第82話 Zuneigung

 ホワイト・パワー運動の政治部門党首、カールの尊敬している人物は、

・ヒトラー

・スターリン

・毛沢東

 である。

 その誰もが独裁者であり、幾多の人々を虐殺した世紀の大犯罪者でもある。

 その中で最も、尊敬してやまないのが、ヒトラーだ。

 オレゴン出身のドイツ系アメリカ人である彼は、アメリカのKKKとも繋がりが深く、モサドから命を狙われる程の危険人物であった。

 ヒトラーを真似た髭を撫でつつ、その肖像画に、ナチス式敬礼を行う。

勝利万歳ジーク・ハイル! 万歳ハイルヒトラー!」

 と。

 その姿は、まさに異様だ。

 左肩にケルト十字の刺青タトゥーを入れ、その上には、『88 14』とも刻まれている。

 刺青の方は、ネオファシズムの集団グループが、よく入れるものであり、KKK御用達のオンライン掲示板の公式象徴シンボルの為、分かる人には分かる。

 88、14にも白人至上主義特有の意味が込められている。

 88→ハイル・ヒトラー

 アルファベットでHが8番目にあたる事から、ヒトラーを崇拝される際に隠語として使用されている。

 14は、白人民族主義者ナショナリスト14単語からなる台詞が由来だ。

 ―――

『We must secure the existence of our people and a future for white children.

(我々は、同胞の生活と白人の子供達の未来を確保しなくれはならない)』

 ———

 この様な言葉の背景には、様々な理由が挙げられる。

 まず一つは白人数が、年々減少傾向にある事。

 多様化する世界の中で、国際結婚は珍しくなくなった。

 その結果、アメリカでは白人と有色人種の結婚も多くなり、KKKの言う様な純粋な白人は減少化。

 21世紀中にアメリカの白人は少数派になり、今度はヒスパニックが多数派になる事が予測されている。

 これら以外にもアフリカ系が、「自分の肌の色に誇りを持っている」と言っても何ら問題無いが、白人が同じ事を言えば、白眼視されてしまう事がある事に対する不満だ。

 又、有色人種への差別を無くそうとする優遇措置が、逆に優秀な白人の仕事を奪っている、とも主張している。

 この様な複数の理由が、近年の人種間対立に影響を与えている、とされる。

 カールも元々、その気は無かったのだが、メキシコから沢山の移民や難民が押し寄せては来てはその一部が犯罪者として活動している為、危機感を抱き、白人至上主義に傾倒したのだ。

