第79話 Philanthropy

 北大路家は政権に近い為、当然、野党の支持者からは評判が悪い。

 SNSでは、罵詈雑言の嵐だ。

 ———

『あの女狐の病院、廃院したら良いのに』

『タヒね』

『閣僚の候補に挙がっているらしいぞ?』

 ———

 名誉毀損の相場は、

 加害者:被害者:相場

 個人 :個人  10万~50万

 個人 :事業者 50万~100万(営業損失が生じた場合は、損害賠償請求も加算)

 となっている(*1)。

 その為、皐月はSNSの専門家を多数動員させ、発見次第、プロバイダ責任制限法に基づき告訴する。

 彼女は、サッチャー以来の《鉄の女アイアン・レディー》だ。

 絶対に泣き寝入りしないその姿勢は、フェミニストからも評価が高い。

 本人にフェミニストの自覚は無いが。

「うわぁ、凄いな」

「でしょう? これで全部は訴えたら億は貰えるかも」

「強いな」

「《鉄の女》だし」

 けらけらと笑う。

 皐月は今まで、この手の訴訟に負けた事が無い。

 その勝率の高さは、某大手企業の法務部に次ぐだろう。

「賠償金は全部、設備費?」

「それもあるけど、色んな副業しているからね。その経費かな?」

 本業は医師だが、皐月の肩書は『実業家』が正しいだろう。

 病院以外にも、圧力団体の責任者でもある。

 その影響力は凄まじく、《闇将軍》と囁かれている程だ。

「使うのは、良いけれど、少しは自分の為にも使いなよ?」

「あら。慈善活動フィランソロピーは、私の為でもあるけど?」

 大富豪でありながら、皐月は貯蓄や豪遊を好まず、報徳思想に基づき、《秘密のサンタ》並に慈善活動に積極的だ。

 特に地震被害に対しては熱心で、

 2004年12月26日、スマトラ島沖地震(インドネシア)

 2010年1月12日、ハイチ地震

 2011年2月22日、カンタベリー地震(ニュージーランド)

 平成23(2011)年3月11日、東北地方太平洋沖地震

 平成28(2016)年4月14、16日、熊本地震

 平成30(2018)年9月6日、北海道胆振東部地震

 等で平均で1億円以上は寄付金を送っている。

 その上、これは多忙の為、国内に限定しているが、怪我を負った被災者に対しては無償で治療する等、医療活動も忘れていない。

 その為、政治的な反対派は居ても、彼女の慈善活動を悪く言う者は少ない。

 偽善者、売名行為と言う者も居るが、前者は「やらない善よりやる偽善」。

 後者は、既に閣僚の候補に挙がる程の有名人なのだから、誤りと言えるだろう。

「思いやりは良いけれど、本当に自分の為に使って欲しいんだよ。装飾品とか」

「そういう事ね。優しいわね?」

「当然だよ。好きだからな」

「良い子良い子♡」

 皐月は、俺の頭を撫でる。

 仕草が、司そっくり。

 流石、母娘だ。

「宝石とかでしょ? 貴方が言うのは」

「まぁ……」

「生憎、私にはその手には興味無いの。結婚指輪以外は要らないわ」

 薬指の結婚指輪を見る。

 寡婦になった今でも装着しているのは、やはり、今でも想いがある証拠だろう。

「それに、貴方に養ってもらっているし。それだけで十分よ」

「……」

 高校生で、一家の大黒柱なのは、恐らく日本では俺だけだろう。

 副業で儲けている以上、家に幾らか納めるのは当然の話だ。

「あー!」

 風呂上りの司の大声。

 鼓膜が破れそうだ。

「又、たっ君を誘惑して! お母さん、もう少し自制出来ないの?」

「煉が可愛いからしょうがないの。これは、煉の所為」

「え?」

 急な被弾。

 飲みかけていた御茶を噴く。

 強面なのに、可愛いとは。

 禅問答の様な難しさだ。

「たっ君、反省!」

「え? 俺?」

「そうだよ。はい、正座」

「……はい」

 夫婦円満の秘訣は夫が妻に逆らわない事―――と、屡、夫婦生活の成功例の一つに紹介されているが、これは、この家でも同じだ。

 女尊男卑。

 女性社会な家なので、女性に権力があるの仕方が無いだろう。

 数が民主主義の原理である。

 指示通り、正座した。

「はい、たっ君。私を抱き締めて」

「ぎゅっと?」

「NO」

 強く否定された後、ぎゅーっとされる。

「首、苦し―――」

「自業自得」

 絞殺されそうな位、抱擁され、意識が遠のく。

 その時、

「ラブラブね? 嫉妬しちゃうわ」

 皐月がわらっていた。

 畜生め。

 手前の所為なのに。

 今更ながら、悪女の義母に少し殺意を覚える俺であった。


『【学園女王、婚約!】

 当校が誇る学園女王・北大路司女史が、この度、婚約していた事が判った。

 婚約相手は、交際中の不良少年・北大路煉。

 前科は無いにせよ、女史をたぶらかし、玉の輿に乗った模様。

 この他、煉には王族のオリビア殿下、転校生のスヴェン君とも交際が噂されており、当校始まって以来の艶福家になっている。

 生徒会は女性関係を問題視しており、近く身辺調査を始めるという』(学校新聞 2021年11月1日付)

