第126話 愛、独り
修学旅行の計画は進む。
引率教員の代わりに、皐月が同行すると言う事で、学校側はすんなり承認。
何処の班よりも早い。
次に予算だ。
京都市は、財政破綻の危機が迫っている(*1)。
その為、市営の施設は値上げが起き、当然、修学旅行生の予算を圧迫している。
煉たちは、入館料などを確認しつつ、計画を進めていく。
「たっ君、二条城、行こうよ」
「分かった。候補に入れ様」
「御所にも行ってみたいですわ」
「了解。ライカ」
「は」
ホワイトボードにライカが、一つずつ書き加えていく。
俺達の班は、俺とスヴェン(男装の麗人だが、校内では当然、女子扱い)以外女子生徒なので、他の班より当たり前だが目立つ。
「(あの野郎、侍らせやがって)」
「(糞、羨ましいぜ)」
「(スヴェン君と関係あるのかな? 良いネタになりそう)」
一部に腐女子が居るが、スルーだ。
「ホテルは、何処が良い?」
「やっぱり京都駅から近い場所が良いんじゃない? 利便性からして」
京都駅は、市営地下鉄や私鉄が通っており、非常に利便性が良い。
東寺等の観光地も近い為、駅の中にホテルがある程だ。
又、ワクチンが進み、投資が先行化。
ホテルの開業が相次いでいる(*2)。
その為、ホテル選びには、苦労しない。
時期も時期なので、他校の修学旅行生と被る可能性も低い。
「了解。オリビアはどう思う?」
「賛成ですわ」
「ホテルの種類は?」
「和室が良いですわ。司様は?」
「和室で」
2人の意見が、よく合う。
波長が合うのだろう。
ただ、西洋人のオリビアが、和室を望むのは意外だが。
「良いのか? 和室で?」
「はい。構いませんわ。ただ、トイレは洋式が良いですけど」
現在、日本のトイレはほぼ洋式だ。
和式もあるのはあるのだが、老朽化し、改修工事で洋式に様変わりする場合が多い。
新築でも、殆どが洋式が作られる為、和式は廃れつつある。
「そりゃあ同感だ」
「予算は、どの位になりますの?」
「限度が無いから一応、カードを持って行こうかと」
大抵、他校の修学旅行は、限度額制度が設けられているだろう。
ただ、明神学院では、それは無い。
教養に限度無し、という考え方によって。
無論、領収書の提出義務もある為、悪事には使う事が出来ない。
過去、これを悪用して、ラブホテルを利用し、摘発された学生も居るからだ。
自由主義を認めつつ、線引きは明確にするのは、学校側として当然の事だろう。
「西陣織が楽しみですわ」
「私も。舞妓さんになりたい」
「了解。それも予定だな」
書記のライカは、メモしていくのであった。
往復は、新幹線を使う。
高速バスも利用出来なくは無いが、ガチの王族が居る以上、流石にそれは利用出来ない。
又、飛行機の案も出たが、京都に空港が無い為、新幹線よりも早い分、伊丹空港から京都に行くよりも、新幹線で外の景色を楽しむ方が採用された。
「新幹線か」
「嫌?」
「いや、大丈夫だよ」
シャルロットは、新幹線の写真に興味津々だ。
家に居る彼女は、話し合いに参加する事が出来ない。
なので、事後報告になってしまうのだが、同意してくれるので有難い。
エレーナも賛成の様だ。
「やっぱり、空より陸よね」
「高所恐怖症?」
「そうじゃなくて、墜落が嫌なの」
「あー……」
気持ちは、分からないではない。
1985年に世界最悪の死者数を出した日本だ。
あの頃より安全性は高まっているとはいえ、極力、避けたいのは危機回避だろう。
「パパの事だから空が好きかと」
シャロンは、不思議がっていた。
「空が好きなのは、
あれは、愛国心が高ぶる、良い映画だ。
「眺めるのは、好きだけど飛ぶのは嫌だよ」
「高所恐怖症?」
「かもな」
シャロンを抱き寄せる。
「舞妓、似合うかもな?」
「でしょ? 期待しててよね?」
「ああ」
シャロンは、俺の頬にキスする。
相変わらず、前妻を彷彿とさせるくらいの熱々だ。
