粋に愛してくれる男性はどれだけ居るだろうか。

 世の中、処女を好む男性は多い。

 私の気持ちを察してくれたのか、皐月は、フォローする。

『煉はそんなの関係無いよ。見てみ。シャルロットとも仲良いでしょ?』

『あ……』

 そうだ。

 シャルロットは、寡婦かふだ。

 また、皐月ともよく寝ているのだから、処女信者という訳ではないのかもしれない。

『それに早くしないと、シーラに奪われちゃうわよ?』

『? シーラが何?』

『あの娘、最近、どんどん綺麗になっているし、煉が可愛がっているから』

『……貴女、義妹と義兄が恋仲になって良いの?』

 一般的な親ならば、倫理的に止めるだろう。

 応援する場合もあるかもしれないが、それでも少数と思う。

『良いわよ。その辺の所寛容だし。それに私は、彼と事実婚なのよ』

『……』

 そうだった。

 この女医は、養子に手を出す痴女なのだ。

 旭日党が複婚制を公約に掲げたのは、若しかしたら私欲もあるのかもしれない。

 今更ながら、セカンドオピニオンを検討し始める私であった。


[参考文献・出典]

*1:時事ドットコム 2020年12月29日

*2:High Spec Info

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