第83話 Geliebter

「……」

 頭部にひんやりとした感触を覚えて、私は目覚めた。

「……?」

 額に触れると、冷却シートが貼られていた。

「(……大丈夫?)」

 シーラが覗き込んできた。

 後頭部の柔らかい感触は、彼女の膝の上だった様だ。

「あ……?」

「(怪我したから少佐が抱っこして、ここまで運んでくれたんだよ)」

「少佐が?」

 見るとコートで少佐がシャロンと組んで、オリビア、司と打ち合っていた。

 無表情ポーカーフェイスで、サーブを放つその様は神々しい。

 一方、シャロンは《悪童》の様に激しいプレーだ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 感情剥き出しにプレーしている。

 本当に父娘なのかどうか疑うくらい、プレースタイルが全く違う。

 シャロンの強烈なスマッシュが火を噴く。

「「!」」

 司達の間を抜き、得点が決まる。

「やった! 勝った!」

「凄いな。よくやった!」

「最強の姉妹の動画ばかりを見ているからね」

 四大大会の一角を担うアメリカだけあって、テニスは近年、人気が高まっている。

 年間の競技人口でのランキングは、以下の通り。

 ―――

『1位 バスケ         約3093万人

 2位 水泳          約2660万人

 3位 ゴルフ         約2595万人

 4位 アメリカンフットボール 約1709万人

 5位 サッカー        約1586万人

 6位 野球          約1396万人

 7位 テニス         約1202万人

 8位 バレーボール      約1171万人

 9位 アイスホッケー     約1008万人

 10位 陸上競技        約412万人』(*1)

 因みに日本では、

『1位  徒歩、軽い体操    4682万人

 2位  器具でのトレーニング 1667万人

 3位  ボウリング      1433万人

 4位  ジョギング、マラソン 1366万人

 5位  水泳         1243万人

 6位  登山、ハイキング   1134万人

 7位  釣り          981万人

 8位  自転車         893万人   

 9位  ゴルフ         890万人     

 10位 サッカー、野球     814万人

 12位 卓球          766万人

 13位 バトミントン      756万人

 14位 その他         718万人

 15位 スキー、スノーボード  609万人

 16位 テニス         563万人

 17位 バレーボール      514万人

 18位 バスケットボール    486万人

 19位 ソフトボール      302万人

 20位 ゲートボール      83万人

 21位 剣道          69万人

 22位 柔道          65万人』(*2)

 ―――

 これだけ日米で違うのは、興味深いだろう。

 少佐はシャロンと抱擁した後、対戦相手を見た。

「2人も上手いな?」

「テニスは、上のスポーツだからね」

 司は微笑んで、タオルで汗を拭う。

 美人だけあって、絵になるなぁ。

 司の言う通り、テニスはイギリスで、『王家のテニスロイヤル・テニス』、アメリカでも『宮廷のテニスコート・テニス』と言われる程、特権階級のスポーツとして親しまれている。

 現代でも上皇陛下と上皇后様が、軽井沢のテニスコートで出逢った例が有名だろう。

 北大路家もテニス一家だ。

 日本医師テニス協会に属し、知り合いの医者と休日は、テニスをしている。

 一方、オリビアもテニスは好きな様で、司ほど上手くは無いが、動けている方だ。

「御疲れ様でしたわ」

「ああ、体調大丈夫か?」

「はい。楽しかったです」

 少佐がオリビアを気遣うのは、彼女がそれ程体力が無いからだ。

 病弱な彼女は、激しい運動が出来ない。

 但し、テニスに関しては、別だ。

 テニスは、医学的に健康「身体や精神の健康(ウエルネス)にプラスの効果があるスポーツである」というアメリカの専門チームの研究結果が出ているのだ。

 ―――

『①痩せる

 シングルス1ゲームの消費カロリーが580~870カロリー。

 ②長生き出来る

 週に3時間のテニスによって、心臓疾患のリスクが56%低減される。

 オックスフォード大学の実証研究として、8万人以上に対する9年間の追跡調査を紹介している。

 それによれば、水泳、エアロビクス、自転車等凡そ全てのスポーツ種目の中でテニスに代表されるラケットスポーツは最も死亡率が低くなったとされた(*3)。

 特に心臓血管系の病気死亡リスクは、ラケットスポーツによって 56%低減すると証明されている(*3)。

 ③心臓・筋肉・骨強化(*4)

 他のスポーツに比べ、テニスをする人は 心臓血管系の罹患率が低い。

 ④手と目の協調関係ハンド・アイ・コーディネーション向上(*4)

 敏捷性、手と目の協調関係、反応時間が向上する。

 ※手と目の協調関係=視覚情報から動作に移す迄の脳神経のプロセスを指す。

 ⑤ストレスを軽減する(*4)