「シャルロットも行くんだよね?」
「そうだよ。煉に誘われてね」
前夫からDVを受けていたシャルロットは、夫婦で旅行など殆ど経験が無い。
笑顔が絶えないのは、その為だろう。
「京都は、私も行きたかった場所なの。フランスとは縁がある土地柄だしね」
在京都フランス総領事館やインターナショナルスクールとフランスに関係している施設や学校も多い。
「じゃあ、事実上の新婚旅行だね?」
「そうなるね。でも私は、愛人だから、その枠は、正妻で―――」
「皆で新婚旅行だ」
俺は、愛娘と愛人を抱き寄せる。
本当は司1人だけのつもりだったが、成り行き上、増えてしまった。
複婚制が合法化すれば、正式に全員、妻となるだろう。
「
笑顔でシャルロットは、俺に口付けするのであった。
一家の大黒柱は皐月だが、最近では事実上、俺が家長なので、修学旅行の旅費は全額俺負担だ。
ネット銀行の口座を確認する。
(……一応あるな)
学割が利くとはいえ、一応、散財しない様に、限度額を決めておいた方が良いだろう。
修学旅行用に作った口座に貯金の一部を移しておく。
「……?」
膝のシーラが振り返った。
「(私、も、出すよ?)」
気を遣ってくれている様だ。
「有難う。でも、気にするな。自分の為に使い」
「……」
不満げに俺を睨む。
男性が女性をデートで奢るのは、意外にも日本くらいだ。
海外では男女同権思想から、女性は自分が楽しんだ分は、自分で支払う場合が多い。
男女同権思想が世界トップクラスの北欧出身のシーラには、余り奢られるのは、嫌なのかもしれない。
「(出し……たい、です)」
はっきりとした口調で言う。
強い目だ。
「……分かった。じゃあ、1割出してくれ」
「(え?)」
「安い?」
「……」
こくり。
「良いんだよ。成人式の振袖とか、ウェディングドレスにお金かかるから。その時にな?」
「……」
俯くシーラ。
納得しているが、俺に余り出させない、と言った感情か。
まぁ、成人式も結婚式も俺が全額出す予定だから、結局、シーラには1銭も払わせないのが、本音だな。
可愛い義妹だ。
金銭的に苦労させたくない。
シーラの頭に顎を乗せつつ、俺は、諭す。
「楽に過ごして欲しいんだよ。良いかい?」
「(……はい)」
か細い声だ。
俺は抱擁し、その頭を撫でる。
「……」
何も反応が無い。
それでも、嫌がらない為、受け入れているのだろう。
シーラは、俺の手を握る。
恋人繋ぎで。
強く。
ぎゅっと。
(少佐の気持ちは嬉しいけれど……)
私は、複雑だった。
下着や化粧品等、女性は男性と比べて、生きる為には何かと入用だ。
少佐が優しいのは、分かる。
ただ、それにどっぷり甘えてしまえば駄目になってしまう。
よく自制しているのが、ライカだ。
私と同じくらい、少佐に甘えたい癖に、必死に自制し、甘えるのは限られた場所のみ。
相当な精神力であろう。
「……」
少佐の手を握る。
思い切って、恋人繋ぎで。
すると、少佐は、
「……」
何と握り返してくれた。
温かく、固い。
そんな優しい少佐の愛に私は、もう溺死寸前だ。
(御免なさい。少佐)
気付かれない様に、
私以外の女性に惹かれませんように、と。
自覚はある。
私は、独占欲の強い悪女らしい。
親友や殿下を差し置いて、私だけを見て欲しいのは、何と烏滸がましい事だろうか。
それでも、この独占欲は本心だ。
少佐の手が、握力で真っ赤になっていっても、少佐は何も言わない。
ただただ、頭を撫でて下さる。
痛覚が麻痺しているのだろうか。
1mmでも良い。
少佐の意識の中に私が常に居る様に。
念を送り、少佐の手を更に強く握り締めるのであった。
[参考文献・出典]
*1:読売新聞オンライン 2021年5月26日
*2:京都新聞 2021年6月19日
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