 ……

 酷い記事だ。

 泣きそうである。

 虚偽報道が酷過いなぁ。

 まぁ、良いけど。

 新聞を破って、チリ紙にし、鼻をむ。

 俺は、強心臓だ。

 訓練で鍛え上げられた結果なのか、基本、どんな悪評にも傷心する事は無い。

「師匠、焼き討ちにしましょうよ」

 内弟子2号は山姥の如く、包丁を研いでいる。

 忠誠心が厚い為、暴走し易いのだ。

「止めとけ。報道の自由だ」

「でも、虚偽が酷過ぎますよ?」

「良いんだよ」

 新聞を焚火に放り込む。

 それから、俺は立射の姿勢になる。

 耳栓とサングラスも忘れない。

 今日は、射撃の練習日だ。

 下校後、家事をこなして、直ぐに射撃場に来ているのであった。

 標的は、人型。

 ベレッタ92を手にし、両手撃ちで、

・頭

・首

・胸

 と、人間の急所を撃ち抜いていく。

「……」

 パチパチパチパチ……

 見守っていたシーラが、拍手した。

 義妹に格好良い所見せれた。

 気持ち良い♡

 得点が表示される。

『98/100』

 まぁまぁ、上出来だろう。

「シーラも撃ってみる?」

「……」

 こくん。

 可愛く頷く。

 いやぁ、天使ですわ。

 シーラが選んだのは、ベレッタ・ナノ。

 俺が愛用する製造業者メーカーの物を選ぶとは、御目が高い。

 問題は、技術テクニックだ。

「……」

 震えつつ、構える。

 俺と同じく立射だが、バランスが悪い。

 何とか撃つ。

 然し、

・足首

・手首

・臀部

 等、俺とは違う所に風穴を開けてしまう。

 結果は、案の定、

『56/100』

 当てたのは良いが、中身を問題視され、大幅に減点を食らった様だ。

「ふん」

 スヴェンは鼻で笑うと、隣席に立ち、デザートイーグルで撃つ。

・姿勢

・内容

 共に完璧で、結果は、当然の様に、

『100/100』

 俺より上だ。

 流石だな。

 モサド様には、頭が上がりませんわ。

 俺も出来る事ならイスラエル軍に入って、1から学んでみたいぜ。

「師匠、満点です♡」

「上出来だ」

「ですから、大尉に昇進させて下さい」

 大尉は、少佐の下の階級だ。

 大尉を望むのは、あくまでも俺を階級的に逆転や同位になりたくはない、という意思の表れだろうか。

 ストーカーでさえなければ、早々に中佐くらいまで昇進出来るだろうが。

 勿体無い。

「人事に口を出すな。大馬鹿者め」

「ひ」

 頭部に手刀を食らい、スヴェンはたん瘤を作った。

 一般的な軍隊ならば暴行事件と処理されそうな事案だが、生憎、我が隊には警務隊は存在しない。

 理論上、どんな事をしても立件はされないのである。

 無論、俺は、平和主義者なので、不祥事は極力起こしたくないが。

「昇進したいのならば、まずは、その性格を直せ。謙虚に生きろ。じゃなきゃ、野に放つぞ?」

「申し訳御座いません」

 何処で覚えたのか、五体投地で謝る。

 この野郎、何時から仏教徒になったんだ?

「どうか、御寛大に」

「100m5本。全力疾走」

「は!」

 素早く立ち上がり、スヴェンは、直ぐにトラックを走り出す。

「パパってスパルタな所あるよね?」

 遠くで撃っていたシャロンが、戻って来た。

 その手には、M16。

 結構、撃ったのだろう。

 硝煙の臭いが凄まじい。

「そうかな?」

「信賞必罰は、良い事だけどね?」

 流れる様にシーラを抱っこすると、シャロンは、椅子に座る。

 不満は無いらしく、シーラは暴れる事は無い。

 歳は離れているが、本当の姉妹の様だ。

「仲良いな?」

「姉妹だからね?」

「……♡」

 シーラは、シャロンの事が好きなのか、甘えている。

 そういえば、シーラは司や皐月からも可愛がられていたな。

 親衛隊では虐められていたが、組織を離れると気に入られ易いのだろう。

 俺もシャロンの隣に座る。

「パパ、私もこの家に入りたい」

「司の姉がポジションに相応しいかもな」

 流石に年齢的に俺の妹では、難しい。

 子供になる事は、不可能だ。

 現実的に姉が1番、適当だろう。

「パパの姉かぁ……それも良いかな?」

 不満は無い様だ。

「まぁ、俺が決めれる訳じゃないから、皐月や司に相談してくれ」

「パパは、援護してくれる?」

「勿論。世界一の味方だからな」

 前世の肉親は、シャロンだけ。

 そして、俺が死んでからシャロンには、本当に肉親が人っ子1人居ない。

 彼女の為にも新たな家族関係は、構築出来た方が良いだろう。

 その為には、北大路家の養子になるのが、1番の近道かもしれない。

「パパ、有難う♡」

 シャロンに頬にキスされた。

「……」

「どった?」

「……」

 ぷいっと、シーラは、目を逸らす。

 不機嫌になってしまった。

 仲が良いシャロンと俺の仲に嫉妬したのかもしれない。

 嫌われてしまったな。

 シーラの前では、極力、イチャイチャしない方が望ましいだろう。

 お詫びの印に頭を撫で様とすると、

「……」

 がぶり。

「痛!?」

 手を噛まれた。

 手の甲には、綺麗な歯型が。

 あーあ。

「マーキングされちゃったね? じゃあ、私も」

 逆の手の甲をシャロンに噛まれる。

 シーラと違って甘噛みだが、歯形はくっきりと残された。

「おいおい、俺は電柱じゃないぞ?」

「良いの良いの」

 適当に返され、シャロンは俺の手の甲を擦るのであった。

 愛おしそうに。

 何度も。

 何度も。

 ずっと。


[参考文献・出典]

 *1:若井綜合法律事務所 HP

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