 口にこそ出さないものの、彼のような白人は多い、と思われる。

 カールは退室し、射撃場に行く。

 そこには、自警団時代の仲間が居た。

 その数、数百。

 言わずもがな、皆、白人だ。

「カール、何時もの見せてくれよ」

「応、良いぜ」

 意気揚々と銃架からM16を用意すると、構えた。

 標的になっているのは、

・メキシコ人

・東洋人

・ユダヤ人

・アフリカ人

 の絵だ。

 数百人が、同時に叫ぶ。

「「「ホワイト・パワー!」」」

 ナチス式敬礼も忘れない。

 その声と共にカールは、引き金を引く。

 ドドドドドドドドド……

 的が吹き飛んでも、連射は続く。

「ひゃっはー! 皆、死んだぜ!」

「有色人種は、汚い血を撒き散らせて死にやがれってんだ!」

「NO、有色人種カラード! YES、ホワイト!」

 何人かが、酒瓶を的に向かって放り投げる。

 的に当たると、火の手が上がった。

「焼け死ね! クソ共が!」

 又、何人かが、所持していた銃を撃ちまくる。

 一部は、酔っていたり、薬をしていたりと危ない雰囲気だ。

 それでも、カールは居心地が良い。

「よし、近々、水晶の夜クリスタル・ナハトを起こす!」

「おお、遂に!」

「戦争だ!」

「勝つぞ! クソったれ!」

「皆、大いに盛り上がろうぜ!」

「「「応!」」」

 異常者の集団の宴は、濃霧になっても続くのであった。


「豚共がまたわめいているのか?」

 スヴェンからの報告書に、俺は目頭を揉む。

「師匠、この一派が我が国への攻撃を目論んでいます」

「同時多発?」

「そうですね」

 KKKがトランシルバニア王国を嫌う要素は、山ほどある。

 事実上、ナチスの残党をかくまっておきながら、民主化が達成されたら、まるで、埃の様に履き捨てた事。

 同性愛に寛容な事。

 イスラエルと仲良しであり、自国内のユダヤ人に自治区を与える程、優遇している事。

 自国内のKKKを弾圧している事。

 ……

 挙げればきりが無い。

 当然、その王族も狙われる確率は高い。

「俺の仕事も増えるな」

「そうですね。私としては、師匠の御活躍が増えて嬉しいですけど」

「……そうだな」

 正直、平和なこの国では、俺の腕は鈍り易い。

 戦場ならば合法的に殺人が出来るのだが、生憎、ここは法治国家。

 警察官等、拳銃を合法的に所持している者以外の民間人が正当防衛でも殺人を犯した場合、罪に問われ易い。

 法的に、正当防衛の立証が難しいのが、その理由だ。

 最近では、カメラが普及している為、運次第では無罪になるかもしれないが。

 兎にも角にも、銃社会のアメリカの価値観はここでは、通用しないのだ。

 仕事を終え、スヴェンが淹れた紅茶を1杯飲む。

 その様は、まるで英国紳士の様だが、生憎俺は、黄色人種。

 絵には、中々なかなかなり難い。

「……」

 シーラが報告書を提出した。

「お、糞ったれ共の分析、上手く出来たか?」

「……」

 こくり。

 反ナチが家訓な俺には、ネオナチは受け入れ難い。

 鍵十字も吐き気がする程だ。

「よくやった。座る?」

 俺の問いに、シーラは満面の笑みで応え、俺の膝に飛び乗った。

 仕事中は秘書官の筈なのだが、余りにも可愛い為、公私混同が甚だしくなってしまう。

 揚げ足取りが大好きな報道機関が居れば、俺をここぞとばかりに叩くだろう。

 シーラの頭を撫でつつ、彼女が作った報告書に目を通す。

 ———

『【ホワイト・パワー運動の現状】

 現在、その支持者は世界中で共鳴者シンパサイザーを含めて数千万と想定される。

 支持される理由は、

・政党が人民主義ポピュリズムを掲げ、又、SNSを駆使し、支持者を獲得している事

・政党が掲げている公約が、「白人の賃金を倍以上にする事」等、経済政策重視な事

・行き過ぎた人権思想に反発した結果、過激な人権侵害に傾倒する場合が多い事―

 ―――』

 ———

 俺はそこで読むのを一旦、止める。

「シーラ、これ、どういう意味?」

「……」

 シーラは手招きし、囁く。

「(フランス等、死刑を廃止した国々で、テロや重罪を犯した人達が、終身刑や軽い罰なのに疑問を覚えた人々が、厳罰主義を掲げる組織に支持し始めたの)」

「成程な。元々、その気ではないが、公約に惹かれた、という訳か?」

 こくり。

「良い分析だ」

 更にシーラの頭を撫でる。

 寝癖の様にぐしゃぐしゃにしても彼女は、怒らない。

 鼻息を荒くし、興奮するだけだ。

 そもそもフランスでは、断頭台ギロチンがあった様に、昔は物凄い刑罰をしていた癖に。

 今、何事にも人権を掲げるのは、俺も疑問に感じている事だ。

 世界中では、死刑廃止論が主流だが、俺は賛成派だ。

 罪を犯した以上、裁かれるのは当然であって、軽いのは到底納得出来ない。

 何故、遺族が泣き寝入りしなければならないのか?

 犠牲者は、天国で納得しているのか?

 その部分が、賛成としての理由だ。

 若し、妻子がテロや性犯罪に遭えば、俺は鬼になれる。

 だからこそ、死刑には、賛成なのだ。

 俺の様な被害者遺族が、ホワイト・パワーを支持しても何ら可笑しくは無い。

 糞みたいな法律を作ったEUが悪いのだ。

 そういう人々が支持層になったのは、公約マニフェストを見れば、自明の理であろう。

「パパ~」

 ノックも無しに娘が入って来た。

 仕事中は、上官と部下なんだけどな。

「シャロン、ノックくらいしろよ? 後、その恰好かっこう何だ?」

「何って? テニスだよ」

 太腿が露わになったミニスカートと半袖は、この季節には寒かろう。

 よくよく見れば、確かにウィンブルドン等で見る様なユニフォームだ。

 星条旗が入った愛国心溢れるそれは、可愛いっす。

 親馬鹿?

 そうだよ、全力で肯定してやる。

 俺が鼻の下を伸ばしていると―――

 ごす。

 シーラの拳を腹で受けた。

 痛くは無いが怒っているのは、明白だ。

「欲情するな?」

 こくり。

「御免な。これは、もう本能なんだよ」

「……」

「分かったよ。シーラのも買おう」

「! 師匠、私も御願いします」

「へいへい」

 なし崩し的に弟子2人を買う事になってしまった。

 後は、司、オリビア、ライカ、皐月の分だな。

 ナタリーのは分からないが、一応、買って送っておこう。

 1人だけ除け者にして、後々のちのち虐めと解釈されたら大変だからな。

 まぁいきなし送ると、セクハラにもなりかねないから、事前に許可が要るが。


 後日、俺達は休みを利用して、テニスコートに来ていた。

 俺達以外に利用者は居ない。

 貸切?

