第123話 Russian Sniper
1941年8月下旬。
ソ連の人類学者、ミハイル・ゲラシモフ(1907~1970)等の調査隊によってグーリ・アミール廟のティムールの遺体の調査が行われた。
ティムールの棺には、
『私が死の眠りから起きた時、世界は恐怖に見舞われるだろう』
という言葉が刻まれていたが、棺の蓋は開けられて調査が実施される。
更にゲラシモフは棺の内側に文章を発見し、解読した結果、
『墓を暴いた者は、私よりも恐ろしい侵略者を解き放つ』
という言葉が現れた。
その調査から2日後の1941年9月1日。
ナチスがバルバロッサ作戦を開始し、ソ連に侵入した。
翌年11月のスターリングラード攻防戦でのソ連軍の反撃直前に、ティムールの遺体はイスラム教式の丁重な葬礼で再埋葬された(*1)。
ソ連は共産国なので、神仏の類は勿論の事、悪魔も信じない。
警告を無視したのも、その様なイデオロギーが関係しているかもしれない。
北大路病院への攻撃は、ティムールの棺を開ける事と同義であった。
(今日も不審者が居たか)
ムラートの動きを察知した煉は、早速、巡回中の警察官と日本不審者情報センターに報告。
自分でも武装を強化し、対応に努めた。
「スヴェン、警戒レベルは?」
「最高です」
答えたスヴェンは、ベッドの上で煉の手を握っては離さない。
逆側は、シャルロットだ。
言わずもがな3人共、半裸であった。
「……」
煉の
「いつも仕事ね?」
「養う為だよ」
「皆が羨ましいわ。貴方を支えているのだから」
「じゃあ、予備兵でもなるか?」
「良いの? 自殺するかもだけど?」
「させないよ」
キスし返し、抱き寄せる。
「守るって決めたんだから」
愛人にした以上、責任を取るのが、漢だ。
子供が出来れば認知するし、妻子共々、養う。
それが、煉のやり方だ。
「有難う♡」
前夫と比べると、煉は聖人のレベルで優しい。
否、優し過ぎる。
前世では散々仕事とはいえ、自分の手を汚してきたのだから、その分、無意識の内に人道主義になっているのかもしれない。
「それでどうやって、私を守ってくれるの?」
「愛の力で、だよ」
野次馬が胸焼けしそうなくらいの熱々振りだ。
とても、愛人同士とは思えないだろう。
よくて新婚夫婦だ。
煉は再びシャルロットにキスした後、起き上がる。
「仕事?」
「訓練だよ」
「観ても良い?」
「勿論」
断る理由は無い。
スヴェンが軍服を渡す。
軍服に袖を通すと、シャルロットが手伝う。
「侍女みたいだな?」
「じゃあ、メイドになるわ」
「秘書官が居るから人員充足だよ」
「じゃあ、補助で♡」
煉の首筋にキスマークを作り、シャルロットは愛情を注ぐのであった。
訓練場に行くと珍しく皐月、司も居た。
「あら、煉。遅かったね?」
「2人が早過ぎるんだよ」
煉は皐月とキスし、司を見た。
「いい? ナタリーちゃん、シーラちゃん。
『つまり、1秒に2回ペース?』
「そういう事。シーラちゃんも分かった?」
「……」
こくこくと頷き、メモッている。
本来は2人は外交官ではない為、《貴族》と親衛隊の共同訓練場への立入は厳しい。
射撃場では、シャロンとエレーナが撃ち合っていた。
使用しているのは、ペイント弾だ。
カラーボールと同じ類で、被弾すれば塗料で汚れる。
「「……」」
訓練なので、2人に笑みは無い。
ただ、時折、口元が緩んでいる為、楽しいのは事実だろう。
シャロンは遮蔽物で身を隠し、徐々に近付いて行っている。
一方、エレーナは伏射で感覚だけを頼りに、探している。
煉は、観戦していたオリビアとライカの真ん中に座った。
「勇者様は、どちらに分があると思います?」
元軍属と予備自衛官。
10人に聞いたら、「予備自衛官」と答えるかもしれない。
煉も同じだ。
然し、シャロンは軍属の時代から煉と共に訓練し、今では
「身内だからシャロンを推したい所だが、9割方、エレーナだろうな」
「理由を御教え下さい」
ライカがずいっと、寄って来た。
その肩を抱き寄せ、煉は答える。
「あいつは、リュドミラ以来の《死の女》だ。2㎞以上もの長距離を成功させている」
煉が言及したのは、リュドミラ・パヴリチェンコ(1916~1974)は、ソ連の狙撃手だ。
WWIIで309という確認戦果で、その活躍は2015年に映画化された。
煉は以前、行った試験の結果をスマートフォンで見せると、2人は食い入る様に画面を覗き込む。
「確か世界記録は……」
「カナダの約3.5㎞だよ』(*2)
仕官は、狙撃には、
95%:技術
5% :運
と配分し、成功の理由に挙げているが、日本が誇る世界一の狙撃手は、
10%:才能
20%:努力
30%:臆病さ
40%:運
と、更に細かくしている(*3)。
話は戻って、エレーナの件だ。
「視力が健常者と比べると弱いのに2㎞は撃てるんだ。俺には、理解出来ん神の領域だよ」
「「……」」
視力が正常だったらもっと、凄い記録が出る事も考えられる。
逆に視覚障碍者だからこそ、他の感覚が研ぎ澄まされ、成功している事も考えられる。
前世で沢山の戦場を駆け回って来た煉だが、これ程の事は経験が無い。
当然、論文も無い為、意味が分からない。
なので、考える事を放棄したのだ。
エレーナが少し笑む。
「見付かったな」
「「え?」」
「曲芸が見れるよ」
次の瞬間、エレーナは、狙撃する。
銃弾は、隠れていたシャロンを掠めた。
失敗、と煉以外が思ったのも束の間、銃弾は、遮蔽物に当たり、飛散。
「きゃ!」
一部がシャロンにかかり、思わず彼女は遮蔽物から出てしまう。
その瞬間をエレーナは、見逃さない。
直ぐに次弾を撃ち、今度は、着実にシャロンに被弾させた。
頭からペンキを被ったかの様にシャロンは全身を塗料で汚す。
「決まったな」
煉は立ち上がって、ブザーを押した。
訓練終了の合図だ。
大画面に、
『WINNER ELENA』
と表示された。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
*2:Smart FLASH 2017年6月28日 一部改定
*3:『ゴルゴ13』第218話「ロックフォードの野望(謀略の死角)」
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