 テニスはメンタル面、社交的側面においても大いにメリットがある。

 身体的・メンタル的なチャレンジで、 ストレス耐性がアップする。

 ⑥脳力を高める(*4)

 戦略的なプレーは脳を活性化させる。

 テニスをやる子は、成績が向上する。

 ⑦問題解決力の強化(*4)

 幾何学や物理学を駆使したコース戦略は、様々な面で活用出来る。

 ⑧家族や友達と楽しめる(*4)

 年齢を問わず、気軽な準備で多くの人と楽しめる。

 ⑨チームワークやスポーツマン シップの向上(*4)

 ダブルスや団体戦を通じてコミュニケーション能力がアップする。

 ⑩ソーシャルスキルの向上(*4)

 テニスを行う事でより明るく、よりポジティブ思考になる。


 また、2016年4月、全米身体活動計画が推奨するスポーツとして、テニスが第1位となった』(*5)

 ———

 とのことである。

「少し、休み」

「有難う御座います」

 スポーツドリンクを渡した後、少佐は、私に近付いてきた。

「お早う。気分はどうだい?」

 楽しんだ直後なので、気分が高揚しているのか、別人の様だ。

「隣、良いかい?」

「はい……」

「有難う」

 少佐は微笑んで、隣に座った。

 そして、シーラを抱っこし、自身の膝に乗せる。

 相当、気に入っているのだろう。

 司も私の隣に座る。

「さてと、あの話、しましょうか?」

「!」

 あの話―――妾だ。

「熟考したけれど、人権保護の観点から、私はライカちゃんが妾になるのは、反対。御免ね?」

「……そうですか」

 シュンと項垂うなだれる。

 分かっていた事だ。

 半分予想出来ていたので、それくらいショックでは無いが、期待していた分、落ち込む。

「でも、これは私の意見であって、貴国の文化なら介入出来ないよ」

「!」

「賛成はしないけど、黙認するよ。御母さんも認めていたし」

 政治的には保守派な北大路家だが、異文化に関しては寛容な所がある。

「たっ君を部下としても支えてくれてね?」

「あ、有難う御座います」

 涙が止まらない。

 当事者の少佐はセクハラを気にしてか、自分から迫る様な真似はしない。

 何処までも紳士的だ。

 恐る恐る手を握ると、ちゃんと握り返してくれた。

「……少佐殿?」

「良かったな?」

 褒められた。

「……はい」

 私は、少佐の胸に頭を埋める。

 包容力が凄い。

 やはり、前世での経験値の差だろうか。

 こうして、私は愛人となるのであった。


 ナタリーは、自室で仮装を楽しんでいた。

「……」

 姿見の前で様々なポーズをとってみる。

 着ているのは、煉から贈られたテニスのユニフォームだ。

 《ロシアの妖精》が着ていた様な真っ白なそれは、ナタリー自身が選んだ物である。

 この数日前、いきなり、

 ————

『皆にユニフォーム買うけど、要る?』

 ———

 とのメールが来た。

 別に要らなかったのだが、奢ってくれるなら貰おう、という事で承諾し、色んな商品の写真を送られて来た中で、これにしたのだ。

(……良いセンスしているじゃない? 私って)

 ナタリーも又、テニスが好きだ。

 今、観る専だが、ドイツではプレーした事もあった。。

 ふと、思う。

(……テニスクラブ、入って見ようかな?)

 最近、デスクワークのし過ぎで、ちょっとお腹にたるみが出来ている。

 他人は未だ違和感を覚えない位のレベルだが、年頃のナタリーはどうしても気になってしまう。

 ただ、入った場合、外見が可愛い彼女は男性の注目を集めてしまいかねない。

 男性恐怖症には、地獄だ。

 女性だけのクラブも探せば良いだろうが、入れた所で意思疎通な困難な時点で、クラブに迷惑をかけかねない。

 自分1人の為にクラブが右往左往するのは、申し訳が無い。

 だったら入らない方が気が楽だ。

(……あそこなら)

 連想したのは、煉。

 男性恐怖症の自分が心を開ける数少ない男性であり、又、失声症にも寛容だ。

(チームにテニスクラブを作ってもらおう。経費で落ちるかな?)

 《貴族》に居ると居心地が良い為、そこでクラブを創ったらさぞ、楽しい事だろう。

(……駄目ね、私って)

 世の男性全員を恨んでいたが、煉は別だ。

 机に突っ伏して、ユニフォームに触れる。

 離れている煉を想いつつ。

 ずっと。

 

[参考文献・出典]

*1:アメリカinfo Statista の2016〜2017年の数字を参考

*2:その瞬間を楽しめ! スポーツルール.COM

*3:JTIA日本テニス事業協会 アメリカTIAテニス事業協会ニュース

*4:アメリカTIAテニス事業協会 テニスの効用 トップ10

*5:テニスの学校 テニスをするべき10の理由(テニスの魅力、良さ、効果) 2018年7月4日

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