 そうだよ。

 司やシャロンの生足を他の野郎共のおかずにさせる訳には行かないからな。

 シャロンは以前、俺に披露してくれたユニフォーム。

 相変わらず、星条旗のデザインが凄い。

 何処で買ったんだ?

 一方、他のメンバーはというと。

 司   →桃色

 オリビア→白色

 皐月  →赤色

 スヴェン→青色

 を基調としている。

 1番驚きなのは、シーラだ。

「……」

 俺に感想を求めているのか、チラチラと、俺を見ている。

 彼女が着ているのは、真っ黒なそれ。

 テニスのユニフォームには、余り見ない色使いだろう。

「……コンセプトは、大人の女性?」

「!」

 シーラは、手を叩いて喜ぶ。

 成程。

 勘が当たって良かったよ。

 この中で1番体格的に小柄な彼女は、この中で最も大人に憧れを抱いているのかもしれない。

 俺の抱き着き、腰に頬擦りを行う。

「勇者様も御似合いですよ?」

「有難う」

 俺のは、オリビアと一緒の白だ。

 ただ、胸元には、貴族シュヴァリエとフランス語で描かれ、肩には、

・日の丸、旭日旗

・星条旗

・トランシルバニア王国

 の国旗が施されている。

 何処の代表選手だよ。

 突っ込みを入れるも嬉しいのは、変わりない。

 何故なら、これは皆が俺の為にデザインし、作ってくれた物だから。

 生憎、家庭科の才能が0に等しい俺は、作る事が出来ない。

 なので、皆にはそれぞれ意見を聞いた上で買ったのだが、皆は交代でこれを作ってくれた。

 努力と想いが詰まった物を、適当には扱えない。

「少佐殿、チーム分け、如何します?」

「そうだなぁ」

 ナタリーが不参加なので、参加者は、

・俺

・司

・オリビア

・シャロン

・皐月

・シーラ

・ライカ

・スヴェン

 と8人。

 丁度、4チーム作れる計算だ。

「じゃあ、ペアを決め様か―――」

「たっ君、私と組もう」

「勇者様は、わたくしと御願いしますわ」

「パパ、最強コンビだよ」

 いきなり、囲まれた。

「おいおい、気持ちは嬉しいが、まずは、楽しく―――」

「戦争ですわ! ねぇ、ライカ?」

「はい、殿下」

 オリビアの闘気に圧倒され、ライカは従った。

「御母さん、たっ君がとられちゃう!」

「司、負けちゃ駄目よ。戦争なんだから」

 母娘がタッグを組む。

「師匠は渡しません!」

 スヴェンは言いながら、俺に抱き着き、ベタベタ。

 更に火に油を注ぐ。

 シャロンが震えつつ、尋ねた。

「一体、何が始まるんです?」

 俺の答えは、答えた。

「第三次世界大戦だ」


 第1回煉争奪戦、と銘打たれて始まった試合はオリビア、ライカVS.司、皐月で始まった。

 俺?

 当事者なのにコートから追い出されて、シャロン、スヴェン、シーラとベンチに座って御茶しています。

 凄くね?

 俺に決定権は、1mmも無いんだぜ?

「パパ、ライカが愛人になった、って話だけど?」

「ああ、その話か」

 俺は頭を掻きつつ、答える。

 隠し事はしない主義だ。

「保留にしたよ」

「保留?」

「流石に忠臣を愛人にする性癖は無いからな」

「じゃあ、断れば良いじゃない?」

「でも、大事にしたいんだよ。部下だからな。司に相談したら、流石に困っていたよ」

「まぁね」

「愛人は、私ですからねぇ」

 スヴェンが胸を張るが、生憎、痴女を愛人にするくらい腐った性癖ではない。

 なのでスルーだ。

「……」

 膝のシーラが見上げる。

 責めているのか、安堵しているのか。

 複雑な表情だ。

 ライカと仲が良い為、彼女を応援したい気持ちもあるのだろう。

「シーラは、優しいな」

 頭を撫でる。

「まぁ、大切にするさ。好きだからな」

「!」

 びくっと、ライカが反応する。

 聞こえていたのだろう。

「あ」

 司が叫んだ。

 彼女の放ったサーブは、一直線にライカの下へ。

 直後、頭に被弾し、『崩れ落ちる兵士』の如く、ライカは倒れるのであった。

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